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二十四 小谷城
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じゃあ待ってるからなー、と言い残し、長政たち騎馬武者たちは走り去って行った。あとに残された俺はただポカーンとしていた。
「どうする?」
そばにいたしのび…伴資定(ばん すけさだ)って言ったっけ、こいつ――が俺にそう聞いた。
「どうするって、どうしよう?」
「殿はおまえの力量を重く見た。そして興味を持たれた。だから城に来てその腕前を見せろということだ。どうやらおまえさえよければ雇うおつもりのようだ」
「そんな、子猫を拾うみたいに…。しのびは猫じゃねえぞ。ある意味始末に負えない虎だぞ?長政っていう殿さまの命を狙いに来たのかもしれんぞ」
「それはない。おまえ、あの殿さまが長政さまだって知らなかったろ?」
はいそうです。どこの誰かも知りません。名前ぐらいは聞いてますが、関わりあるとは思えませんでした。とは言えない。
「知ってて知らないふりするのも俺の仕事だ」
「ちっ、くえねえやつだ」
「そっちこそ」
「くっくっく。まあいい、ついてこい」
こりゃしかたねえ。こいつの手下半分はさっきの騎馬武者についてったようだが、あと五、六人いやがる。こいつふくめてぜんぶ倒して…なんかめんどくさくなっちゃった。腹も減ったしな。
「伺おう」
そう言って俺は資定について行くことにした。木陰や草陰から次々と人が出てきた。みな百姓や野武せりの格好をしていた。
「ねえあんた、なんか強そうじゃないか。あたいは千草。おんなしのびだよ」
いきなり百姓姿の女が近づいてきて、上目遣いに俺を見た。なにこの子?いやに馴れ馴れしいな。
「こら千草!客人に失礼だぞ。もっと離れろ」
「えーだって親父、こいつなんかすごい技隠してるよ、きっと」
「そんなもん見りゃわかる!それより親父言うな。頭って言えってあれほど言ってるだろ!」
「ああごめーん。じゃ客人さん、またあとでね」
「千草!」
「へいへい」
娘はすうっとどこかに消えていった。まあ付かず離れずついてきているのだろう。
「すまないな。礼儀を教えてなくてな」
「あんたの娘か?まあしのびに礼儀はいらんさ」
「まあそうだな」
まったくここの殿さまといいしのびどもといい、猜疑心とかないのかな?簡単にひとを信用しちゃいけねえんだぞ。俺が頭なら再教育だな。
そんなことを考えてるうちに景色が変わって来た。平地に連なるように山々が見えてくる。おそらく小谷城という城はあの山中にあるのだろう。なるほど、地理的にいい場所だ。領地を統べやすくかつ攻めにくい。馬蹄状の山並みにそれぞれ七つの砦を峰ごとに置き、本丸と言われる小谷城を囲んでいる形になっている。
俺たちは山道に向かう。最初の砦が見えてくる。
「山丸だ。おれたち甲賀の手で守っている」
そういう伴はどこか誇らしげだ。しのびが主君を得る。そういう生き方もある。が、俺としては主君などいらぬ。主君の生き死になどどうでもいい。俺がどう生き、どう死ぬかがすべてで、それ以外は考えたこともない。
「ほんとうにお前はどこのしのびだ?伊賀や甲賀の者とも思えんが…」
「むかし俺の一族は甲賀の一族に滅ぼされた。どこの何家だかは知らないが、俺の小さいときだ」
「そうか…そいつはすまなかったな」
「なあに、俺にはさっぱりだ。いまさらどうでもいいことよ」
それで伴は黙ってしまった。まあそういうのはいくつも心当たりがあるんだろうな。だがそれがしのび、さ。俺だってしのびの村を滅ぼしたのは、ひとつふたつじゃねえんだからな。おあいこさ。
「見えてきた。あれが小谷城だ」
二番目の金吾丸という出城を過ぎると、そのさきの山中に美しい城壁が見えてきた。櫓はあるが天守閣はない。典型的な山城だが規模が違う。かなり大きい城だ。
「こんなところに石積みして城壁、館を作ったのかよ。ご苦労なこった」
「そりゃ備えだからな」
近江はまわりがとんでもねえ武将たちでひしめき合っている土地だ。六角、京極、そして織田だ。マジ半端ねえ激戦地ってわけだ。
ついてそうそう飯が出た。米の飯に香の物でも上等だったんだが、なんと膳がついた。汁物、椀物、煮物焼き物、それに米の飯だ。一般に武士じゃ雑穀が普通だ。朝廷の貴族連中じゃあるまいし、こんなぜいたく許されるのか?まあ美味しく頂こう。毒は入ってないみたいだしな。
飯を食い終わって茶をすすっていると声がかかった。大ぶりの刀を下げた背丈の大きな武士と、小柄だががっちりした体躯の、少し年取った武士がやって来たのだ。
「殿がお待ちだ」
年取った方の武士がそう言った。俺は仕方なく立ち上がると、大柄の方のやつが俺を睨んできた。
「よせ、時貞。客人だぞ」
「しかし叔父上…」
「殿の酔狂には困ったものだが、どうも今回は違うようだ。おまえも心せよ」
「はあ」
なんか嫌な予感がしまくりだったが、まあここはおとなしく従っておこう。しのびだって飯をおごってくれたなら礼もする。そのくらいの常識ってやつは持ってるつもりだ。
