可惜夜(あたらよ)の魔法使い

常に移動する点P

文字の大きさ
8 / 13
第1章・女神

第8話・二人の弟子

しおりを挟む
 魔王の居城は、リム王国の中心部にあった。リム城の出城で、魔王自ら陣取って勇者たちを蹴散らしてきた。出城には小さいながら鋼鉄の門がそびえ立つ。赤錆で門の上から下まで覆われている。よく見ればわかるが、その赤錆は、人外問わず体内から噴き出た血。戦いは常に門前で行われていた。

 私たちは門前にたどり着いた。目立った敵襲もなかった。
「ここまですんなりだったね」
「そりゃ、魔王はもう滅ぼしたあとだし」
 そもそも出城周辺は禁忌エリアとしてリム・ウェル王は近づくことを禁じている。勇者たちに倒された魔物、魔王に倒された勇者たち、双方の怨念めいた呪いが幾層にも積み重なっている。人が近づこうにも近づけない。うす紫色の瘴気が辺り一帯を取り囲んでいた。
 じゃぁいまのうちにと、私は巻き戻しの魔法を詠唱した。決心が変わると困る。私じゃなくて、ジャンヌの方の。

「スードスード・ヌンヴィ。ハーメルの手よ、具現したまえ」
 印を組む、東方で培われた術式とエルフたちが崇める王ハーメル。それらを複合的に召喚し、歪んだ次元を仮に作り出す。この魔法はいわばフェイクを基調としている。つまり、その歪んだ次元を補正するかたちで、ハーメルが東方の物の怪スードスード・ヌンヴィと盟約を結ぶのだ。そこで具現する現象が、時戻しだ。

 時間が戻る、詠唱者の私は現在のままだ。私以外のすべては時間を戻される。あの屈強そうな男、あれがゴード・スー。蘇生後裏切ると言っていたな。
 すぐそばで倒れているのが、あぁ、ジャンヌか。どちらも出血がひどい。
 眼前では、バルス・テイトが魔王ゾルグ・リグレットと戦って? いる? のか。なんだコレは。
 逆さ盾を構える魔王ゾルグ、バルスは剣を構えることなく、その場に置いている。二人は私の存在に気づいたようだ。というよりも、ここに私が来ることを予見いや期待していたかのような安堵の表情を浮かべる。

 魔王ゾルグといっても、勇者の転生組ゆえに、その立ち姿は人間にも似ている。人外というには難しいが、躯体が人間よりも大振り、オークほどあるように見える。性別はないと思うが、男性のようにも見える。
 バルスは美しい金髪を束ねた女性だ。兜は装備せず、鎧と小手、レガース、どちらかというと軽装に見える。剣は足もとに置いている。二人は私の名を呼んだ。

「やっと、来ましたか。オワツ」
 聞き覚えのある声だ。声質ではなく、トーン。バルスから発せられた私の名は、何度も聞いたことのある音域だった。重ねるように、
「お久しぶりですオワツ。私はゾルグ・リグレット。人間時代の名は、リヒト・スタインウェイ」

 状況が呑み込めない私と、後ろで息絶えたゴードとジャンヌ。あたり一帯は、魔物たちの骸が土くれのように転がり、鋼鉄の門が返り血を浴びきって滴っている。

「忘れたんですかぁ。リヒト、泣き虫リヒトです」
 思い出した、泣き虫リヒト。私が拾った唯一の人間の弟子。短命種の人間は別れが辛い、それを思い知らせてくれたリヒト。泣いたのは私の方だ。
「リヒト、魔王になっていたってこと?」
「はい、勇者から魔王転生しました」
 清々しい魔王というのは、長く生きてきて初めて見た。かつての弟子か。

 金髪をなびかせ、バルスが割って入る。
「オワツ、私を覚えてませんか?」
 泣き虫リヒトが勇者になっていたとは、と言う驚きで、脳内言語野が起動停止しているのにそこにこのバルスがかき乱す。
 なんとなく知っている、いや、とてもよく知っている。だとすると? そんなはずはない。そんなはずは。その名を口に出して、違ったときを想像すると辛い。

「セイレンです」
 バルスはそう言った。セイレンの転生が勇者バルス、リヒトの転生が魔王ゾルグとは。セイレンはエルフだったが、エルフが転生するとしてもエルフにしかなれないはず。エルフから勇者が産まれるというのは聞いたことがない。
 「エルフが勇者だって?」
 私の問いに、バルスは
「女神ですよ、私、あれから何度もエルフに転生したんです。ちょうど、オワツは私の言いつけ通り、女神の元へ行ったでしょ。それが気分よかったみたいで」
 私が女神に祝福を賜ったこと、それは女神に下るということを意味していた。
「それが狙いだった?」
「もしかしたら、オワツを女神の元に行かせたことが評価されれば、いつかエルフから勇者へのルートができるかもと思ってはいました」
 セイレンはじっと私を見つめながら言った。碧い瞳はその中に私をいつも閉じ込めて、溺れさせる。師弟愛、たしかに、いや私はセイレンを愛していたのだと思う。さて、どうしたものか。

