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悪魔的チャーハンを
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さっきの家は、あまり目ぼしいものはなかったな。大戸雄三は周囲を気にしながらも、堂々と歩いている。
刑務所から出てきて二週間目、あっせんしてもらった料理店には馴染めなかった。俺よりも一回り以上年下の二十幾つの小僧店長が料理のこと分かった顔して、講釈たれてくるのがむかっ腹が立つ。
いいんだ、命令なんてのは。理不尽でも。おれが若い頃は返事しただけで、殴られたもんだ。だがな、俺が言いたいのは食べ物を粗末にするようなヤツに偉そうに命令されるのはムカつくってことだ。なんでもデカ盛にすりゃぁいいってもんじゃねぇ。そんなメニューとっととやめりゃぁいいんだ。客はみんな喰いきれずに残してやがる。
大戸には窃盗の前科があった。そしていまさっきも、六年ぶりに窃盗をしたばかりだった。大戸はいきあたりばったり、計画性のない男だったが料理の腕は一流。市街に店を出し、遠くからも客が来るほどの人気店になっていた。だがある日食中毒を出してしまった。近くに住むライバル店の店長の仕業だった。大戸の店の潔白は証明されたものの、小さな街では話に尾ひれがつき、評判は悪くなるばかりだった。その後は店を潰し、借金を背負い、離婚し、それから犯罪に身を染めるような生き方だった。
前から警察官が歩いてくる。何もしてなくても緊張するもんだが、さっきちょいと窃盗しちまったからには、ドッキドキだ。同じ手と足が出て歩いちまう。
「すみません」
警察官が声をかけてきた。
「あ、ハイ」
「タバコ落としましたよ」
「あ、俺のじゃないです。俺タバコ吸わないんで」
「そうですか、失礼しました」
警察官はタバコを拾いながら大戸に聞いた。
「あのー、あなたは、神を信じますか?」
「は?なんですか。おまわりさん」
「だから、神を信じるのかって聞いてるんだよ。大戸」
「えぇ、え、なんで俺の名前」
警察官は大戸に銃口を向けた。安全装置は外れていた。
「し、信じませんよ。そんなの」
「なぜ?」
「信じてたら、出所してから女房も娘もどうして迎えに来てくれないんだ」
警察官は拾ったタバコに火をつけた。
「まぁ、いいだろう。神を信じないんだから。あのなぁ、俺は、悪魔だ。だが、いたずらに悪いことはしない。悪魔ってのは、悪い奴らを喰うのが仕事だ」
「喰う?」
「そうだ、それでだ。お前を喰おうと思ってな」
「な、なにを」
大戸が後ろずさりしたその瞬間、警察官は黒い影に姿を変え、大戸の後ろ側に回り込んでいた。
「俺は、悪いことなんてしちゃいねぇ」
「さっき、空き巣したじゃないか」
「どうしてそれを」
「何でも、見えてるんだよ。情報化社会は人間だけのモンじゃないからな」
悪魔は大戸を喰らおうとしたが、大戸の中にある何か鈍く光るものを感じていた。
(チッ、あれは良心の欠片じゃないか。あれがあると、マジでマズい。苦みがハンパないからな)
悪魔は大戸の顔に近づき言った。
「いいか、今からお前は俺のことを忘れる。そして、お前をおいしく下ごしらえしてやろう。あの家に行け、あの斜め向かいの家に入って空き巣をしろ。場合によっては、住人を始末してもいいぞ。クククッ」
悪魔は大戸の中にある良心の欠片を消し去るために、さらなる悪事を働かせようとした。悪魔流に言うと、下ごしらえ、臭み取りのようなものだろう。
大戸の視界から悪魔が消えたと思った瞬間、悪魔のことが頭の中から消しゴムをかけたように消えていた。ただ、なんとなく斜め向かいの家に入って空き巣をしようという強い決心みたいなものが、心を支配していた。
「おねぇちゃん、お腹へったぁ」
「ゆみこ、これおせんべい。あげるね」
「いやだぁ、これ石みたいでおいしくない」
