42 / 42
43 おまけ②
しおりを挟む
(リリエル視点)
中庭から戻ったリリエルは、まだほんのりと温かい焼き菓子の残りを手に、回廊を歩いていた。
(……ユリアンさん、やっぱり変)
さっきの会話を思い出すだけで、自然と笑みが浮かぶ。
おでこから頬にかけて、明らかに真っ赤だった。
まるで風邪でも引いたみたいに、目も泳いでいたし、言葉もどこかちぐはぐで――
(わたし、何か変なこと言ったかしら?)
首をかしげながらも、心の奥がふわりと温かい。
思えば、ユリアンがこんなに分かりやすく取り乱すのは珍しい。
彼はどんな時も冷静で、毅然としていて、どこか一歩引いたところから人を見ている印象があったのに……
今朝の彼はまるで、少年のようだった。
(……まさか、わたしのせい?)
リリエルは立ち止まり、自分の胸に手を当てた。
鼓動が、思ったよりも速く打っている。
(違う、そうじゃない。だって、わたしは……)
“神に仕える身”
口にしなくても、それはリリエルにとって揺るぎない誓いだった。
けれど――
(でも……)
ふと、逃走中のあの夜のことが脳裏に蘇る。
森を抜けて、焚き火のそばで寄り添ったあのとき。ユリアンが――言葉もなく、そっと唇を重ねてきた、あの一瞬。
「……」
今も、その温度は確かに残っている。
唇に、ではない。
胸の奥、もっと深く、触れてはいけないところに。
(夢だったのかな……? でも、違う。確かに、あれは――)
足元の小石を見つめながら、リリエルは赤くなった頬を両手でそっと包んだ。
(ユリアンさん……あんなに優しい人が、誰かにそうしたいって、思ってくれたのなら……)
(嬉しいと思ってしまった私は、もう、修道女失格なのかもしれない)
けれど、罪悪感よりも、胸の奥に広がっていくのは――柔らかく甘い、初恋のような痛みだった。
~~~~~~~~~~~~~
翌日――。
修道院の庭に咲いた白い花を摘んでいたリリエルは、ふと気配を感じて振り向いた。
そこには、例のごとく不自然な距離を保ちながら、妙によそよそしいユリアンの姿があった。
「……ユリアンさん?」
「っ、あ、いや……通りかかっただけだ」
明らかに通りかかっただけじゃない。
リリエルは花かごを抱えながら、くすっと笑った。
「お花、見に来たんですか?」
「いや、べつに……」
俯いたまま視線を泳がせるユリアンは、いつになく不器用だった。
そしてその仕草が、なんだか愛おしく思えてしまって――リリエルは小さく深呼吸をした。
「……ユリアンさん。最近、少し、変ですよね?」
「っ」
ユリアンの肩がびくりと揺れた。
返事がない。けれど、否定もしない。
リリエルは一歩だけ、彼に近づく。
「わたし、なにかしましたか?」
「違う、リリエル。……君は、なにも悪くない」
やっと返ってきた言葉は、思いのほか真剣で。
そして――どこか、苦しそうだった。
「じゃあ、どうして……そんなに避けるんですか? わたし、ちゃんと話がしたいです。逃げないで、向き合ってほしいんです」
風が、リリエルの髪を揺らす。
彼女は、まっすぐにユリアンを見ていた。
その瞳の強さに、ユリアンは一瞬、呼吸を止めた。
けれど――
「……あの夜のことを、覚えているか?」
低く、押し殺した声で、ユリアンが問う。
リリエルは小さく頷いた。
「……夢かと思いました。でも、違いますよね」
ユリアンは目を伏せたまま、何も言わない。まるで、自分を責めるように。
「ユリアンさん……」
「――ごめん」
突然、そう言ってユリアンは深く頭を下げた。
「君を、困らせた。嫌な気持ちにさせた。俺は君の立場をわかっていたのに……欲に負けた」
「違います」
リリエルの言葉が、はっきりと空気を裂いた。
「・・・私の気持ち、
勝手に決めつけられるとかなしいです」
ユリアンの目が、見開かれる。
「……リリエル」
「まだ、わたしには迷いがあります。神様と交わした誓いも、軽いものじゃない。だけど――」
リリエルは、そっと微笑んだ。
「……逃げずに、ちゃんと考えたいんです。ユリアンさんのこと。これからのこと、全部」
ユリアンは言葉を失い、その場に立ち尽くしていた。胸にあふれる想いが、涙に変わってしまいそうだった。
「ありがとう……リリエル」
風がやさしく二人を包み込む。
それはまるで――神すらも、二人の未来をそっと見守っているかのようだった。
中庭から戻ったリリエルは、まだほんのりと温かい焼き菓子の残りを手に、回廊を歩いていた。
(……ユリアンさん、やっぱり変)
さっきの会話を思い出すだけで、自然と笑みが浮かぶ。
おでこから頬にかけて、明らかに真っ赤だった。
まるで風邪でも引いたみたいに、目も泳いでいたし、言葉もどこかちぐはぐで――
(わたし、何か変なこと言ったかしら?)
