現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜

ぱすた屋さん

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第1章

【対応記録:第21回】

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秋の気配が混じり始めた新宿の空は、抜けるように青かった。
だが、その平穏な空の下、ギルド本部周辺はかつてない熱気に包まれていた。道路は封鎖され、数え切れないほどの報道陣と、一目その姿を拝もうとする市民たちが幾重にも人垣を作っている。

「……随分な騒ぎですね、佐藤さん。今日は何か、大規模なイベントの予約でも入っていましたか?」

久我は、地下三階の薄暗い執務室で、いつものように完璧に整頓されたデスクに向かいながら尋ねた。窓のないこの部屋には、地上の熱狂は一滴も届かない。

「久我さん、ニュース見てないんですか? 今日ですよ、今日! 欧州ギルド連合から派遣された『浄化の聖女』、エレナ様が来日される日です!」

佐藤が興奮気味にタブレットの画面を突きつけてくる。そこには、純白の法衣に身を包み、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる美しい少女の姿があった。
彼女が手をかざすだけで、凶悪な魔獣が淡い光に包まれて消滅し、傷ついた人々が瞬時に癒えていく映像が流れている。

「『浄化の魔法』……。対象を苦しませることなく、その存在を天に還す奇跡の御業、ですか」

「そうですよ! 彼女がいれば、血生臭い討伐なんて必要なくなる。魔物も救われて、人間も救われる。まさに現代の救世主ですよ」

久我は、その映像を冷徹な目で見つめた。
救世主。美しく、非の打ち所のない言葉だ。だが、久我の「プロの聴覚」は、その映像の奥から漏れ出す、微かな違和感を捉えていた。

(……やだ。消えたくない。痛い、痛い、痛い! 私を、私を殺さないで!)

「……久我さん? どうしたんですか、そんな怖い顔して」

「いえ。……少し、現場の空気を確認してきます。佐藤さん、電話の転送設定をお願いします。……クラ君、コト君。お散歩の時間ですよ」

久我はジャケットを羽織り、ブリーフケースを手に取った。
足元では、クラが三つの首を不穏そうに震わせ、コトはシルクハットを深く被り直して、久我の影に潜り込んだ。

---

新宿アルタ前広場。
そこは、普段は賑わい、それこそ雑多な印象を昼夜問わず受ける場所ではある。
それが今は特設のステージが組まれ、白いヴェールをなびかせた聖女エレナが、静かに祈りを捧げていた。
その前には、実験用に捕獲された数体の下級魔物――ゴブリンやスライムたちが、檻の中で怯えていた。

「迷える魂に、安らかな眠りを。……『ホーリー・レクイエム』」

エレナが鈴を転がすような声で詠唱すると、彼女の手から透き通るような光の粒子が降り注いだ。
光に触れたゴブリンたちが、うっとりとした表情で、粒子となって霧散していく。
それを見た群衆から、地鳴りのような歓声と拍手が巻き起こった。

「素晴らしい! まるで天使だ!」
「あんなに安らかに消えていくなんて。魔物もきっと、感謝しているに違いない!」

だが、その歓喜の渦の中心で、久我は耳を塞ぎたくなるような「絶叫」を聞いていた。

(あつい! 全身が溶ける! 脳みそが沸騰する! 助けて、助けて、誰か助けてえぇぇぇ!)

それは、物理的な鼓膜を震わせる音ではない。
魔物の言葉を理解できる久我の脳内に直接叩き込まれる、断末魔の叫びだった。
光に触れた瞬間、魔物たちの神経系は極限まで過敏にされ、多幸感を強制的に植え付けられながら、細胞一つ一つが分解されていく。それは安楽死などではない。神経を焼かれながら、笑顔を強要される「虐殺」だった。

「……不備だ。これは、あまりにも深刻な不備だ」

久我の声は、歓声にかき消された。
だが、久我の隣にいたコトが、震える声で呟いた。

「……おじさん。あの光、魔物たちの『想い出』を根こそぎ奪ってる。ただ消すだけじゃない。彼らが生きてきた証、積み上げてきた感情、それを全部汚いノイズとして塗り潰してるんだ。……あんなの、救いじゃないよ」

(ワンッ! おじさん、僕、あの女の人、怖い。あの人、自分が何をしてるか全然わかってないよ)

クラが、久我の足元で低く唸った。
聖女エレナの瞳は、一点の曇りもなく、純粋な善意に満ちている。
彼女は本気で信じているのだ。自分の魔法が、魔物たちを苦痛から解放し、魂を救っているのだと。
それは、かつて久我がいたブラック企業で、「社員の成長のため」と言いながら二十時間労働を強いていた経営者と同じ、無垢ゆえの残酷さだった。

「……お客様。一方的な『救済契約』の押し付け、並びにインフォームドコンセント(説明と同意)の著しい欠如。……これは、看過できませんね」

久我は、人混みをかき分け、ステージの脇へと歩み寄った。
ギルドの警備員たちが立ちふさがるが、久我はいつものように身分証を掲げ、冷徹な事務作業の顔で彼らを気圧した。

「現場対応課、苦情係の久我です。……聖女エレナ様に、至急、確認したい事項がございます」

「苦情係? 今は神聖な儀式の最中だぞ。下がれ!」

「いいえ。……今、ここで消された『お客様』の家族……いえ、同族たちから、私の端末に夥しい数の苦情が届いております」

久我のスマートフォンが、激しく振動し始めた。
新宿の地下、路地裏、ビルの隙間。
聖女の放つ「光」を察知した魔物たちが、恐怖に震え、一斉に苦情係へと悲鳴を上げているのだ。

「『仲間が、笑いながら殺された』『あの光は、毒だ』『お願いだから、あのお姉さんを止めて』。……これだけの声を無視して、ギルドが『救済』を謳うのは、景品表示法違反……いえ、組織としての信義に反します」

久我の言葉が届いたのか、ステージ上のエレナが、ゆっくりとこちらを振り返った。
その瞳は水晶のように澄んでおり、慈愛に満ちていた。

「……あなたも、魔物の魂が救われるのを、祝福してくださるのですね?」

エレナが、聖らかな微笑みを久我に向ける。
久我は、その微笑みに対し、一ミリの揺らぎもない、完璧な四十五度の角度で辞儀をした。

「いいえ。……エレナ様。私は、ただの『苦情係』です。……お客様が、痛いと仰っている。苦しいと叫んでいる。……その不備を修正するために、参りました」

広場を支配していた熱狂が、一瞬、静まり返る。
救世主として迎えられた聖女に対し、一人の事務員が、真っ向から「異議」を唱えた。
それは、力による対立ではなく、言葉と真実による、新たな戦いの始まりだった。
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