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ー第3章ー

48/ザ・マッスルアカデミック

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「はぁ、はぁ、はぁ……」ベットに横たわるユージンが苦しそうにうなされてい。

「やっぱりユージンの体には無理なんだ。だから言ったんだ」ダッチがユージンの額に冷やしタオルを置いた。

「かけた事もない負荷を体にかけたのだから体調を崩すのは当然ですよ。別に体が丈夫であっても熱を出したりはしますよ。人間はそうやって慣れて行くものです」

「じゃぁ、何かい? あんたはユージンがこうなる事を知っていてやらせたと言うのかい!?」

「えぇ、僕は予想していました」

「なんだと!?」

 昨夜、ユージンは、膝立て伏せ、ディップス、リバースプッシュアップをして上腕二頭筋、三頭金、大胸筋を鍛えた。今まで掛けた事のない負荷に体がびっくりしてしまい、疲労が熱となってユージンを苦しめている。そして経験した事のない筋肉痛が体に激痛を与えているに違いない。

「──まぁ……ダッチ待てよ。これは不思議な事に俺も筋トレをした次の日は熱をだして寝込んだんだ。不思議な事でもない。体が弱いからとかそう言う問題でもないはずだ」サイモンが冷静に割って入り、ダッチを宥める。

「サイモンさんの場合は、連日激務の疲労による免疫低下に加えて、はじめて経験するような負荷が体に掛かりましたからね。体調崩しても当然だったんです。今はどうです? 同じ負荷をかけても体調崩さなくなったでしょ?」

「あぁ、確かに……兄弟の言う通りだ。筋肉痛? って奴が酷いが寝込んだりしなくなったよ」サイモンが、頷く。

「──フン──お頭が、どうだって俺は反対だ」そう言ってダッチは部屋を出て行く。

「熱そうだね。僕が、もう少し冷やしてあげよう──フゥ──」ジンがユージンの額にのったタオルに冷気をまとった息を吹きかけるとタオルが凍った。

「オカマは、どこ行ったアル? 朝から見てないネ」

「ゲイ将軍さんは、天気を予測するのに朝早く調査に出かけて行ったよ」シャルロットが、メイメイの質問に答えた。

「ふーん」

「ウッ──、ハァハァ──やっぱり──僕には無理だったんだ」ユージンが目を覚まし、俯いた。

「目が冷めたかい?」俺はユージンの側に椅子を近づけベットの横に座った。

「僕なんかが、十字軍なんかに……ましてや、エレインさんみたいに慣れるわけなかったんだ」

「──どうしてそう思うんだい?」

 ユージンのカロリーとタンパク質は【60000/2500】常人のカロリーが平均14万前後であり、その半分もカロリーが足りていない。そしてタンパク質はたったの2500……。常人であれば最低でも1万はないと普通の生活ですら困難だ。

「だって、ほら! 僕が、何かを少し始めたらすぐこんなことになってしまう! これはきっと神様がこんな事を夢見るなって言ってんるんだ! お前には無理だ! 諦めろって!」ユージンの目が潤む。

「神様……ね」

 ──神? あの転生時や夢の中に出てきた白い空間の声の事かな? なんだかよくわからない奴だったし、結局どうしたいのかもよくわからない。何もしてもらった覚えはないしな…………。〝刹那の獅子〟だって俺の愛すべき俺と俺の筋肉が二人三脚で勝ち取ったのだし。

「ユージンくん、神様はきっといるとは思うけど、よく分からないし、何かしてくれるわけでもないし、この際、放っておこう。気にしないでいいと思うよ」

「エレインさんは神様の意向を気にしないと!?」

「そうか……ダッチは確か精霊信仰ではなく一神信仰者だったな」サイモンが思い出したようにボソっていう。

「神なんかいないアル」

「ま、僕なんかその神扱いされてる精霊の1人だけどね」ジンは偉そうに腕を組んで胸をはる。青い幼女が腕を組んでいるようにしか思えなくて、とても可愛くみえる。「それにリヴァイ──いや、メイメイ、君もそうだからね」

「ユージンくん、僕もね。虚弱体質で君くらい時に病気(喘息)をよく患っていた」

「エレインさん15ですよね? 僕と2つしか変わりませんよ」

 ──ッ!? 
 