大戸が侵入した家には二人の子どもがいた。、姉の智子は小学三年生、妹の由美子は小学一年生だった。二日前から水とせんべいだけでこの連休の飢えをしのいでいた。
大戸が空き巣に入ろうとしていた家はまさにここだった。
「ごめんください」
大戸は玄関でチャイムを鳴らす。こっそり侵入するのではなく、在宅かどうかを確認する。住人が出てくれば、ガスの点検と言い家の外にある給湯器を確認するふりをして、立ち去る。不在なら玄関のカギをこじ開けて、侵入する。
二分待ってみたが返事はない。ドアに手をかけると、カギがかかっていなかった。最近の空き巣はピッキングなんかしない。鍵のかけ忘れの家に侵入して、十分程度でサッと仕事をする。ここもカギのかけ忘れか、と思い家へと侵入する。
広い家だ。でも変だ、なんだか散らかりすぎている。ゴミ屋敷ほどでもないが、片付いていない。ここから金目の物を探すのは手間だ。そう思いながら、廊下の奥、リビングのドアを開く。
「うぁあああ」
大戸は思わず声を出した。小さな子ども、女の子二人が倒れている。娘の年に近い二人だ。三歳の頃に離れて、もう六年も会ってない。大戸はゆっくりと子どもたちの側に近づいた。
「パ、パ。ゆみこ、おなかすい……た」
「おじさん、誰ですか。パパのお友達?」
智子が大戸をじっと見ながら、でも由美子をさすりながら聞いてきた。
「あ、あ、そうだよ。おじさんはパパのお友達だよ。パパはどこかな?」
「わかんない。新しいパパのことはわかんないもの。ママと一緒に出て行ったと思う」
大戸は事情を飲み込んだ。おそらくシングルマザーってやつが、子どもを置いて新しい彼氏と出かけたんだなと。
「で、ゆみこ、ちゃんはお腹減ってるんだね」
「そう、ゆみこ、おなか、へってる。おねぇちゃんも」
智子は大声で泣き始めた。いままで我慢していた緊張の糸が切れたのだろう。つられて由美子も泣いた。
子どもが留守番、いやほったらかしにされてるところに、空き巣だなんて。俺もヤキが回ったな。大戸は、泣く子どもたちを後ろ目に見ながら、キッチンに立っていた。
シンクは油で汚れっ放し、生ごみもそのままにしていて不潔だ。食器はケチャップのあとがついて、固まっている。何日も洗っていないようだった。冷蔵庫の中は、マヨネーズとケチャップ、ソースといった調味料しかなかった。奥にビールが数本冷やされていた。
大戸は、キッチンを掃除し始めた。シンクが汚い、床も汚れてる、冷蔵庫は手あかまみれ、コンロは油でギトギトだった。大戸は料理人の修業時代を思い出した。閉店後、三十分程度で掃除を終わらせないと、終電を逃してしまう。掃除は段取りが肝心だ。
てきぱきとキッチンを片づけていく大戸に、智子は
「おじさん、なにしてるの?」
と泣きながら聞いた。
「いまから、うまいもん喰わせてやるよ。お嬢ちゃんたち、好き嫌いあるか?」
「わたしたち、何でも食べます」
智子は由美子をなだめながら返事した。
大戸はシンクを掃除し終えると、近くのスーパーまでひとっ走り、さっきの空き巣で盗んだ二万円を使って食材をたんまりと買った。ひき肉を中心に作り置きしてタッパにいれて冷凍しておく。それなら、あのお姉ちゃんがチンすれば食べられるだろう。
大戸は再び智子たちの家に戻り、料理を始めた。包丁はサビてたので、まな板と一緒に買ってきた。トントンとリズミカルな音がする。玉ねぎを刻み、ベーコンを小さくカットする。さっきピカピカに磨いたフライパンを熱する。玉ねぎ、ベーコンを炒め、少し火が通ったら、溶いた玉子三個分を流し込んだ。
レンジでチンするだけのごはんを二パックをフライパンに投入する。木べらでザクザクといためながら、フライパンをリズミカルに返す。塩・胡椒でシンプルに味付けし、隠し味にすり下ろした何かを加える。そのあと、鍋肌に醤油をまわしかけた。多すぎると焦げて味が鈍る。家じゅうがいいニオイで満たされる。
手際よくフライパンから皿にチャーハンを盛る。
「あぁあああ、おいしそぉおお」 さっきまでぐったりしていた由美子が立ち上がった。智子と一緒にいつもの指定席だろうかテレビの前の小さなリビングテーブルの前で座って待っている。
