アンチヒーロー・ディストラクション -成り代わりシリアルキラーは異世界でも愉しみたい-

ゆつみかける

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第3話 最高の夜

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 手を握っては開く。つま先を丸めては伸ばす。隅々まで自由に動かせることをしつこく確認しながら、なんとなく状況を理解する。あのトカゲ頭を見るからにきっとタイムスリップものじゃない、異世界ものなのは間違いないだろう。だけど転生して新たな人生を与えられたわけでもなく、誰かに必要とされて召喚されたわけでもない。この世界で生きていた赤の他人の身体を奪い取った。お約束ではないかもしれないが、俺にふさわしいと言えばふさわしい展開か。

「うっ……!」

 ガタッと、ひときわ大きく車体がはずみ両隣のやつと肩がぶつかる。いい加減にしてくれ、ダッシュボードのボブルヘッドにでもなった気分だ。行く道も来た道も暗闇。吊るされたランプと月明かりだけが頼り。囚人護送車のように淀んだ空気が漂う馬車のなか、濃い影でコントラストをつけられたイカついクズ共に囲まれ、少女たちのすすり泣く声を聞く。マジでクソみたいな夜だ。フラストレーションしか溜まらない。
 
「んん!んーー! んんん!」

「……?」

 目的地につくのはまだかと御者の背中を眺めていると、とつぜん女の一人が大きなうなり声をあげた。顔を向けると目を見開いて俺を見ている。さっきまでうるさくわめいていた女だ。薄暗いなかでもきらきらと輝く長いブロンドヘアに、紫水晶のような濃淡を閉じ込めた瞳。縛られたまま身をくねらせ、なにかを訴えようと必死に唇を動かしている。

「んんん! ん! んん!」

「なんだよ……?」

 なんでそんな目で俺を見るんだ。文句を言う相手なら他に五人もいるだろ。女の必死さと好奇心に負けてついつい手が伸びる。口と頬に食いこんだ、涎で湿った布をずらしてやる。

「ぷはっ……! お前! いまお前の運命が変わったのを視ました!  何者です! 不浄な魂をもつ異物……なぜお前のような者がここにいるのです!! 」

「はぁ……? 運命?」

「お~い、勝手に外すなって。こいつは特にうるせえんだから」

 隣の男が面倒くさそうに俺の手から布を奪い取る。

「運命って、なにこいつイカれてんの? これそういう病院行きの乗り合い?」

「ぎゃはははは、上手いこと言うなぁお前!」

 斜め向かいの男が手を叩きながら大声で笑う。唾が飛び、足元の少女たちが身をすくめた。ブロンド女の猿ぐつわを直すため隣の男がかがみ込むが、抵抗を受け手こずっている。

「暴れるなって、口開けろ」

「さわらないで!この、汚らわしい人さらい!!」

「汚らわしいってお前、その瞳はサキュバスの血筋だろうが。 誰にでも股開くやつがよく言えたもんだなぁ?」

「まったくだぜ、生まれつきのアバズレがよ」

 男たちから嘲笑と侮蔑を向けられたブロンド女は、少し顔色を青ざめて表情を固くしたものの抵抗をやめようとはしなかった。俺を見つめ、語気を強めて言葉を続ける。
 
「お前! 私たちを逃がしなさい! 私は預言者サラヴェリーナ・エルウィン! 時間がないの、いそいで王に伝えなきゃいけないことがあるのよ!!」

「預言者って……」

 おいおい、マジでイカれてるタイプのやつか? 逃がせと乞うわりに態度のでかい女だ、しかも運命に預言者ときた。こういうのがいちばん判断に困る。まさか人身売買じゃなく、壊れたヤツ専用の収容便じゃねえだろうな。

「あー、もう。うるせえ、な!」

「あぅっ!」

 頭をわしづかみにされ、車体の床に顔を叩きつけられた女が痛みに鋭い声をあげた。いまにも泣き出しそうな表情と、後ろ手に縛られたまま膝立ちで尻だけ高く上げた姿勢に、クズ共の嘲笑がさらに色濃く、どろりと重たい欲を孕んだものに変質していく。

「なにしてんだよ~、顔に傷がついたら値が落ちちまうだろ~」

「もういい、いくら上玉だからってこんなうるせえままだと買い手がつかねえ。少し痛めつけて黙らせとこうぜ」

「チッ。こんな狭めぇとこでおっぱじめるな、バカが」

 女の顔を押さえつけたまま、ベルトを引き抜きズボンを下ろす男を誰も本気で止めはしない。吹き出ものだらけのたるんだ汚ないケツにうんざりして、膝の上においた両手に視線を戻す。開いて、閉じる。開いて、閉じる。こういうやつはどこにでもいて、こういうことはどこででも起きる。現実だろうが異世界だろうが変わらない。まったく、くだらねえ。

