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1章
6
しおりを挟む道なりに任せて歩を進めると、次第に家や建物が多くなってくる。
海辺のアランドでしか育ったことのないセレナにとって、何もかもが初めてのようだった。
雪が辺りに積もり始めた頃、セレナとティラーは街の中央部に辿り着いていた。
「……空が雲で覆われている」
ティラーが徐にそう言う。
確かに、先ほどよりも強い風と雪が吹き、セレナは寒さに身を震わせた。
二人は急いで近場の宿に入ると、食堂に腰を落ち着けた。
遅い時間に宿に入ったため、暖炉の側の席はもちろんのこと、ほとんどの席が埋まっていた。
二人は食堂の隅に追いやられるも、何とか二人分の席を確保した。
食堂は薄暗く、暖炉の炎とテーブルに乗せられた蝋燭の灯りが橙色の光を放っている。
セレナは自分の故郷、アランドに思いを馳せた。
こんなにも大きな宿ではなかったが、淡くも優しい橙色の光や、林檎酒や葡萄酒の匂いと旅人たちの会話で騒がしい食堂。
もちろん、アランドでは旅人ではなく、貿易商人や漁師達なのだが。
それに、果たしてセレナに故郷と呼べるものがあるのだろうか。
セレナは二人分の温かいシチューと林檎酒がテーブルに運ばれてくる間、少し寂し気に辺りを見渡していた。
そんな様子のセレナをティラーは見て、声をかける。
「セレナ、食べなさい。食べてから話をしよう」
セレナは、過去から意識を現実に戻して、ティラーの顔を見る。
知的なティラーの青い目を見ながら、セレナは自分の置かれた現状を思い出した。
「えぇ。……このシチュー、美味しそうだわ」
白いシチューを見て、セレナはそう言う。
宿の食堂の喧騒を消し去って、セレナはただただ目の前のシチューの温かさを感じていた。
食べ終わり、人心地がついたところでセレナはティラーに質問をする。
「……あの、まず、ここってどこですか」
「ここはフェルエという中規模の商業街だ。ここから王都まで馬で約一月程かかる。この街に寄ったのは、馬を用意するためだ」
ティラーはそう言うと、他に質問はないか、という風に片眉をあげてセレナを見る。
「えっと、私……魔法学校のハザールで一体何をすれば良いんでしょうか」
「セレナ、君は文字を読んだり書いたりすることができるかね?」
セレナの質問にティラーは質問を返す。
セレナは普通の宿屋の女主人に育てられた身だ。海辺で育つのに、金銭の数え方は必要でも、文字は必要ではない。
セレナは、顔を赤くしながら答えるしかなかった。
「……書けません」
セレナは自分の教育のなさを実感すると共に、そのことに対する羞恥心を感じた。
メンドラーおばさんが、悪かったわけじゃないわ。メンドラーおばさんも文字なんて知らないんだもの。教えなかったんじゃなく、教えられなかったんだもの。
こういう世界に行かざるを得なかった自分の何かをセレナは責めたくて仕方がなかった。
一体、私の何がそうさせたのだろう。
ティラーは目を細めてそんなセレナを見つめた。
「ハザールに着いたら、まず先生達に会ってもらおうと思う。君の処遇はそこで決まるだろう。……だが、きっと君は魔法学校で学ぶことになる」
ティラーがあまりにも自信をそう言うので、セレナは不思議に思った。
「どうしてですか?」
「この国は今、不安定だ。以前から魔法の存在を危険としている団体が活発に活動をしていてな。魔法学校としては、どんな危険性を持っているか分からない君を放置することは出来ないのでね」
セレナはぼそっと尋ねる。
「……つまり、私は魔法学校の中で秘密裏に匿われる、ということですよね」
ティラーはセレナを真剣な眼差しで射抜く。
「確かに、その意味もあるだろう。……だが、私はそれだけじゃなく、ハザールでちゃんと魔法を勉強して欲しいと思っている。君が自分の能力と向き合うために、ね」
そう言って、ティラーはセレナに優しく笑いかける。
……もしも、父親がいたなら、こんな感じなのだろうか。
セレナはふと、そう考えて、そう考えた自分に驚いた。
ティラーは続けて言葉を紡ぐ。
「ともあれ、ハザールでは普通の生徒と同じ扱いをすることになる。ハザールに到着するまでの一ヶ月の間に、私が文字の読み書きを教えることにしよう、いいかね?」
セレナはティラーに向かって頷く。
そこまでしてもらうのなら、私もそろそろ自分の周りの変わりすぎた変化を受け入れなければならないのかもしれない。
こうして、ハザールへ向かう二人の旅人の夜は更けて行く。
寒い雪の舞う冬のことだ。
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