俺たちは長い廊下を歩き、本丸という館に入って行った。
「どうする?」
そばにいたしのび…伴資定(ばん すけさだ)って言ったっけ、こいつ――が俺にそう聞いた。
「どうするって、どうしよう?」
「殿はおまえの力量を重く見た。そして興味を持たれた。だから城に来てその腕前を見せろということだ。どうやらおまえさえよければ雇うおつもりのようだ」
「そんな、子猫を拾うみたいに…。しのびは猫じゃねえぞ。ある意味始末に負えない虎だぞ?長政っていう殿さまの命を狙いに来たのかもしれんぞ」
「それはない。おまえ、あの殿さまが長政さまだって知らなかったろ?」
はいそうです。どこの誰かも知りません。名前ぐらいは聞いてますが、関わりあるとは思えませんでした。とは言えない。
「知ってて知らないふりするのも俺の仕事だ」
「ちっ、くえねえやつだ」
「そっちこそ」
「くっくっく。まあいい、ついてこい」
こりゃしかたねえ。こいつの手下半分はさっきの騎馬武者についてったようだが、あと五、六人いやがる。こいつふくめてぜんぶ倒して…なんかめんどくさくなっちゃった。腹も減ったしな。
「伺おう」
そう言って俺は資定について行くことにした。木陰や草陰から次々と人が出てきた。みな百姓や野武せりの格好をしていた。
「ねえあんた、なんか強そうじゃないか。あたいは千草。おんなしのびだよ」
いきなり百姓姿の女が近づいてきて、上目遣いに俺を見た。なにこの子?いやに馴れ馴れしいな。
「こら千草!客人に失礼だぞ。もっと離れろ」
「えーだって親父、こいつなんかすごい技隠してるよ、きっと」
「そんなもん見りゃわかる!それより親父言うな。頭って言えってあれほど言ってるだろ!」
「ああごめーん。じゃ客人さん、またあとでね」
「千草!」
「へいへい」
娘はすうっとどこかに消えていった。まあ付かず離れずついてきているのだろう。
「すまないな。礼儀を教えてなくてな」
「あんたの娘か?まあしのびに礼儀はいらんさ」
「まあそうだな」
まったくここの殿さまといいしのびどもといい、猜疑心とかないのかな?簡単にひとを信用しちゃいけねえんだぞ。俺が頭なら再教育だな。
そんなことを考えてるうちに景色が変わって来た。平地に連なるように山々が見えてくる。おそらく小谷城という城はあの山中にあるのだろう。なるほど、地理的にいい場所だ。領地を統べやすくかつ攻めにくい。馬蹄状の山並みにそれぞれ七つの砦を峰ごとに置き、本丸と言われる小谷城を囲んでいる形になっている。
俺たちは山道に向かう。最初の砦が見えてくる。
「山丸だ。おれたち甲賀の手で守っている」
そういう伴はどこか誇らしげだ。しのびが主君を得る。そういう生き方もある。が、俺としては主君などいらぬ。主君の生き死になどどうでもいい。俺がどう生き、どう死ぬかがすべてで、それ以外は考えたこともない。
「ほんとうにお前はどこのしのびだ?伊賀や甲賀の者とも思えんが…」
「むかし俺の一族は甲賀の一族に滅ぼされた。どこの何家だかは知らないが、俺の小さいときだ」
「そうか…そいつはすまなかったな」
「なあに、俺にはさっぱりだ。いまさらどうでもいいことよ」
それで伴は黙ってしまった。まあそういうのはいくつも心当たりがあるんだろうな。だがそれがしのび、さ。俺だってしのびの村を滅ぼしたのは、ひとつふたつじゃねえんだからな。おあいこさ。
「見えてきた。あれが小谷城だ」
二番目の金吾丸という出城を過ぎると、そのさきの山中に美しい城壁が見えてきた。櫓はあるが天守閣はない。典型的な山城だが規模が違う。かなり大きい城だ。
「こんなところに石積みして城壁、館を作ったのかよ。ご苦労なこった」
「そりゃ備えだからな」
近江はまわりがとんでもねえ武将たちでひしめき合っている土地だ。六角、京極、そして織田だ。マジ半端ねえ激戦地ってわけだ。
ついてそうそう飯が出た。米の飯に香の物でも上等だったんだが、なんと膳がついた。汁物、椀物、煮物焼き物、それに米の飯だ。一般に武士じゃ雑穀が普通だ。朝廷の貴族連中じゃあるまいし、こんなぜいたく許されるのか?まあ美味しく頂こう。毒は入ってないみたいだしな。
飯を食い終わって茶をすすっていると声がかかった。大ぶりの刀を下げた背丈の大きな武士と、小柄だががっちりした体躯の、少し年取った武士がやって来たのだ。
「殿がお待ちだ」
年取った方の武士がそう言った。俺は仕方なく立ち上がると、大柄の方のやつが俺を睨んできた。
「よせ、時貞。客人だぞ」
「しかし叔父上…」
「殿の酔狂には困ったものだが、どうも今回は違うようだ。おまえも心せよ」
「はあ」
なんか嫌な予感がしまくりだったが、まあここはおとなしく従っておこう。しのびだって飯をおごってくれたなら礼もする。そのくらいの常識ってやつは持ってるつもりだ。
俺たちは長い廊下を歩き、本丸という館に入って行った。
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