「ほら、熱いうちに喰え。おじちゃんの得意料理だ」
由美子と智子は、行儀よくいただきますと言い無心でチャーハンを食べた。
「おいしい、おいしいです」
智子は泣きながらチャーハンを食べた。二人とも一粒も残さず食べきった。皿がピカピカになるほどだった。
大戸は二人が食べている間に、ハンバーグ、肉団子の生姜焼き風、たまねぎたっぷりミートソース、肉団子とパプリカの中華風甘酢、餃子を作り、冷まし、タッパに入れ、冷凍庫に入れておいた。炊飯器で米を五合炊き、それを二回繰り返し、小分けにしてラップし、冷凍庫にいれておいた。
空き巣に入ってから五時間以上経っていた。
由美子はお腹がいっぱいになって、居眠りしていた。智子は、学校の宿題を始めていた。
「なぁ、お嬢ちゃん」
「智子です」
「おっと、ごめんよ。智子ちゃん、ママはいつもこんな感じなのかい?」
「うん、最近、彼氏ができたみたいで。夜もなかなか帰ってこないし、朝学校に行くときもまだ帰ってこないこともあるの」
「それで、智子ちゃんと由美子ちゃんは何食べてるの?」
「私たちは学校のパンを余ったらもらったり、余りそうにない時は、少し残しておいて、それを夜とか朝に」
大戸は涙が止まらなかった。こんなことがあるのか。ほんとうに、こんなことがあっていいのか?悔しさがとまらなかった。
「いいかい、智子ちゃん」
「うん」
「お腹が減ったら、この近くのコンビニの隣にあるラーメン屋さんがあるだろ。あそこにおいで。おじちゃんそこで働くから。でな、もしおじちゃんがいなくても大戸のおじちゃんの子どもですって言ったら、腹いっぱい食べられるようにしておくからな」
「そんな、いいの?」
「あぁ、お金の心配はすんな」
「ありがとう。おじちゃん」
大戸は由美子の寝顔を確認して、智子に作り置きのご飯のことを説明した。その足でコンビニ隣のラーメン屋に働かせて欲しいと直談判した。店主のオヤジさんは、次の後継者を探していたこともあり、大戸を優しく迎え入れてくれた。
大戸は住み込みで、寝る間も惜しんで働き、その間にたまに智子と由美子がご飯を食べに来てくれた。帰りがけには、次の日の朝ごはんにとパンやおにぎりを持たせて帰らせた。
大戸が出前でいない時に智子たちが来たことがあった。店主は大戸の娘ではないことをわかっていたが、大戸の娘のように、自分の孫のように腹いっぱいご飯を食べさせた。
それから半年経った、ある夜。大戸の枕元にあの影が立っていた。
「おい、大戸。起きろ。俺だ」
「あ、あぁ。あんたか」
大戸はメガネをかけて、起き上がった。同時に悪魔の腹がグォオォと鳴った。
「俺を喰らいに来たのか?」
「いや、お前のその中で光ってた欠片、くぅ~。すっかり大きくなってやがるんだ」
「どういうことだ?」
「お前の中にあった良心の欠片が、あの子どもたちのおかげで大きくなって、お前そのものになってしまったのだよ」
悪魔は残念そうに言った。
「よくわからんが、俺はアンタに喰われずに済むってことか?」
「まぁ、そうだな。こんなに光り輝いてるやつは喰えん」
大戸は着替えながら、悪魔をつれて一階の店に下りて行った。
「なぁ、アンタ、腹へってねぇか?」
「お前を喰いそこなったから、ハラペコだ」
大戸は店の電気をつけた。手際よく、玉ねぎを刻み、ベーコンを小さくカットし、熱したフライパンに入れる。溶き玉子を流し込み、ご飯を加える。リズミカルにフライパンを返す。火力がプロ仕様だと、火の通りが速い。塩、胡椒と醤油にいつもの隠し味も加えて、あっという間にチャーハンができた。
「さぁ、喰えよ。熱いうちに」
「こ、これが、チャーハンってやつか」
「喰ったことないのか?」
「あぁ、俺たちは悪い人間しか喰わないからな」
悪魔はアツアツのチャーハンをレンゲで崩して、口のなかに放り込んだ。
「う、うまい!これは、うまいってもんじゃない」
「そうか、悪魔に褒められとあっちゃぁ光栄だ」
