ここにいるよ

白冬 チャイ

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ここにいるよ

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ある日、小さな子は何人かの友だちと公園でボールで遊んでいました。
けれども、一人の友達の投げたボールが茂みの奥へ転がって行ってしまったので、小さな子はそれを追いかけました。
ボールはころころ転がり、まだまだ止まる様子はありません。とうとう、ボールは見えなくなってしまい、小さな子は諦めて公園に戻ろうと後ろをふり返りましたが、どこを見ても同じ木々ばかりが並んで、戻るための道が分からなくなってしまいました。
小さな子は動きたいけれど怖くて動けず、その場にうずくまりました。
それから、何時間経ったのでしょう。木々が生い茂る森は空も見えず、一日中暗いので、時間も分かりません。
小さな子はくらいくらい森のなか、まだ同じ場所でうずくまっていました。木々は小さな子よりもはるかに大きいので、小さな子はその木々に体を覆われて、呑み込まれてしまうのではないか、と怖くて余計に顔を上げられなかったのです。
冷たい風が吹き、頭上ではカラスが鳴き声を上げました。小さな子はさらに怖くなり、両手で頭を抱えました。
すると、「ここにいるよ」と声が聞こえてきました。
小さな子は目を瞬かせました。けれど、顔はまだ上げられません。すると、もう一度、優しいく「ここにいるよ」と声がしました。
ついに、小さな子は顔を上げました。
なぜなら、その声に聞き覚えがあったからです。しかし、声の主は思い出せません。
けれども、いつまでもここにいるわけにはいかないので、小さな子は声のする方へ恐る恐る、ゆっくりとした足取りで、進み始めました。
木々の間をすりぬけ、茂みに体を突っ込み、木の葉や小さな枝を服にいくつも付けながら、小さな子はぐんぐん進みます。そのあいだもあの声は、小さな子に優しく語りかけます。「ここにいるよ」と。
しばらく行くと、急にあたりが晴れ、空から暖かな日差しの降り注ぐ場所に出ました。
その中心には、葉が一枚もついていない、大きな木があり、その下にはあのボールが落ちています。小さな子はボールにかけ寄り、拾い上げました。
その頃には、ボールは昨日の雨で地面がぬかるんでいたせいもあったのでしょう、ひどく汚れていました。が、小さな子はそんなことは気にせず、ボールを抱き締めました。
すると、ザザっと音がして、小さな子の前に一枚の桜の花びらがどこかから飛んできて、ボールの上にひらひらと着地しました。
その途端に、先程まで聞こえていた声が聞こえなくなってしまいました。小さな子は不安になり始め、声を探して右へ左へ、首を巡らせます。しかし、どちらを見ても声も道も一つも見つかりません。
小さな子は疲れはてて、木の下に座り込みました。すると、瞼が自然と落ちていつの間にか小さな子は夢を見ました。

目の前には大きな川があり、その川は青でも透明でもなく、紫色と桃色が交ざりあったものです。周りの木々には、リンゴや木の実ではなく、キャンディーやチョコレートなど小さな子が好きなものばかり実っています。小さな子は嬉しくて嬉しくて、とんだりはねたりしました。そして、木に生っているチョコレートをとろうと木の下までやってきました。しかし、思っていたよりも、木は高く、手で揺すってみても幹が太いためにびくともしません。
小さな子は周りに何か使えるものはないか、キョロキョロします。
そして、近くに探していたボールが落ちているのを見つけました。小さな子はボールを拾うと、それを投げてチョコレートに当てました。
すると、チョコレートは木の枝から外れ、小さな子の頭向かって落ちてきます。チョコレートは思っていたよりも大きく、家の扉と同じ大きさです。
小さな子は、とっさに頭を手で守りました。しかし、いつまでたっても何も衝撃はきません。小さな子は恐る恐る瞼を開けました。
小さな子は、目を見開きました。何と、小さな子の頭の上には桜の花びらがまるで天井のように広がっていたのです。
その桜の花びらの天井に小さな子は触ろうと手を伸ばしました。しかし、触る前に桜の花びらは風に吹かれ、流されて行きます。小さな子はそれを追いかけて行きました。
でも、途中で足を止めてしまいました。なぜなら、初めに見た大きな川があったからです。
小さな子は流れていく桜をしばらく見つめていました。すると、小さな子の前に川を挟んで一人の女の人が立っているのに気づきました。
女の人は小さな子に微笑みかけました。そして、両手を大きく広げます。
その時、小さな子はあることを思い出しました。目の前に立つ女の人は、何年か前にいなくなった小さな子のお母さんでした。
「何をしているの?」
小さな子は聞きました。
お母さんは「あなたを見ていたの」と優しい声で答えました。小さな子はハッとしました。その声は、小さな子が森の中で聞いた声と同じだったのです。
「時々でいいから私のことを思い出してくれたら、それだけで十分満足よ。私はここにいるよ。ここにいるからね」
そうお母さんが言い終わる前に小さな子の視界はさっきの桜の花びらの天井に包み込まれ、お母さんの姿は、見えなくなってしまいました。

小さな子は目を覚ましました。
目の前には大きな木々が並び、頭の上には葉のない大きな木の枝が何本も伸びています。しかし、その枝をよく見ると小さな小さなつぼみが見えました。
小さな子はこの木の名前を思い出しました。
それと同時にこの森から出る道も思い出しました。小さな子がもっと小さかった時に優しい大きな手に連れられ、ある春の日にここへやって来たことがあったのです。この木に咲く花を見るために。
小さな子は、立ち上がり、ボールの上に乗っている一枚の花びらを見て微笑みました。
そして、森の外へ出ました。
友だちのいる公園に辿り着くと、小さな子はまた始めのように、二人でボール遊びを日が暮れるまで楽しみました。



森を出るとわすれる
この後も、時々でもいいから思い出してほしい
    
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