現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜

ぱすた屋さん

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第1章

【対応記録:第20回】

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現代ダンジョン管理ギルド本部、最上階の特別会議室。
そこは、窓の外に広がる新宿の絶景とは裏腹に、氷のような冷徹さが支配する空間だった。
長大な大理石のテーブルを囲むのは、ギルドの運営を司る理事たち。そしてその末席……ではなく、糾弾の矢面に立たされているはずの苦情係、久我は、背筋を伸ばして静かに座っていた。

「……以上が、株式会社アガレス・リソースにおける、組織的な魔物酷使、並びに安全管理基準違反の調査報告書です」

久我は、完璧な所作で手元のタブレットを操作し、メインモニターに数々の不備の証拠を映し出した。
そこには、成瀬社長が隠蔽しようとしていた地下工場の惨状、過負荷による爆発の危険性、そして何より――魔物たちが有給休暇を求めてストライキを起こすという、ギルド史上類を見ない事態の全貌が記録されていた。

「久我君。君の言いたいことはわかった」
理事の一人が、眉間に深い皺を寄せて口を開いた。
「だが、アガレス社はギルドにとって最大の魔力供給源だ。今回のストライキにより、都内の魔力備蓄はすでに危険水域にある。成瀬社長のやり方に問題があったとしても、まずは魔物を動かすことが先決ではないか?」

「お言葉ですが、理事。それは不渡りを出した企業に、さらに無理な融資を強いるようなものです」
久我は表情一つ変えず、淡々と答えた。
「お客様……魔物たちが納得しないまま稼働を再開させれば、次は小規模な停電では済みません。このビルを含めた新宿一帯を吹き飛ばす規模のアウトブレイクが、統計学上、九十パーセント以上の確率で発生します。その責任を、ここにいる皆様の連名で負っていただけるのなら、今すぐクラ君に合図を送らせますが」

「……ぐっ」

「さらに言えば、成瀬社長はギルドの監査官に対しても不適切な利益供与を行っていた疑いがあります。……こちらに、成瀬氏の隠し口座と、一部の理事務室へ流れた魔力結晶のシリアルナンバーの照合リストがございます。不透明な資産管理は、組織の根幹を揺るがす重大な欠陥です」

会議室に、凍りつくような沈黙が流れた。
久我は、ただ魔物の苦情を処理していたのではない。彼らとの対話を通じて、成瀬が築き上げた汚職と搾取のネットワークを根底からハックし、その喉元にナイフを突きつけていたのだ。

「……成瀬社長の更迭、およびアガレス社のギルド公認資格の取り消しを提案します」
久我が静かに、しかし断固とした口調で告げた。
「これは苦情ではなく、組織の健康を維持するための切除です。腐敗した箇所を放置すれば、ギルドそのものが社会的信用を失うことになります」




一時間後。
特別会議室から出てきた成瀬社長を待っていたのは、武装したセキュリティチームと、久我からの最後のアドバイスだった。

「……久我。貴様、最初からこれを狙って……!」
手錠をかけられた成瀬が、血走った目で久我を睨みつける。

「狙ってなどいませんよ、成瀬社長。私はただ、お客様の声を真摯に聞き、それに付随する不備を修正しただけです」
久我は成瀬の目の前で足を止め、眼鏡の奥から冷徹な視線を向けた。
「成瀬社長。これは個人的な勧告ですが。……収監先でも、看守の方々へのクレーマー的な言動は慎まれることをお勧めします。……彼らは魔物よりも、ずっと話が通じない場合がありますから」

崩れ落ちるように連行されていく成瀬の背中を、久我は見送ることもなくエレベーターへと向かった。




地下三階、苦情係のオフィス。
そこに戻った久我を待っていたのは、異様な光景だった。

「……久我さん、お帰りなさい。……って、もう限界です! 助けてください!」
佐藤が、デスクの上に山積みになった物体に埋もれながら叫んでいた。
それは、アース・ゴーレムが持ってきたであろう希少な鉱石、ピクシーたちが運んできた発光する花、さらには正体不明の、しかし凄まじい魔力を秘めた薬草の山だった。

「これは……?」

「魔物たちが持ってきたんですよ! 『おじさんにお礼を渡してくれ』って、次から次へと行列ができて! ギルドの警備員も、久我さんの知り合いならって通しちゃうし、もうめちゃくちゃです!」

クラが誇らしげに三つの首を振り、鉱石の一つを転がしている。
(ワンッ! おじさん、みんなすっごく喜んでたよ! おじさんは僕たちの神様だ、って言ってる魔物もいたよ!)

「神様……。困りましたね、私はただの事務員ですが」
久我は溜息をつき、山積みの貢ぎ物……もとい、不適切な贈収賄の山を見つめた。
「佐藤さん。これらはすべて解決済み案件の事後補填として、ギルドの資産に組み入れる手続きをしてください。……あ、この薬草だけは福利厚生として、佐藤さんの胃薬に加工してもらいましょう。お疲れのようですから」

「……ありがとうございます。でも、久我さん。これ、冗談抜きでヤバいですよ」
佐藤が声を潜めた。
「上層部の連中、成瀬を切り捨てましたけど、次はあなたのことを魔物を扇動する危険人物としてマークし始めました。……あいつら、自分たちの利権を脅かす存在は、手段を選ばずに消しに来ますよ」

久我は、窓のない地下室の壁を見つめた。
そこには、汚れ一つない、いつものスケジュール表が貼られている。

「消される、ですか。……手続きに則らない処置は、重大なコンプライアンス違反です。……もし彼らがそう来るのであれば、私はただ、組織全体の苦情として受理するだけですよ」

久我の言葉に、クラが静かに牙を光らせ、コトがシルクハットを深く被り直した。
事務屋のハックは、企業の闇を暴いただけでは終わらない。
組織という名の巨大な魔物に、今、一人のサラリーマンが真っ向から対峙しようとしていた。

その日の夜。久我のデスクに、一通の新しいファイルが置かれた。
送り主は不明。だが、そこには、世界各地で魔物を無差別に消去しているとされる人物の活動記録が綴られていた。

「……次は聖女、ですか。……無差別な救済による、生態系の不備。……これは、骨の折れる案件になりそうですね」

久我は、十七時ちょうどのチャイムを聞きながら、静かにパソコンの電源を切った。
企業ダンジョン編、完結。
しかし、彼が立ち向かうべき世界の理不尽は、まだ始まったばかりだった。
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