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突然の出来事
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「ふーん」
「うーむ」
四畳の畳が敷かれた部屋内で二つの声があった。その声は、何か考え事をしているように聞こえる。実際、この『文化部』にいる二人の人物は将棋をしていて、そして、酷く悩んでいた。一方が圧倒的に攻め、もう一方は王を逃がすことに必死だった。細めの男は、額から汗を流し難しい顔をしている。
「数原くん、もう少しだけ将棋に集中してくれない? 真剣に悩んでいる僕が馬鹿みたいじゃないか」
数原(すはら)榛名(はるな)は対戦相手である天(あま)多双(たそう)からため息を吐きながら、皮肉じみた台詞を言った。榛名は、この対戦に手中していなかった。将棋盤を置いてもまだ物が置けるスペースがある卓袱台の上に、将棋関係以外のものが散乱している。卓袱台に置かれているものは、食べ物から筆記用具まですべて赤で統一されている。その中から、トマトと赤のマーカーペンを両手に持ち、ペンをトマトに突き刺した。
ペン先から徐々に奥まで刺していき、半分以上埋まったところで、トマトが真っ赤な光に包まれた。
――次の瞬間には、トマトは手のひらサイズの炎に姿を変えていた。
「成功だな……」
「成功って、君は一体何やってるの?」
「魔術の実験だよ、双さん。統一した色のものを組み合わせて、その色にあった自然現象が起きるのかっていう実験」
手のひらの炎は次第に小さくなっていき、消えた。残った煙が、部屋中を覆う。
「こんな時ぐらい遊びに集中してもいいじゃないですか若、そのために僕がこの時間を作ったのに……」
「双さん、若はよしてくれ。学校にいる間はお互い、先輩と後輩なんだから」
それもそうだね、と双は言葉を訂正しながら、王の駒を前に進めた。だが、次の榛名の一手であっさりと王の駒は歩の駒にやられ、勝負は決した。
「さすがだね、盤上を見なくても僕の手を読んで勝利する。数原くんにしかできないことだよって、また何かやっているし」
勝負が終わったかと思うと、榛名は将棋盤に目もくれずに、今度は水道の方に歩いていき、手に持った湯呑に水を汲んでいる。
「数原くん、僕たちは魔術師の家系に生まれたけど、そこまで真剣に実験や研究はしなくてもいいんだよ。一応、僕たち天多家は、数原家の使用人の立場だ。でも、それは父や母が生きていた時の事で、今はもうその制約はない。それは、君の家だってそうさ。もう、数原家には君しか残っていない。この世にいる魔術師は僕たちしかいないんだ。だから、これを期に魔術から離れないかい? 毎日、飽き足らず魔術に没頭する君が辛そうだ」
双の言葉を聞き、榛名は湯呑を床に置きながら首を横に振った。そして、視線を胸に移しながら、服に皺が入るくらい胸を強く握った。
「『魔(ア)臓(ーク)』がそうさせてくれない。こいつが俺に研究を進め、未知の事を追及し、解明する快感を求めているんだ。多分、死ぬまで魔術を追及することになるだろう……。でも、魔臓があればアイツを生き返すことができる。双さんのためにも……」
「ありがとうございます」
湯呑の飲み口に指を添える榛名の後ろで双は頭を下げた。姿は見えないが、双の気持ちを感じ取る自然と笑顔になりながら、湯呑に入っている水に魔力を込める。今度は、水がキシキシと音を上げながら、氷へと姿を変える。そして、先ほど作った炎に氷を近づけると、解けずに炎の中で固体状態を維持していた。
物体の変質と変質後の状態維持の魔法。0から1を作り、その1を無限の可能性へと広げていく。榛名は、死んだ人、つまり0のものを1へと作り上げ、それがこの世に維持したまま生きていける公式を導くための研究に没頭していた。
