放課後、屋上に呼ばれる。

ろどは楓に

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第一話 放課後、屋上に呼ばれる。

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 今日も、俺の高校生活は平和だった。だったとは、言ってもまだ六時限後の休憩時間。スマホのタイマーを、授業が始まる三十秒前くらいにはなるように設定した。
 俺は、机上の教科書やノートを枕に俯せる。仮眠の時間だ。クラスメイトの雑話など意に介さない。
 七時限目は、忘れ物と居眠りに厳しい、物理担当の山田なのだ。さっさと眠らなければ……。

「……影山くん、ちょっと」

 周囲の雑話とは区別的な声が、俺の目を覚まさせた。
 影山くん、呼ばれてるぞ。まぁ、俺だけども……。

「影山くんっ!」

 威力の付いた声に、俺はびくっと起き上がった。そこには、少し茶髪でゆるふわショートのクラスメイトの女子……はて、誰だったか?

「今日、放課後、空いてる?」
「放課後か……。ごめん、予定ある」
「なっ、何よ?」
「家に帰る」

 俺の返答に、彼女は唖然とした。

「暇ってことでしょっ!」

 怒られた。嘘は吐いていないのに……。

「じゃ、じゃあ! 放課後、屋上に来て。絶対だから」

 そう言い残して、彼女は席へ戻っていく。ふと、スマホの画面を覗いた。タイマーは残り一分程度だ。
 俺は大きなあくびの後、「面倒くさいなぁ」と独り言ちる。教科書を独学で読み進めていると、いつの間にか授業は終わり、HRも同様だった。

 よし、帰るぞ。というのが、普段通り。約束は必ず守る……出来るだけ守ろうとする格好いい男は、屋上に向かうのだ。
 屋上までの階段を上っている途中、「約束はしていないのでは?」という考えが脳裏に浮かんだが、彼女が来るまでの十五分間、いささか小便を我慢しながら待っていた。

「ごめんなさい! 待たせましたっ!」

  息を荒くした彼女。第一声は、申し訳なさからか、敬語だった。

「別にいい……訳ではないけど、掃除当番だったんでしょ?」
「え? あっ、うん。そうだよ」

 膝に手を付いた状態から、彼女は顔を上げて答えた。こんなに疲労するほど走って来たのなら、文句を垂らすこともない。

「で? 要件は?」
「え、えぇっとぉ……。ま、まずは、話でもしようよ! そ、そうだっ! 自己紹介!」
「俺の名前は、影山|薄(はく)。また明日」
「ちょっと待って!」

 彼女は、俺の手を両手で握って止めようとする。冗談のつもりだったが、彼女は本気だ。純真な奴だと見受けられる。……それとも馬鹿か?

「名前なんて知ってるよっ! っていうか、私が自己紹介してないんだけどっ!」
「オオバ カナコさん、だよね。よろしく」
「誰っ!? 西野楓だよ! クラスメイトの名前も覚えてないの!?」

 俺の発言の一つ一つにツッコミを入れてくる。何か、いじり甲斐のある奴だ。時間もないし、飽きたので帰るけども……。

「だから、何で帰ろうとするの!?」
「そういう雰囲気だったから」
「どこがっ!?」

 彼女は先ほどよりも激しく息切れを始めた。何故だろう?
 俺の感受性が低いだけで、屋上の空気は薄いのだろうか。でなければ、過換気症候群を発症したに違いない。

「分かったよ。本題に入ればいいんでしょ?」
「うん。出来れば、最初から」

 人生が退屈そう、と言われる俺も大して暇ではない。だから、早く帰りたい。
 彼女は、もじもじとした様子で、いきなり目を合わせなくなる。胸元で食指の先端を打ち合わせては、離すを繰り返し、一向に話が始まろうとしない。もう、帰っていいだろうか?
 彼女を避けて、屋上へのドアへと一歩踏み込んだ時……。

「……私の事、好き?」

 恥じらいながら、彼女は口を開いた。……は? 待て待て待て。どういう意図の質問だ?
 初対面の人に「音速越えて、空飛べますか?」なんて訊かないように、質問にはある程度の可能性を見込んでいることが多い。
 そんなきっかけが、あっただろうか? 心当たりがない。

「話くらいなら聞いてあげてもいいけど……」
「いや、ノーだから」
「へ?」

 頬を掻いたまま、きょとんととした顔。視野の外にあった解答だったのだろう。もしくは文脈から、俺の発言を理解出来なかったのかもしれない。俺は念を押すように、補足してもう一度言った。

「『私の事、好き?』の答えは、『ノー』だ。 ……もう、帰っていいか?」

 十数秒の沈黙が、その場を包む。彼女はぼんやりとした表情で、俺が首を傾げると、ようやく反応を示す。顔を両手で覆うが、隠し切れていない頬は、赤く染まっているのが見えた。

「……恥ずかしいぃ」

 ようやく気が付いたようだ。自分が見るに堪えない勘違い乙女、だということに……。

「お互い今日の事は忘れよう。俺も寝たら、忘れてるだろうし」

 今度こそ帰宅を目指した俺を、彼女は足止めしてきた。一体、何回目だろうか?