「うっ……! いやっ!やめて!さわらないで……!」

「いやっ! やめて! だってよ」

「ぎゃははは! サキュバスのくせになんだそりゃ! いいぞ、泣け泣け、興奮してき、た――」

 当然、俺の傍らにも剣があるわけ。そんでもって、笑いながら女を殴って犯そうとするゴミクズが目の前にいる。ああ、最高だね。これ以上ないくらい完璧な理由だ。

「なっ……なに、……げほっ」

 男の喉元に差し込んだ剣を引き抜くと、栓を失った傷口からあふれ出した血が一瞬でシャツを赤く染めあげた。ごぼっ、がらがら、ひゅうひゅう、詰まった排水溝みたいな音を鳴らしながら下半身まるだしの体が崩れ落ちる。片足をあげて避け、顔を覗き込んだ。こいつはすぐに自分の血で溺れ死ぬ。光を失くしていく目を眺めていると妙に心が落ち着いた。嗅ぎなれた血の匂いに体がじんわりと熱を帯びていく。頭の奥で小さく火花がはぜた。

「きゃあああああああ!!」

「てめえ! な、な、なにやって……!!」
 
 女子供が悲鳴をあげ、馬車の奥でぎゅうぎゅうと身を寄せ合う。気色ばんだ野郎どもが立ち上がり剣に手をかけた。異変に気付いた御者が手綱を強く引き、馬のいななきが木霊する。おんぼろ馬車が止まってしまえばあたりは驚くほど静かだ。良い、こういう静かな夜の殺しが俺は大好きだ。なんだ、クソどころか最高の夜じゃねえか。

「なあ」

 床に転がされ、半分ほど服を剥ぎ取られ、返り血を浴びて呆然としているブロンド女に声をかける。
 
「俺含む、野郎は全員ひとさらい。お前たちは攫われて売り飛ばされそうになってるかわいそうな女子供。そういう認識で間違いないんだよな?」

「そ……そう! そうです! 不浄の者、私たちを救いなさい! お前の運命が変わったのはきっとこのため! これは、尊き女神アウラドリイス様のご慈悲なのです!」

「本当にうるせえなお前……」

「んぐっ」

 落ちていた布を女の口に詰めて黙らせる。顎でしゃくり、他の女たちと同じように奥でまとまっていろと指示した。狭い馬車の中で剣を抜いて売り物に大怪我を負わせるのも死なれるのも避けたいのだろう、血走った目で俺を睨むクズ共は鼻息を荒くしながらもまだ襲ってこない。無法者のくせに、損得に関するそれなりの理性は備わっているらしい。しかしそれも僅かのあいだ。ブロンド女が這いつくばりながら引っ込んだのを合図に、怒号をあげて一斉に飛び掛ってきた。

「……っと!」

 一人目の大ぶりな一撃を避けて馬車から転がり出る。体勢を立て直した時にはもう、剣を構えた四人に取り囲まれていた。四人! 殺していいやつが四人もいる! 最高だ。ご褒美すぎる。指が震える。呼吸が浅くなる。口元が笑みに歪むのを抑えられない。だけど俺はナイフの扱いには慣れていても、剣の扱いなんて知らねえんだよ! こいつらはクズだが剣を使って生き抜いてきたやつらだろう、素人の俺には勝算がない、きっと死ぬ、でも止められない、自分の命なんてどうだっていい! だって俺はあの大雨のなかで一度は終わった、これはボーナスステージみたいなものだ。もう一度、あと一人だけでいい、殺したい! 命を奪う愉しみを、悦びを味わいたい!

「てめえのことは、はじめから気に食わなかったんだ……!」

 トカゲ頭の鋭い眼光を受け、うなじがチリチリと粟立つ。やっぱりこいつはかねてからこの身体の持ち主を嫌っていたらしい。

「そうかよ。奇遇だな。どちらかと言えば、俺もお前らは気に食わねえよ」
 
「おおおおお!」

 雄叫びとともに右隣の男が斬りかかってきた。剣で受けようと咄嗟に腕を上げる。――違う、そうじゃない。いまは――妙な感覚が身体の奥からせり上がり、たしかな説得力を持って俺の動きを止めた。代わりに体を半歩動かし、ギリギリの距離で相手の剣をかわす。

 「は……? なに……」

 戸惑っているあいだにも素早く脚が動く。勝手に筋肉が収縮し、柄を握る手に力がこもる。腕を振るいあげ体勢を崩した男の首を真横に切り裂いた。トカゲ頭の足元に断たれた仲間の首が転がっていく。

「てめえ……っ!!」

「は……はは、はははっ」

 なんだ、いまのは。体が勝手に動いた。 俺の意思よりも先に、肉体が答えを知っているみたいに。剣で人間の首を切り落とした経験なんてないのに、馴染みがあるとしか思えなかった。何度も、何度も、何度も何度も何度も、この身体こいつはこれを経験している。染みついているんだ――体が戦うことを、殺すことを覚えている! 胸が熱くなり、頭のなかでバチバチと悦びの火花が散る。両手を広げて天を仰いだ。月の光を浴び、細胞が沸き立つような興奮に震えた。まるで神に、この世界に、俺のすべてを認められた気分だった。

 両親を悲しませることも、落胆させることもない。
 必死に偽って、乾いて、焦燥に焼かれる夜も無い。
 殺して良いんだ、ここでは、好きなだけ。俺はそのための武器をもう持っている。
 
 


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