15cm先の君へ

高殿アカリ

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それは、僕たちが初めて直面する、現実の壁だったように思う。



けれど、僕たちは何も怖くはなかった。




なぜなら、僕が優希を、そして彼女が僕を、愛していることは明らかだったから。




例え、彼女が大手企業に就職をしても。



例え、僕がしがない大学生だったとしても。




僕たちにはワンルームのアパートがあった。



二人だけの、幼い頃からの思い出があった。




僕は君に恋をして、初めて強くなれた気がしたんだよ。




優希の卒業式の日、袴を着た彼女は息を呑むほど美しかった。




どれだけ子どもっぽい人でも。



甘党で、泣き虫で、写真嫌いでも。




優希は僕のお姉さんなのだ。



隣の家に住む幼馴染のお姉さんなのだ。




綺麗で、強くて、大人なお姉さん。



僕が憧れた、僕が愛しているお姉さんだった。




嫋やかに笑って、優希は卒業証書を手にしていた。



やっぱり、写真は撮らせてくれなかった。




卒業式が終わり、僕たちは手を繋いで一緒のアパートに帰ろうとしていた。



そんな僕たちの前に、一人の男が立っていた。




僕たちのゼミの教授だ。



そして、優希の元不倫相手だった。




彼は僕たちに気が付くと、ゆっくり近付いてきた。



そして、そのまま頭を下げて、




「ごめん、優希。俺……」




そんな馬鹿みたいなことを言うものだから。



僕は思わず拳を握りしめた。




そして、教授につかみかかろうと足を一歩踏み出したところで、僕の手は温かい何かに包み込まれた。




はっとして隣を見ると、凛とした表情で前を見据える優希がいた。




彼女の手が僕の手を掴んでいたのだ。



彼女の手は小刻みに震えていた。




その様子を見て、僕は我に返った。




そうだ。



僕以上に、優希の方が彼に対して思うところはあるだろう。




僕と付き合うと同時に、きっぱりと別れたと彼女は言っていたが。



そして、その後もゼミで特に問題があるようなこともなかったのだが。




どうして、今更になって。




所在無さげに突っ立っている教授の元へ、優希は足を進めた。



一緒に行こうと身体を動かした僕を、彼女は首を横に振って止めた。




優希が自分の元に来たことに、どこかほっとしたような表情をしている教授。



そして、彼は優希が足を止めたと同時に口を開いた。




「優希、俺は……」




だが、その言葉を彼女は一刀両断した。



それからにっこりと笑って、




「私、今すっごく幸せなんですよ」




教授は、優希の言葉に戸惑ったようだった。




「いや、俺はただ……」




またもや、彼の言葉は途切れる。



優希がくるりと僕の方に振り向いて、こんなことを言い出したからだ。




「二年後、悟が卒業したら、私たち結婚するんだよね?」




ちょっとだけ照れくさそうに、彼女は頬を染めた。



僕はびっくりして、けれどもすかさず頷いた。




「はい、実はそうなんです。だから、先生が心配するようなことは何一つないですよ」




僕がそう言えば、教授は何とも言えないような気まずい表情で、




「そうか……」




それだけを言って、彼は立ち去った。




しょんぼりと肩を落としている教授の後ろ姿を目で追いながら、僕は隣に戻ってきた優希に話しかけた。




「ねぇ、これって逆プロポーズだったりする?」




僕の言葉に彼女は悪戯に瞳を輝かせた。




「指輪は一緒に見に行こうね?」
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