死んだ人を生き返させる、それは魔術師の中で最も難しいと言われ、一生の研究目標に等しかった。現代では、もうこの場にいる二人しか魔術師は存在しない。だが、二人とも反魂の術の成功する難易度は知っている。それでも、榛名にはやり遂げたい一心があった。
現段階で反魂の術完成まで、足りない部分が多い。先ほどトマトを炎に変えた魔術は、十回に一回の割合でしか成功していない。
「でも、1年前よりは進んだはずだ。愛歌、待っていてくれ。もう少しでお前を生き返させることができる」
焦る気持ちが魔力へと流れ、炎の中の氷が大きく膨れ上がり、乾いた音を上げながらはじけ飛んだ。また失敗か……、失敗からの絶望でうなだれた時、胸に激痛が走った。苦痛に顔を歪ませながら、胸を見てみるとそこには榛名の血で真っ赤に染まった異形の腕が生えていた。魔臓と思わしき臓器を握っている手は、深緑色でとても長い爪をもっていた。
口から血を吹き出しながら背後に目を向けた。そこには、先ほどまで将棋を打っていた双の姿だった。細い目の奥で怪しく光る眼が榛名を捉えていた。頬についた榛名の血を長い舌でなめ上げながら、発狂に近い笑い声をあげた。
「今までお世話になりました若。魔(こ)臓(れ)は、この天多双が大事に使わせてもらいます。だから、貴方はもうゆっくり眠っていてください。そして、これ以上愛歌を、妹を生き返させたいなんて囀るのをやめてください」
「そ……うさん――」
なぜ、双に殺されるのか理解できなかった。考えに考えたが、胸から流れる血の量が多いせいで思考が追いついていなかった。次第に気だるさと脱力感が襲い始めた。ただ、双の名前を口にすることしかできない。
そんな榛名から腕を引き抜くと、魔臓を自分の心臓めがけてねじ込んでいく。ブクブクと双の体の中に魔臓が収まった。榛名は床に体を打ち付け、倒れこんだ。ドロドロの血液が床を染め上げていく。その様子を見た後、双は部屋から出ていこうとしていた。榛名は、霞む視界に映る双の背中姿に手を伸ばしながら、そして力尽きる。
「うーむ」
四畳の畳が敷かれた部屋内で二つの声があった。その声は、何か考え事をしているように聞こえる。実際、この『文化部』にいる二人の人物は将棋をしていて、そして、酷く悩んでいた。一方が圧倒的に攻め、もう一方は王を逃がすことに必死だった。細めの男は、額から汗を流し難しい顔をしている。
「数原くん、もう少しだけ将棋に集中してくれない? 真剣に悩んでいる僕が馬鹿みたいじゃないか」
数原(すはら)榛名(はるな)は対戦相手である天(あま)多双(たそう)からため息を吐きながら、皮肉じみた台詞を言った。榛名は、この対戦に手中していなかった。将棋盤を置いてもまだ物が置けるスペースがある卓袱台の上に、将棋関係以外のものが散乱している。卓袱台に置かれているものは、食べ物から筆記用具まですべて赤で統一されている。その中から、トマトと赤のマーカーペンを両手に持ち、ペンをトマトに突き刺した。
ペン先から徐々に奥まで刺していき、半分以上埋まったところで、トマトが真っ赤な光に包まれた。
――次の瞬間には、トマトは手のひらサイズの炎に姿を変えていた。
「成功だな……」
「成功って、君は一体何やってるの?」
「魔術の実験だよ、双さん。統一した色のものを組み合わせて、その色にあった自然現象が起きるのかっていう実験」
手のひらの炎は次第に小さくなっていき、消えた。残った煙が、部屋中を覆う。
「こんな時ぐらい遊びに集中してもいいじゃないですか若、そのために僕がこの時間を作ったのに……」
「双さん、若はよしてくれ。学校にいる間はお互い、先輩と後輩なんだから」
それもそうだね、と双は言葉を訂正しながら、王の駒を前に進めた。だが、次の榛名の一手であっさりと王の駒は歩の駒にやられ、勝負は決した。
「さすがだね、盤上を見なくても僕の手を読んで勝利する。数原くんにしかできないことだよって、また何かやっているし」