「……むかつく」
「は?」
「何か、腹立つの! あんたは悪くないかもしれないけど、私だけ恥ずかしい想いするのは、納得いかない」

 駄々をこねてくる彼女。本人もそれを自覚しているのが厄介……でもない。人の我儘の対処には、場馴れしていた過去がある。

「じゃあ、俺も恥ずかしい想い、すればいいのか?」
「……う、うん」

 大きく深呼吸。吐き出した息は、無意識にも溜息だった。

「我儘なところ、少し前の妹に似てて、かわいかった。……それじゃあ」

 持っていた学校の統制バッグを肩に掛けて、俺は屋上を後にした。クラスメイトの女子に、かわいい等というのは少し照れくさいが、容姿も良く、クラスでも人気のある彼女なら、きっと言われ慣れているだろう。

 俺は学校を出ると、バイトに直行することにした。否、バイトと言うのは、怪しいかもしれない。
 家に帰り、軽くシャワーを浴び、私服に着替えてから出発するのが慣行なのだが、今日に至っては時間がない。
 飲食店なので、においには注意したい所ではあるが、俺が店長なので、客以外から文句を言われることはないと思える。

「影山くんっ!」

 街中を歩いていると、後ろから声を掛けられた。誰なのか、は声で分かる。本当は逃走したいけれど、バイト(仮)前に汗をかく訳にもいかない。

「ねぇ! 呼んだんだから、止まってよ」
「街中で呼ばないでよ。月華(つきばな)さん」

 月華さんは、俺の所属している二年A組の学級委員長兼、うちの店のアルバイターだ。二度見してしまうほどの艶のある黒髪が特徴。女性にしては身長が高い。そして、俺は、親の経営している焼き鳥屋さんの(名義上は母親だが)二号店店長をしている。
 俺の高校は、アルバイトをするのに申請が必要なのだが、彼女に担任との会話を盗み聞きされ、「バイトするんだ。今度、行ってみていい?」「へえぇ! 君が店長なんだ!」「私もここで働く!」という、とんとん拍子で、週二日でバイトとして来ている。

 面接で不合格にするのは可能だったが、人手が足りない時期だっため、やむを得ず採用してしまった。仕事はそれなりに出来るし、月華さんの営業スマイルは、客にも人気があるため、助かってはいるけども……。

「隣、歩いていい?」
「駄目。……って、言っても歩くでしょ」
「へっへーん。段々と私を理解してきたね」
「ダンゴ虫の生態程度には……」
「私は、君がどれだけダンゴ虫に詳しいか知らないよっ!?」

 彼女は、愉快に笑声を上げる。俺は「あっはっは」と、わざとらしい作り笑いをした。
 ちなみに、俺はダンゴ虫とワラジ虫の違いすら知らない。



 時は十六時半。閉店までの三十分で準備を終えなくてはならない。

「二人っきりだね」

 エアコンの電源を入れながら、細々(ほそぼそ)しい声で月華さんは言った。顔も赤みを帯びさせているが、それらは偽物だ。そんな器用なことが出来ることぐらいなら知っている。

「前田さんに、来てもらおうかな?」

 俺はスマホをポケットから取り出す。

「ごめんなさい。君との時間を密かに楽しむよ」

 月華さんの発言は、どこまで冗談か分からない。もしかしたら、ほぼ全てかもしれない。

「そんなこと言って、ほんとはドキッとしたでしょ?」
「うん、もちろん。殺されるかと思って、恐怖を感じたよ」
「君の頭には、ピンクがないのかな!?」

 開店前だというのに、月華さんが居ると店内は騒がしい。関係を持つまでは、大人しい奴だと思っていたが、尋常じゃないお喋りだった。
 良い意味でも、悪い意味でも……。俺にとっては、九割が後者ではあるが……。

 準備完了は開店時間の三分前だった。店外には大行列とまではいかないが、人が並んでいる模様。
 時間ぴったりというのが、俺の拘泥であり、早めに入らせることはない。疲労と達成感と、間に合わせられた達成感から、近くの椅子にストンと座る。

「私のおかげで、ぎりぎり間に合ったね」
「うん。ありがとう」
「え? やけに素直じゃん」

 事実、営業時間外なのでボランティアのようなものだ。バイト代は十五分刻みで換算されるため、この前、その分を払おうとしたが、「君に早く会いたくて、来てるだけだから」と断られている状態。感謝は伝えないといけない。
 普段の俺は、素直でないことを示唆するような発言には鋭く指摘をしたいが、体力は残しておきたい。何せ、これから四時間の多忙なのだから。

 十七時に終了するテレビのニュース番組が、その気色を見せてきた頃合いで、俺は席を立つ。そして、深呼吸を一回。別に、緊張している訳でも、大声を出す訳でもない。
 テレビのアナウンサーが、締めの言葉を言い終わったのを合図に、和風なドアを滑らせた。

「へい、らっしゃいっ!」

 ……キャラに合ってないよと、リアルな助言をもらうことが、頻りにある。
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