その女、女狐につき。

高殿アカリ

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10.愛ってなんだ

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 私の疑問に彼は少しだけ微笑んで、答えた。

 優しくて、切なげな笑みだった。



 私はその表情にちょっとだけどきりとした。

 そしてその動揺について考える前に、市川の口が開かれた。



「君の側に、居たかったんだ。……記憶を失ったままの君は、何というか、その、どこか危ないような気がして」



 珍しく歯切れの悪い市川。



「余計なお世話だわ」



 私は冷たく言い放った。



 まるで本当にそう思っているみたいに見せたくて。

 怒っているのだと思わせたくて。



 そうでもしないと、私の頬は、心臓は、まるで熱く激しく脈打つのですもの。



 この動揺を悟らせないために。

 そして何より、私自身がそんな自分の様子を信じたくなかったから。



 どこか悲しげな表情をする市川の様子を気のせいだということにして、私は平然と続けた。



「……真実を知ってなお、復讐をしたかったら、あなたの手を借りるわ。共同戦線を再び張るというわけよ。……それでいいかしら?」



 そうね、たぶんこういうことよ。



 市川がいつにも増してイケメンに見えるのは。

 そして、市川の一言にこんなにも胸が高鳴るのは。



 きっと、一気に色んな新しい情報が頭の中に入ってきたせい。



 それから、もう随分と遅い時間なんですもの。

 きっと頭が働いていないのね。



 眠いんだわ。

 そうよ、きっとそう。



 だから、私は市川の返事を待たずして、椅子から立ち上がった。

 そして、そのままその場を立ち去ろうと足を踏み出した。



 その時、私の左手首が市川の右手に掴まれた。

 私ははっと息を止め、彼の方に顔を向ける。
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