悪魔は無心で、チャーハンを口にかきこんだ。あっという間に一粒残さずに、食べきった。
「そうだ、大戸、お前の願いを一つだけ俺のできる範囲で叶えてやるよ。礼をしたい。チャーハンの」
大戸は皿を洗いながら、悪魔の突然の申し出に戸惑った。だが即答だった。
「あの智子と由美子って子どもたち、これから将来メシに困らないようにしてやって欲しいんだ」
「なるほど、それ叶えてやるよ」
悪魔はそう言い残すと消えていった。
翌日、智子と由美子の母親と彼氏は骨ひとつ残らず、この世から消え去っていた。子どもたちはいつまでたっても家に帰ってこない母親を心配し、大戸に相談した。智子と由美子を連れて、大戸は近くの警察署に行き、母親と彼氏が行方不明であることを説明した。
「それねぇ、もう帰ってこないから、アンタこの子たちを育ててやりなさい」
窓口で対応した警察官は言った。
「え?どういうことですか。私は彼女たちの身内じゃ、ありませんし」
警察官の手が黒い影に変わった。
「大戸、お前の願い叶えたぞ。お前がこの子どもたちのメシ、世話してやるんだ」
「アンタは、悪魔!」
悪魔は警察官の姿のままで、智子と由美子に問いかけた。
「君たちは、今日からこの大戸のおじちゃんと一緒に暮らすんだ。ママは残念だけどもおう帰ってこない。いいかい」
智子と由美子は互いの手を握り、
「うん」
と答えた。
「それにしても、大戸のチャーハンはうまかったな。また喰わせてくれよ」
大戸は戸惑いながらも
「あぁ、いつでも来いよ」
と返事した。
「そういえば、あのチャーハンの名前ってなんだっけ」
悪魔が大戸に尋ねた。
「あれか?あれは、悪魔的チャーハンだ。隠し味にニンニクをたっぷりいれてるからな」
「そりゃぁ、悪魔的だ。悪魔が言うんだから間違いない」 大戸は右に智子、左に由美子と手を握って、警察署を出て行った。
「腹へったか」
「うん」
智子と由美子はいつにも増して元気な声で大戸に返事した。
大戸は二人の手を少し強く、ぎゅっと握り返した。
(おわり)
刑務所から出てきて二週間目、あっせんしてもらった料理店には馴染めなかった。俺よりも一回り以上年下の二十幾つの小僧店長が料理のこと分かった顔して、講釈たれてくるのがむかっ腹が立つ。
いいんだ、命令なんてのは。理不尽でも。おれが若い頃は返事しただけで、殴られたもんだ。だがな、俺が言いたいのは食べ物を粗末にするようなヤツに偉そうに命令されるのはムカつくってことだ。なんでもデカ盛にすりゃぁいいってもんじゃねぇ。そんなメニューとっととやめりゃぁいいんだ。客はみんな喰いきれずに残してやがる。
大戸には窃盗の前科があった。そしていまさっきも、六年ぶりに窃盗をしたばかりだった。大戸はいきあたりばったり、計画性のない男だったが料理の腕は一流。市街に店を出し、遠くからも客が来るほどの人気店になっていた。だがある日食中毒を出してしまった。近くに住むライバル店の店長の仕業だった。大戸の店の潔白は証明されたものの、小さな街では話に尾ひれがつき、評判は悪くなるばかりだった。その後は店を潰し、借金を背負い、離婚し、それから犯罪に身を染めるような生き方だった。
前から警察官が歩いてくる。何もしてなくても緊張するもんだが、さっきちょいと窃盗しちまったからには、ドッキドキだ。同じ手と足が出て歩いちまう。
「すみません」
警察官が声をかけてきた。
「あ、ハイ」
「タバコ落としましたよ」
「あ、俺のじゃないです。俺タバコ吸わないんで」
「そうですか、失礼しました」
警察官はタバコを拾いながら大戸に聞いた。
「あのー、あなたは、神を信じますか?」
「は?なんですか。おまわりさん」
「だから、神を信じるのかって聞いてるんだよ。大戸」
「えぇ、え、なんで俺の名前」
警察官は大戸に銃口を向けた。安全装置は外れていた。
「し、信じませんよ。そんなの」
「なぜ?」
「信じてたら、出所してから女房も娘もどうして迎えに来てくれないんだ」
警察官は拾ったタバコに火をつけた。
