草笛の章 ~しのびのくにのものがたり

夏之ペンギン

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十九  代わり身の術

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 軒猿はよろよろと立ち上がった。もちろん俺の『屍操の術』で操っている。

「さあ、弾正を殺しに行くぞ」

 とっとと尾坂弾正をぶっ殺して報酬をうけとらなくっちゃな。あー、何買おうかな。新しい忍び装束とか欲しいし。都で売ってるまんじゅうってやつも腹いっぱい食ってみたいし。夢ふくらむなあ。

 山城の中はやけに塀が多かった。もちろん侵入してくる敵に対処するためだ。そこここに地侍や足軽どもが埋伏してやがったが、みなことごとく打ち倒してやった。軒猿を先頭にして歩いているんだ。みんなあれっ?って顔しながら死んでいく。

 家来たちの住居の粗末な長屋のとなりに、なかなか立派な館があった。きっと弾正はそこにいるんだろう。やれやれ、いくさ場にも出ずひきこもるとは、なかなか情けねえ親分だなあ。

 板戸を思いっきり蹴破ると、その板の間に七人ほどの人影が見えた。

「邪魔するぜ。えっと、どいつが弾正だ?」
「死ね!」

 あいさつもそこそこに殺しに来やがった。まったく礼儀を知らねえやつらだ。などと言ってる場合じゃなかった。俺の漆黒の忍者装束にぶすぶすと手裏剣やら毒矢や槍や銛が刺さっている。ちきしょう、お気に入りだったのに。

「馬鹿なやつだ。手練れのようだが慢心したな。まあわれわれ『軒猿』を相手によくやったとほめてやる。喜壱は倒せたようだが、『軒猿』はそいつだけではないんでな」

 知ってるよ。『軒猿』ってえのは忍軍の名だ。いわば組織名だろ。だからうまくいったんじゃねえかよ。

「どうでもいいけど超痛いんですけど」
「おやこいつ、まだ死なないのか?」

 数人の人影が動いた。動揺してるのか?こいつらもしのびとしてはまだ三流だな。

「まあいずれ死ぬ。毒が効いてくるしな」
「それより喜壱は?」
「死んでいる。呼吸も心の臓も止まってるぜ」
「運が悪かったな」

 勝手なことを言っている。まあ言わしておいたんだが。呼吸や心の臓を止めるなんて俺には簡単すぎる。だますなんてチョロい。いやそうじゃねえ。このなかでひとり、会話に入ってないやつ。それが目当てなんだ。つまり、そいつが弾正だろ。あとはどうでもいいやつらだ。

「歓談中のところ悪いが、死んでくれ」

 俺は六本の飛び苦無を放った。全員お陀仏だ。即効性の猛毒を塗ってある。かすっただけでもおっ死んじまう。

「なんだと!」

 ひとりだけ生かしておいたやつが叫んだ。なんか恐ろしいものを見る目だな。

「おまえ、尾坂弾正だな」
「『軒猿』、い、いや喜壱、裏切ったか!」

 そう言って弾正は刀を抜いた。俺のうしろに立っているやつと交互に見比べている。そうだ。俺は『軒猿』に化け先頭に立ち、『軒猿』には俺の忍び装束を着せて後ろを歩かせながらここまで来た。これが『代わり身の術』だ。板塀や倒木に着物をひっかけて相手を騙す『変わり身の術』とは次元が違うぞ。

 やがて『軒猿』たちはバタバタと倒れていった。みな死んだ。やれやれ仲間とは不自由なものだ。化けた俺には攻撃せず、敵だけを狙ったんだ。俺なら同時にふたり殺す。それが一流のしのびってやつだ。

「もう誰もいないようだし、いいもん見せてやるよ」

 俺はそう弾正にささやいた。弾正の目が大きく見開かれたのがわかった。
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