 おっと、いかんいかん、中村になっていた。俺はエレインだ。喘息なんかもっていなかった! 誤魔化さなきゃ……。

「あぁ……えっと、そっかホラ、ユージンくん凄く若くみえたから──はははは」
 
 誤魔化せていない、くッ……苦しい……ユージンくんの痛い視線が突き刺さる。

「──ぼ、僕が知っている異国の話なんだけどね。アスリートと呼ばれる戦士達がいる。それこそ僕なんかより、よっぽど凄いレジェンド達も存在していて僕は彼らに憧れにずっと身体を鍛えてきて励みにしてきた。僕にも弱い時がもちろんあった」

「エレインの……弱い時?」シャルロットは後ろでクビを思いっきり横に傾げた。

「エレちゃんより化け物がたくさんいる異国とか一国だけで世界支配できそうアルネ」
 
 ハナクソをほじりながらメイメイがつぶやく。その横で深くジンが考え込んでいる。

「その異国のレジェンド達の中にも多く虚弱体質と向き合って闘い続けているアスリートがいる。その中に僕の尊敬してやまない怪力法の著者、若木 武丸さんがいる──」

 若木 竹丸「怪力法並に肉体改造・体力増進法」の著者として、また比類ない怪力と逞しい肉体所有者として全国に鳴り響いたのが戦前であった。

 当時の力技の世界記録をことごとく打ち破ったその肉体は、なんと身長160センチ程で体重も65キロほどしかなかった。その体格でロシアのライオンと謳われたジョージ・ハッケンシュミットやアーサー・サクソンらの巨人と互格の記録を打ちたてたのである。

 この身長からの記録では世界的にみても彼に並ぶ者は現代に置いてもいない。あの伝説の極真空手の大山 倍達を師事した日本ボディビル界の先駆者である。その若木氏ですら少年時代は虚弱体質であり、いじめられていたと言う。

「その僕が尊敬してやまない若木さんは、伝説の武道家にこう言った「おい! 今世界中のどこかで、お前と同じような奴がお前と同じようなトレーニングをやっているかもしれない。それでいいのか!」と──。わかるかな? ユージンくん……この世界は広い。この広い世界に君の様に苦しんでる子は、きっとどこかにいるかもしれない。そして君の様に苦しみながらも努力をしている人がいるかもしれない。彼はこうも言った「肉体の限界とは、想念の遥か上にある」と──、君が思うより、君にはずっと可能性がある。限界を決めつけているのは君の思念かもしれない。これは生きていく上で全てに通ずる事だと僕は思う。ゆえに筋トレは、全てに通ずる。筋トレは哲学でもある。僕にとっては学びしかない学問さ! トレーニーは学者でもある。マッスルアカデミック!!」

「…………」

「体が弱い事と、心が弱い事を一緒にしてはいけないよ。体が弱い事は君の心の弱さとは関係ない。逆に言うと体が弱いなら尚更、心を強くもたなきゃならいね。さぁ、今日はゆっくり休んで、回復してからゆっくり考えればいい。僕たちはフロントに戻るよ。ゆっくり寝てね」

 そう言って俺達は、ユージンの寝ている部屋を出た。フロントに出ると隙間風が、吹き抜けた。宿屋がカタカタと風に泣かされている。

「そろそろサンドストームが来そうだな。サンドストームが来たら、だいたい3日は止まないだろう。外は砂嵐で5メートル先ですら何も見えず目も開けらない程だぜ。しかしダッチ──ここの宿屋、本当に大丈夫か?」

「サンドストームはこの店を始めてから1度もなかったから知らねぇよ!」そう言ってダッチは隙間をトントンと金槌と釘と板を使い埋めていく。

「「「──え?」」」

 一同の顔が青ざめた。おいおい、まじかよ……。
 宿屋の扉が開きゲイ将軍が帰ってきた。将軍は羽織っていたローブのフードとり、長いツインテールを左右に揺らした。本当にこうやって見るとただのツインテール美少女だ。……が、繰り返すが彼は男である。

「ふぅ──。風が強かったわ。来るのは今夜ね。結構な大規模なサンドストームになりそうよ。3日から5日は籠るようね」

「5日か!?」

 ……だ、大丈夫かな?


 

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