【完結】祈りの果て、君を想う

とっくり

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32 潜入

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 「まずは、奴らの拠点を突き止める。リリエルが今どこに囚われているのか……それが分からなければ、動きようがない」

 ユリアンの言葉に、仲間たちが真剣な面持ちで頷く。

「時間がねぇな。旧派閥が仕掛けてきたってことは、動かせない“期限”がある。急いで情報を集める必要がある」
レネが腕を組み、低く言う。

「任せてください。王都の裏通りには、まだ俺の耳が生きてます。表に出てない噂話や、貴族の間で飛び交うの陰口まで、何でも拾ってきますよ」
ティムがにやりと笑う。

「俺は潜入だな。奴らの補給経路、使者、動き……人払いのない屋敷がどこか、王都の北区あたりを洗ってみる」
アベルがすでに剣の手入れを始めていた。

「ライナス、あんたは旧派閥の動員状況を調べてくれ。動いてる兵の数や、武器の補充がどこで行われてるか。それが分かれば、拠点の規模も読める」

「了解だ。今でも衛兵の何人かは俺を信用してくれている。兵舎や訓練場に紛れて探るくらいのことはできる」
ライナスが頷く。

「俺も動く。……奴らは、リリエルをただの人質とは思っていない。“条件”を飲ませるための最重要の切り札だ。おそらく、拠点には幹部格が揃っている」

ユリアンの声が低く、鋭さを帯びる。

「だからこそ、逆に利用できる。俺が姿を現せば、奴らは慌てるだろう。目を逸らし、手を割く。その隙に、リリエルを救い出す」

「まさか、囮になる気かよ」

「……彼女を守るためなら、俺はなんだってやる」
ユリアンは静かに告げた。

 かつて『予備スペア』と言われていた男が、今ここに、自分の意志で立っている。
 それは、王族としてでも、剣士としてでもない――ただ一人の、ひとりの女性を愛する男として。

「……いいだろう。俺たちはあんたの背を支える。だが、リリエルを奪還するまでは――死ぬなよ」

 レネの言葉に、ユリアンは小さく微笑んだ。


~~~~~~~~~~~

 王都の外れ、石造りの建物に外からは見えない地下室がある。そこがユリアンたちの“今だけの拠点”だった。

 人の気配を消し、通気孔と地下水路を使って出入りする、古びた密偵用の隠れ家。今では、信頼できる者だけがその場所を知っていた。

 ユリアンは地図を広げ、仲間たちと囲むように座っていた。ランタンの淡い灯火が、緊張に引き締まった顔を浮かび上がらせる。

「……ティム、改めて確認する。屋敷は、王都北端の旧ファウスト伯爵邸で間違いないな?」

ティムが頷く。

「はい。見た目は廃墟ですが、物資の搬入と兵の交代が確認されています。裏門からしか出入りしていないあたり、秘密裏の拠点と見て間違いないでしょう」

「警備の人数は?」

「昼は多いが、夜明け前の三刻ほどが最も手薄になります。ライナスが兵の巡回時間をすべて記録しています」

ユリアンは無言で地図の一部を指さす。

「地下へ通じる導線は、この中庭の泉だな。見張りは少ないが、構造的に怪しい。物資の出入りと動線が一致している。ここから地下牢があると考えるべきだ」

アベルが腕を組んで口を挟む。

「……あの屋敷が“ただの牢”とは思えん。リリエル嬢が囚われてるだけじゃない。連中はあそこを中枢にして何かを動かしてる」


「好きにはさせん。王の器ではない俺を脅し、利用しようとした時点で、やつらは詰んでいる」

ユリアンの声は冷たかった。

レネが静かに問いかけた。

「潜入の役割は決めたのですか?」

ユリアンは地図を回しながら、淡々と指示を出す。

「ティムと俺が東壁から潜入する。隠し通路の可能性がある旧温室を使う。ライナスとレネは裏手に回り、巡回兵の足止めと退路の確保を頼む。アベルは離れた位置から弓で援護してくれ。もし俺たちが発見されても、その隙に救出は可能になる」

静寂が流れた。
誰も異を唱えなかった。

リリエルを奪還する。それが、この作戦のすべてだった。

ユリアンは懐から、小さな白花の髪飾りを取り出した。
それは、かつて修道院の中庭で、彼女が気付かずに落としていったもの。

(あの笑顔を……もう一度、必ず取り戻す)

ふと、アベルが口を開いた。

「……やけに静かだな、王子」

ユリアンは髪飾りを見つめたまま、ぼそりと答えた。

「怖いだけだ。彼女を失うのが、何よりも」

誰も笑わなかった。
この場にいる全員が、同じ想いを抱いていたからだ。

仲間の誰かが、火をかき混ぜる音だけが響く。

「夜明けに動く。準備は今のうちに済ませておけ。命のやり取りになる。生きて帰るためにも、誰一人として油断するな」

仲間たちは頷き、それぞれの装備の点検に入った。
剣の重み。弓の張り。薬の確認。指示は最小限、行動は迅速。

そしてユリアンはひとり、部屋の隅に腰を下ろし、髪飾りを握った。


──リリエル、今度は必ず君を救い出す。
王でも何でもない、この俺の手で。




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