「まぁ、いいだろう。神を信じないんだから。あのなぁ、俺は、悪魔だ。だが、いたずらに悪いことはしない。悪魔ってのは、悪い奴らを喰うのが仕事だ」
「喰う?」
「そうだ、それでだ。お前を喰おうと思ってな」
「な、なにを」
大戸が後ろずさりしたその瞬間、警察官は黒い影に姿を変え、大戸の後ろ側に回り込んでいた。
「俺は、悪いことなんてしちゃいねぇ」
「さっき、空き巣したじゃないか」
「どうしてそれを」
「何でも、見えてるんだよ。情報化社会は人間だけのモンじゃないからな」
悪魔は大戸を喰らおうとしたが、大戸の中にある何か鈍く光るものを感じていた。
(チッ、あれは良心の欠片じゃないか。あれがあると、マジでマズい。苦みがハンパないからな)
悪魔は大戸の顔に近づき言った。
「いいか、今からお前は俺のことを忘れる。そして、お前をおいしく下ごしらえしてやろう。あの家に行け、あの斜め向かいの家に入って空き巣をしろ。場合によっては、住人を始末してもいいぞ。クククッ」
悪魔は大戸の中にある良心の欠片を消し去るために、さらなる悪事を働かせようとした。悪魔流に言うと、下ごしらえ、臭み取りのようなものだろう。
大戸の視界から悪魔が消えたと思った瞬間、悪魔のことが頭の中から消しゴムをかけたように消えていた。ただ、なんとなく斜め向かいの家に入って空き巣をしようという強い決心みたいなものが、心を支配していた。
「おねぇちゃん、お腹へったぁ」
「ゆみこ、これおせんべい。あげるね」
「いやだぁ、これ石みたいでおいしくない」
大戸が侵入した家には二人の子どもがいた。、姉の智子は小学三年生、妹の由美子は小学一年生だった。二日前から水とせんべいだけでこの連休の飢えをしのいでいた。
大戸が空き巣に入ろうとしていた家はまさにここだった。
「ごめんください」
大戸は玄関でチャイムを鳴らす。こっそり侵入するのではなく、在宅かどうかを確認する。住人が出てくれば、ガスの点検と言い家の外にある給湯器を確認するふりをして、立ち去る。不在なら玄関のカギをこじ開けて、侵入する。
二分待ってみたが返事はない。ドアに手をかけると、カギがかかっていなかった。最近の空き巣はピッキングなんかしない。鍵のかけ忘れの家に侵入して、十分程度でサッと仕事をする。ここもカギのかけ忘れか、と思い家へと侵入する。
広い家だ。でも変だ、なんだか散らかりすぎている。ゴミ屋敷ほどでもないが、片付いていない。ここから金目の物を探すのは手間だ。そう思いながら、廊下の奥、リビングのドアを開く。
「うぁあああ」
大戸は思わず声を出した。小さな子ども、女の子二人が倒れている。娘の年に近い二人だ。三歳の頃に離れて、もう六年も会ってない。大戸はゆっくりと子どもたちの側に近づいた。
「パ、パ。ゆみこ、おなかすい……た」
「おじさん、誰ですか。パパのお友達?」
智子が大戸をじっと見ながら、でも由美子をさすりながら聞いてきた。
「あ、あ、そうだよ。おじさんはパパのお友達だよ。パパはどこかな?」
「わかんない。新しいパパのことはわかんないもの。ママと一緒に出て行ったと思う」
大戸は事情を飲み込んだ。おそらくシングルマザーってやつが、子どもを置いて新しい彼氏と出かけたんだなと。
「で、ゆみこ、ちゃんはお腹減ってるんだね」
「そう、ゆみこ、おなか、へってる。おねぇちゃんも」
智子は大声で泣き始めた。いままで我慢していた緊張の糸が切れたのだろう。つられて由美子も泣いた。
子どもが留守番、いやほったらかしにされてるところに、空き巣だなんて。俺もヤキが回ったな。大戸は、泣く子どもたちを後ろ目に見ながら、キッチンに立っていた。
シンクは油で汚れっ放し、生ごみもそのままにしていて不潔だ。食器はケチャップのあとがついて、固まっている。何日も洗っていないようだった。冷蔵庫の中は、マヨネーズとケチャップ、ソースといった調味料しかなかった。奥にビールが数本冷やされていた。