首をかしげながらも、心の奥がふわりと温かい。
思えば、ユリアンがこんなに分かりやすく取り乱すのは珍しい。
彼はどんな時も冷静で、毅然としていて、どこか一歩引いたところから人を見ている印象があったのに……
今朝の彼はまるで、少年のようだった。
(……まさか、わたしのせい?)
リリエルは立ち止まり、自分の胸に手を当てた。
鼓動が、思ったよりも速く打っている。
(違う、そうじゃない。だって、わたしは……)
“神に仕える身”
口にしなくても、それはリリエルにとって揺るぎない誓いだった。
けれど――
(でも……)
ふと、逃走中のあの夜のことが脳裏に蘇る。
森を抜けて、焚き火のそばで寄り添ったあのとき。ユリアンが――言葉もなく、そっと唇を重ねてきた、あの一瞬。
「……」
今も、その温度は確かに残っている。
唇に、ではない。
胸の奥、もっと深く、触れてはいけないところに。
(夢だったのかな……? でも、違う。確かに、あれは――)
足元の小石を見つめながら、リリエルは赤くなった頬を両手でそっと包んだ。
(ユリアンさん……あんなに優しい人が、誰かにそうしたいって、思ってくれたのなら……)
(嬉しいと思ってしまった私は、もう、修道女失格なのかもしれない)
けれど、罪悪感よりも、胸の奥に広がっていくのは――柔らかく甘い、初恋のような痛みだった。
~~~~~~~~~~~~~
翌日――。
修道院の庭に咲いた白い花を摘んでいたリリエルは、ふと気配を感じて振り向いた。
そこには、例のごとく不自然な距離を保ちながら、妙によそよそしいユリアンの姿があった。
「……ユリアンさん?」
「っ、あ、いや……通りかかっただけだ」
明らかに通りかかっただけじゃない。
リリエルは花かごを抱えながら、くすっと笑った。
「お花、見に来たんですか?」
「いや、べつに……」
俯いたまま視線を泳がせるユリアンは、いつになく不器用だった。
そしてその仕草が、なんだか愛おしく思えてしまって――リリエルは小さく深呼吸をした。
「……ユリアンさん。最近、少し、変ですよね?」
「っ」
ユリアンの肩がびくりと揺れた。
返事がない。けれど、否定もしない。
リリエルは一歩だけ、彼に近づく。
「わたし、なにかしましたか?」
「違う、リリエル。……君は、なにも悪くない」
やっと返ってきた言葉は、思いのほか真剣で。
そして――どこか、苦しそうだった。
「じゃあ、どうして……そんなに避けるんですか? わたし、ちゃんと話がしたいです。逃げないで、向き合ってほしいんです」
風が、リリエルの髪を揺らす。
彼女は、まっすぐにユリアンを見ていた。
その瞳の強さに、ユリアンは一瞬、呼吸を止めた。
けれど――
「……あの夜のことを、覚えているか?」
低く、押し殺した声で、ユリアンが問う。
リリエルは小さく頷いた。
「……夢かと思いました。でも、違いますよね」
ユリアンは目を伏せたまま、何も言わない。まるで、自分を責めるように。
「ユリアンさん……」
「――ごめん」
突然、そう言ってユリアンは深く頭を下げた。
「君を、困らせた。嫌な気持ちにさせた。俺は君の立場をわかっていたのに……欲に負けた」
「違います」
リリエルの言葉が、はっきりと空気を裂いた。
「・・・私の気持ち、
勝手に決めつけられるとかなしいです」
ユリアンの目が、見開かれる。
「……リリエル」
「まだ、わたしには迷いがあります。神様と交わした誓いも、軽いものじゃない。だけど――」
リリエルは、そっと微笑んだ。
「……逃げずに、ちゃんと考えたいんです。ユリアンさんのこと。これからのこと、全部」
ユリアンは言葉を失い、その場に立ち尽くしていた。胸にあふれる想いが、涙に変わってしまいそうだった。
「ありがとう……リリエル」
風がやさしく二人を包み込む。
それはまるで――神すらも、二人の未来をそっと見守っているかのようだった。
384
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
【完結】捨てたものに用なんかないでしょう?
風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。
戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。
愛人はリミアリアの姉のフラワ。
フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。
「俺にはフラワがいる。お前などいらん」
フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。
捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
侯爵令嬢ソフィアの結婚
今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない
そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる
美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ
その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた
結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて…
表紙はかなさんです✨
ありがとうございます😊
2024.07.05
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる