金魚鉢

高殿アカリ

文字の大きさ
上 下
6 / 29

しおりを挟む
 優ちゃんと付き合ってから、私たちはお昼休みも一緒に過ごすようになった。

 今日も今日とて、その日課は変わらないわけで。



 私はプチトマトを頬張る優ちゃんに向かって話しかけた。



「ねぇ、優ちゃん?」



「うん?」



「あのさ、今日の帰りなんだけど」



「どっか寄りたいところでもできた?」



「ううん、そうじゃなくてね。今日は、なっちゃんと帰りたいかなって思うんだけど、その……」



 申し訳ないと思って、私は顔を俯かせる。

 すると、優ちゃんは朗らかに笑って、優しく私の頭を撫でてきた。



「あはは、そんなに申し訳なさそうにしなくてもいいよ。もう、本当に琴は可愛いなぁ」



「え、いいの?!」



 そう言って顔を上げた私の瞳は、いつにも増して輝いていたことだろう。



 あぁ、ようやく、この息苦しい場所から抜け出せる。



 そんな風に思った私がいた。



 だけど、優ちゃんは相変わらず穏やかに笑っていて。

 その姿にどうにもこうにも、後ろめたく思えて、私は話を続けた。



「あの、その、帰りにね。カフェに寄ろうって話になったの」



「うん。本多さんも、琴も、本当にカフェとか好きだよね」



 どこまでも、どこまでも。

 優ちゃんはきっと私に甘いんだ。



 果てしなく変わらない、その優しい口調と笑顔に、私は思わず反吐が出そうになった。



「じゃあ、今日は別々に帰ろうか」



 遠くの方で、優ちゃんの声が聞こえる気がする。



 私、どこかおかしくなっちゃったのかもしれない。



 優しくて、かっこよくて、マメで、完璧な、非の打ち所のない、彼氏なのに。



 どうして、"気持ち悪い"なんて酷いことを思ってしまうんだろう。



 ……なっちゃんに相談したいな。
しおりを挟む

処理中です...