秋空雨恋

粟生深泥

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第3話

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「よーい、はいっ!」

 マネジャーさんの合図で、茅吹先輩たちが走り出す。
 結局、あれから天気は持ちこたえて、無事に予定通りの練習メニューに取り組むことができていた。400m+200mのインターバル走。男女とも距離は一緒だけど、本数は男子の方が多いから、先に練習メニューを終えたわたしは休憩しながら男子の練習を見ていた。
 先頭を走るのは茅吹先輩で、その後ろを秋浜君がついていく。その後ろが徐々に引き離されていく中、二人はペースを変えずにゴールした。
 そこで止まることなく、200mをジョグで繋ぐ。次がラストの1本。

「ファイトでーす!」

 次のスタート地点までゆっくりとしたペースで走っていく二人に声をかける。遅れていた他の部員もどうにか二人に追いついて、最後のスタートを切った。
 飛び出したのは秋浜君だった。スタートから茅吹先輩より前に出て、カーブを駆け抜けていく。茅吹先輩は秋浜君の後ろについて、他の人たちは100mもいかないうちにそのペースから振り落とされていく。
 そのまま直線を走っていき、次のカーブに差し掛かったところで茅吹先輩が秋浜君の横に並んだ。

「ファイトー!」

 目の前を駆け抜ける二人。必死に走る秋浜君の向こう側で、茅吹先輩は笑っていた。
 一番キツイ最後のところで、楽しんでいる。その姿に、目を奪われる。

「ファイトっ!」

 つい、応援に力が入る。最後の直線でスッと茅吹先輩が前に出た。
 秋浜君が一生懸命食らいつくけど、茅吹先輩はグイッグイッと力強くラストスパートで加速して、秋浜君を突き放すような形でゴールした。
 ゴールした直後にトラックの内側に倒れ込む秋浜君に、茅吹先輩は笑顔で何か声をかけている。秋浜君が首を横に振ると、茅吹先輩は一つ頷いて歩き始めた。

 いつの間にか息をするのを忘れていて、はう、という気の抜けた声とともに呼吸を思い出す。徒歩通学が練習になる、なんて言葉を信じたのは、茅吹先輩のこの姿を見てしまっていたから。
 先輩の走りは力強くて、それでいて楽しそうで。そんな風に走れるようになりたいという想いは、今も変わらない。
 練習が終わってこっちに向かって歩いてくる先輩に近寄ろうとして――足を止める。

「茅吹くーん」

 女子長距離パートの須々木先輩が給水のボトルを持って駆け寄っていくと、茅吹先輩に差し出す。
 茅吹先輩はちょっと驚いたような表情をしながらも、ボトルを受け取るとパッと笑った。

「お、サンキュ」

「最後すごかったね! ベストじゃない?」

「どうだろ。まあ、秋浜のおかげだよ。まだまだ先輩として負けられないしな」

 先輩たちは楽しそうに話しながら歩いていき、わたしの前を通り過ぎる。二人とも個別には仲のいい先輩のはずなのに、そこに混ざろうという気は起こらなくて、ただずっと歩いていくのを見送る。
 だって、ほら、いつもの通学の時より距離近いし。もしも邪魔者扱いされたら、心が持たない。

「代わりにわたしが後ろからぎゅーってしてあげよっか?」

「もみじっ!?」

 いつの間にかもみじが後ろに立っていて、ちょっと心配そうな顔してわたしを見ていた。
 ウィンドブレーカーを持ってきてくれていて、受け取ると体が冷えない様に羽織る。けれど、身体の奥の方をスッと秋風が吹き抜けていくような感じは変わらなかった。

「最後すごかったね! ベストじゃない?」

「ちょっと、やめてよ」

「なんでよ。テルハに言ってるの」

「えっ?」

「テルハ、また速くなってるよ。次の大会、枠採れるかも」

 次の大会は1種目に出られるのは各校3人までだから、その枠に入らなければ選手として走ることはできない。何種目かあるから3番目までに入らなくても何かには走れるかもしれないけど、そこまで含めてもわたしはギリギリだった。

「そんな、わたしはまだ……。先輩たちもいるし」

「一番速い人が代表で走るだけじゃん。先輩にだって負けなきゃいいの」

 もみじの視線はわたしより後ろの方を見ていた。多分、そっちにいるのは茅吹先輩と須々木先輩で。須々木先輩は、うちの部で一番速い。その意味で、茅吹先輩と並んで歩く須々木先輩はきっとお似合いだ。

「テルハ、歩いてる距離なら、須々木先輩にも負けてないでしょ」

 もみじが励ましてくれてることはわかった。すごい不器用な優しさだったけど、だから、今はすごい染みてくる。小春日和のような、涼しい風と一緒に包み込むような温かさ。

「うん、ありがと。もみじ」

「いいよ、友だちじゃん。だから、ぎゅーってさせて。ちょっと凹んでるテルハかわいい」

「いや、それはちょっと……」

 じりじりとにじり寄ってきたもみじに思わず後ずさりする。えい、っとわざとらしい声とともに飛び掛かってきたもみじから走って逃げる。視線の先で須々木先輩と話しながら振り返った茅吹先輩と目が合った――ような気がした。でもそれは、秋の気まぐれな天気の一幕みたいなものかもしれない。
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