大戸は、キッチンを掃除し始めた。シンクが汚い、床も汚れてる、冷蔵庫は手あかまみれ、コンロは油でギトギトだった。大戸は料理人の修業時代を思い出した。閉店後、三十分程度で掃除を終わらせないと、終電を逃してしまう。掃除は段取りが肝心だ。
てきぱきとキッチンを片づけていく大戸に、智子は
「おじさん、なにしてるの?」
と泣きながら聞いた。
「いまから、うまいもん喰わせてやるよ。お嬢ちゃんたち、好き嫌いあるか?」
「わたしたち、何でも食べます」
智子は由美子をなだめながら返事した。
大戸はシンクを掃除し終えると、近くのスーパーまでひとっ走り、さっきの空き巣で盗んだ二万円を使って食材をたんまりと買った。ひき肉を中心に作り置きしてタッパにいれて冷凍しておく。それなら、あのお姉ちゃんがチンすれば食べられるだろう。
大戸は再び智子たちの家に戻り、料理を始めた。包丁はサビてたので、まな板と一緒に買ってきた。トントンとリズミカルな音がする。玉ねぎを刻み、ベーコンを小さくカットする。さっきピカピカに磨いたフライパンを熱する。玉ねぎ、ベーコンを炒め、少し火が通ったら、溶いた玉子三個分を流し込んだ。
レンジでチンするだけのごはんを二パックをフライパンに投入する。木べらでザクザクといためながら、フライパンをリズミカルに返す。塩・胡椒でシンプルに味付けし、隠し味にすり下ろした何かを加える。そのあと、鍋肌に醤油をまわしかけた。多すぎると焦げて味が鈍る。家じゅうがいいニオイで満たされる。
手際よくフライパンから皿にチャーハンを盛る。
「あぁあああ、おいしそぉおお」 さっきまでぐったりしていた由美子が立ち上がった。智子と一緒にいつもの指定席だろうかテレビの前の小さなリビングテーブルの前で座って待っている。
「ほら、熱いうちに喰え。おじちゃんの得意料理だ」
由美子と智子は、行儀よくいただきますと言い無心でチャーハンを食べた。
「おいしい、おいしいです」
智子は泣きながらチャーハンを食べた。二人とも一粒も残さず食べきった。皿がピカピカになるほどだった。
大戸は二人が食べている間に、ハンバーグ、肉団子の生姜焼き風、たまねぎたっぷりミートソース、肉団子とパプリカの中華風甘酢、餃子を作り、冷まし、タッパに入れ、冷凍庫に入れておいた。炊飯器で米を五合炊き、それを二回繰り返し、小分けにしてラップし、冷凍庫にいれておいた。
空き巣に入ってから五時間以上経っていた。
由美子はお腹がいっぱいになって、居眠りしていた。智子は、学校の宿題を始めていた。
「なぁ、お嬢ちゃん」
「智子です」
「おっと、ごめんよ。智子ちゃん、ママはいつもこんな感じなのかい?」
「うん、最近、彼氏ができたみたいで。夜もなかなか帰ってこないし、朝学校に行くときもまだ帰ってこないこともあるの」
「それで、智子ちゃんと由美子ちゃんは何食べてるの?」
「私たちは学校のパンを余ったらもらったり、余りそうにない時は、少し残しておいて、それを夜とか朝に」
大戸は涙が止まらなかった。こんなことがあるのか。ほんとうに、こんなことがあっていいのか?悔しさがとまらなかった。
「いいかい、智子ちゃん」
「うん」
「お腹が減ったら、この近くのコンビニの隣にあるラーメン屋さんがあるだろ。あそこにおいで。おじちゃんそこで働くから。でな、もしおじちゃんがいなくても大戸のおじちゃんの子どもですって言ったら、腹いっぱい食べられるようにしておくからな」
「そんな、いいの?」
「あぁ、お金の心配はすんな」
「ありがとう。おじちゃん」
大戸は由美子の寝顔を確認して、智子に作り置きのご飯のことを説明した。その足でコンビニ隣のラーメン屋に働かせて欲しいと直談判した。店主のオヤジさんは、次の後継者を探していたこともあり、大戸を優しく迎え入れてくれた。
大戸は住み込みで、寝る間も惜しんで働き、その間にたまに智子と由美子がご飯を食べに来てくれた。帰りがけには、次の日の朝ごはんにとパンやおにぎりを持たせて帰らせた。
大戸が出前でいない時に智子たちが来たことがあった。店主は大戸の娘ではないことをわかっていたが、大戸の娘のように、自分の孫のように腹いっぱいご飯を食べさせた。
