海辺の町で

高殿アカリ

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 夕花は私を見付けると、



「み、みなみちゃん」



 私に駆け寄る夕花の瞳は濡れていた。



「夕花、どうかしたの? こんな時間に外を出歩くなんて。……それに、どうして泣いているの」

「……えへへ、お父さんと喧嘩しちゃった」

 

 そう言って寂しげに笑う夕花。



 妙な時期に転校してきた彼女には、どうやら複雑な家庭環境があることは薄々気が付いていた。



 だから、お父さんと喧嘩した、と言って笑いながら泣いている彼女に私が出来ることはあまりにも少なかった。



 私はただ、彼女の頭を撫で、聞かれてもいない自分のことを話した。



「……私も、お婆ちゃんと喧嘩して……」



 私たちは暫く何を言うでもなく、ただそこに立っていた。



「……みなみちゃん」

「うん」



「誕生日プレゼント、見てくれた?」

「……ごめんなさい。そういえば、中身を見ないで家から飛び出しちゃったわ」



「うふふ、残念」

「そうね」



「みなみちゃん」

「うん」



「何だかこのままじゃ帰り辛いね」

「そうね」



「どうしようか」

「……校舎に、入ってみる?」



「……」

「あら、夕花、怖いの?」



「……だ、大丈夫」

「あれだったらそんなに無理しなくても、」



「ううん、本当に大丈夫。……みなみちゃんがいるし」



 私の存在に妙な自信を持った夕花は、私の腕を取ると意気揚々と夜の校舎に向かって歩き始めた。



 ひたひたと廊下を歩く二人分の足音。

 夕花は私の腕にしがみ付き、自分たちの立てる物音にびくびくしている。



 そんなに怖いのなら行くと言わなければよかったのに。

 そうは思いながらも、この状況を思いのほか楽しんでいる私がいた。



 今にも泣き出しそうなほど怖がっていた夕花も、教室に入ると息を呑んだ。

 そして、恐怖からではなく、感嘆の溜息を漏らした。
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