「ややこしいから、バルスはセイレンと、魔王ゾルグはリヒトと呼ばせてもらうよ」
 セイレンとリヒトは静かに頷いた。

「この状況は?」
 私はどちらともなく二人に問うた。
「この忌々しき転生を閉じるための策略です」
 忌々しき転生、そう言われるだけでわかる。女神が作った勇者から魔王、魔王から勇者への転生システム。善と悪を程よく配置する世界が手に入れられるのは、神への祝祭。捧げるもの、供犠、つまりあれだ、生贄か。

「すべての元凶ね」
 二人は頭がいい。たとえエルフであっても、生は有限だ。その限りある生を弄ぶ女神を敵とみなしたのだ、いや元凶か。私と違う。私は死への恐れがない、死なないからだ。だから、弄ばれる生という憤りを感じられなかったのだ。二人との違い、私は人に非ずなのだ。
 声を上げたのはセイレンだった。
「さぁ、はじめましょ。女神殺しを」
 出城の鋼鉄の門がギギと音を立てる。地の底に響くような尖った音だ。土くれとなった魔物たちと一緒に伏せる、ゴードとジャンヌ。
「ジャンヌだけ蘇生させましょう」
 そう言うと、セイレンは蘇生魔法を唱えた。エルフが確かに勇者となっていたのだ、私は歓喜の声をあげた。セイレンに私を人間にしてもらえる。そして私はやっと死ねるのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

転生者は冒険者となって教会と国に復讐する!

克全
ファンタジー
東洋医学従事者でアマチュア作家でもあった男が異世界に転生した。リアムと名付けられた赤子は、生まれて直ぐに極貧の両親に捨てられてしまう。捨てられたのはメタトロン教の孤児院だったが、この世界の教会孤児院は神官達が劣情のはけ口にしていた。神官達に襲われるのを嫌ったリアムは、3歳にして孤児院を脱走して大魔境に逃げ込んだ。前世の知識と創造力を駆使したリアムは、スライムを従魔とした。スライムを知識と創造力、魔力を総動員して最強魔獣に育てたリアムは、前世での唯一の後悔、子供を作ろうと10歳にして魔境を出て冒険者ギルドを訪ねた。 アルファポリスオンリー

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

スキル買います

モモん
ファンタジー
「お前との婚約を破棄する!」 ローズ聖国の国立学園第139期卒業記念パーティーの日、第3王子シュナル=ローズレアは婚約者であるレイミ・ベルナール子爵家息女に宣言した。 見習い聖女であるレイミは、実は対価と引き換えにスキルを買い取ることのできる特殊な能力を有していた。 婚約破棄を受け入れる事を対価に、王子と聖女から特殊なスキルを受け取ったレイミは、そのまま姿を消した。 レイミと王妃の一族には、数年前から続く確執があり、いずれ王子と聖女のスキル消失が判明すれば、原因がレイミとの婚約破棄にあると疑われるのは明白だ。 そして、レイミを鑑定すれば消えたスキルをレイミがもっている事は明確になってしまうからだ。 かくして、子爵令嬢の逃走劇が幕を開ける。

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

東京ダンジョン物語

さきがけ
ファンタジー
10年前、世界中に突如として出現したダンジョン。 大学3年生の平山悠真は、幼馴染の綾瀬美琴と共に、新宿中央公園ダンジョンで探索者として活動していた。 ある日、ダンジョン10階層の隠し部屋で発見した七色に輝く特殊なスキルストーン。 絶体絶命の危機の中で発動したそれは、前代未聞のスキル『無限複製』だった。 あらゆる物を完全に複製できるこの力は、悠真たちの運命を大きく変えていく。 やがて妹の病を治すために孤独な戦いを続ける剣士・朝霧紗夜が仲間に加わり、3人は『無限複製』の真の可能性に気づき始める。 スキルを駆使して想像を超える強化を実現した彼らは、誰も到達できなかった未踏の階層へと挑んでいく。 無限の可能性を秘めた最強スキルを手に、若き探索者たちが紡ぐ現代ダンジョンファンタジー、ここに開幕!

社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命

遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。

処理中です...