それから半年経った、ある夜。大戸の枕元にあの影が立っていた。
「おい、大戸。起きろ。俺だ」
「あ、あぁ。あんたか」
大戸はメガネをかけて、起き上がった。同時に悪魔の腹がグォオォと鳴った。
「俺を喰らいに来たのか?」
「いや、お前のその中で光ってた欠片、くぅ~。すっかり大きくなってやがるんだ」
「どういうことだ?」
「お前の中にあった良心の欠片が、あの子どもたちのおかげで大きくなって、お前そのものになってしまったのだよ」
悪魔は残念そうに言った。
「よくわからんが、俺はアンタに喰われずに済むってことか?」
「まぁ、そうだな。こんなに光り輝いてるやつは喰えん」
大戸は着替えながら、悪魔をつれて一階の店に下りて行った。
「なぁ、アンタ、腹へってねぇか?」
「お前を喰いそこなったから、ハラペコだ」
大戸は店の電気をつけた。手際よく、玉ねぎを刻み、ベーコンを小さくカットし、熱したフライパンに入れる。溶き玉子を流し込み、ご飯を加える。リズミカルにフライパンを返す。火力がプロ仕様だと、火の通りが速い。塩、胡椒と醤油にいつもの隠し味も加えて、あっという間にチャーハンができた。
「さぁ、喰えよ。熱いうちに」
「こ、これが、チャーハンってやつか」
「喰ったことないのか?」
「あぁ、俺たちは悪い人間しか喰わないからな」
悪魔はアツアツのチャーハンをレンゲで崩して、口のなかに放り込んだ。
「う、うまい!これは、うまいってもんじゃない」
「そうか、悪魔に褒められとあっちゃぁ光栄だ」
悪魔は無心で、チャーハンを口にかきこんだ。あっという間に一粒残さずに、食べきった。
「そうだ、大戸、お前の願いを一つだけ俺のできる範囲で叶えてやるよ。礼をしたい。チャーハンの」
大戸は皿を洗いながら、悪魔の突然の申し出に戸惑った。だが即答だった。
「あの智子と由美子って子どもたち、これから将来メシに困らないようにしてやって欲しいんだ」
「なるほど、それ叶えてやるよ」
悪魔はそう言い残すと消えていった。
翌日、智子と由美子の母親と彼氏は骨ひとつ残らず、この世から消え去っていた。子どもたちはいつまでたっても家に帰ってこない母親を心配し、大戸に相談した。智子と由美子を連れて、大戸は近くの警察署に行き、母親と彼氏が行方不明であることを説明した。
「それねぇ、もう帰ってこないから、アンタこの子たちを育ててやりなさい」
窓口で対応した警察官は言った。
「え?どういうことですか。私は彼女たちの身内じゃ、ありませんし」
警察官の手が黒い影に変わった。
「大戸、お前の願い叶えたぞ。お前がこの子どもたちのメシ、世話してやるんだ」
「アンタは、悪魔!」
悪魔は警察官の姿のままで、智子と由美子に問いかけた。
「君たちは、今日からこの大戸のおじちゃんと一緒に暮らすんだ。ママは残念だけどもおう帰ってこない。いいかい」
智子と由美子は互いの手を握り、
「うん」
と答えた。
「それにしても、大戸のチャーハンはうまかったな。また喰わせてくれよ」
大戸は戸惑いながらも
「あぁ、いつでも来いよ」
と返事した。
「そういえば、あのチャーハンの名前ってなんだっけ」
悪魔が大戸に尋ねた。
「あれか?あれは、悪魔的チャーハンだ。隠し味にニンニクをたっぷりいれてるからな」
「そりゃぁ、悪魔的だ。悪魔が言うんだから間違いない」 大戸は右に智子、左に由美子と手を握って、警察署を出て行った。
「腹へったか」
「うん」
智子と由美子はいつにも増して元気な声で大戸に返事した。
大戸は二人の手を少し強く、ぎゅっと握り返した。
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王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
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