勝負が終わったかと思うと、榛名は将棋盤に目もくれずに、今度は水道の方に歩いていき、手に持った湯呑に水を汲んでいる。
「数原くん、僕たちは魔術師の家系に生まれたけど、そこまで真剣に実験や研究はしなくてもいいんだよ。一応、僕たち天多家は、数原家の使用人の立場だ。でも、それは父や母が生きていた時の事で、今はもうその制約はない。それは、君の家だってそうさ。もう、数原家には君しか残っていない。この世にいる魔術師は僕たちしかいないんだ。だから、これを期に魔術から離れないかい? 毎日、飽き足らず魔術に没頭する君が辛そうだ」
双の言葉を聞き、榛名は湯呑を床に置きながら首を横に振った。そして、視線を胸に移しながら、服に皺が入るくらい胸を強く握った。
「『魔(ア)臓(ーク)』がそうさせてくれない。こいつが俺に研究を進め、未知の事を追及し、解明する快感を求めているんだ。多分、死ぬまで魔術を追及することになるだろう……。でも、魔臓があればアイツを生き返すことができる。双さんのためにも……」
「ありがとうございます」
湯呑の飲み口に指を添える榛名の後ろで双は頭を下げた。姿は見えないが、双の気持ちを感じ取る自然と笑顔になりながら、湯呑に入っている水に魔力を込める。今度は、水がキシキシと音を上げながら、氷へと姿を変える。そして、先ほど作った炎に氷を近づけると、解けずに炎の中で固体状態を維持していた。
物体の変質と変質後の状態維持の魔法。0から1を作り、その1を無限の可能性へと広げていく。榛名は、死んだ人、つまり0のものを1へと作り上げ、それがこの世に維持したまま生きていける公式を導くための研究に没頭していた。
死んだ人を生き返させる、それは魔術師の中で最も難しいと言われ、一生の研究目標に等しかった。現代では、もうこの場にいる二人しか魔術師は存在しない。だが、二人とも反魂の術の成功する難易度は知っている。それでも、榛名にはやり遂げたい一心があった。
現段階で反魂の術完成まで、足りない部分が多い。先ほどトマトを炎に変えた魔術は、十回に一回の割合でしか成功していない。
「でも、1年前よりは進んだはずだ。愛歌、待っていてくれ。もう少しでお前を生き返させることができる」
焦る気持ちが魔力へと流れ、炎の中の氷が大きく膨れ上がり、乾いた音を上げながらはじけ飛んだ。また失敗か……、失敗からの絶望でうなだれた時、胸に激痛が走った。苦痛に顔を歪ませながら、胸を見てみるとそこには榛名の血で真っ赤に染まった異形の腕が生えていた。魔臓と思わしき臓器を握っている手は、深緑色でとても長い爪をもっていた。
口から血を吹き出しながら背後に目を向けた。そこには、先ほどまで将棋を打っていた双の姿だった。細い目の奥で怪しく光る眼が榛名を捉えていた。頬についた榛名の血を長い舌でなめ上げながら、発狂に近い笑い声をあげた。
「今までお世話になりました若。魔(こ)臓(れ)は、この天多双が大事に使わせてもらいます。だから、貴方はもうゆっくり眠っていてください。そして、これ以上愛歌を、妹を生き返させたいなんて囀るのをやめてください」
「そ……うさん――」
なぜ、双に殺されるのか理解できなかった。考えに考えたが、胸から流れる血の量が多いせいで思考が追いついていなかった。次第に気だるさと脱力感が襲い始めた。ただ、双の名前を口にすることしかできない。
そんな榛名から腕を引き抜くと、魔臓を自分の心臓めがけてねじ込んでいく。ブクブクと双の体の中に魔臓が収まった。榛名は床に体を打ち付け、倒れこんだ。ドロドロの血液が床を染め上げていく。その様子を見た後、双は部屋から出ていこうとしていた。榛名は、霞む視界に映る双の背中姿に手を伸ばしながら、そして力尽きる。
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