現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜

ぱすた屋さん

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第1章

【対応記録:第27回】



深夜の都下、かつての多摩エリアのさらに境界線に近い森の奥。錆びついた鉄格子と、幾重にも絡みついた茨に覆われたその場所には、ギルドの公式地図から抹消された「旧・第零魔力管理施設」が佇んでいた。
月明かりすら届かない鬱蒼とした森の中で、久我は懐中電灯の光を足元に落としながら、完璧に手入れされたビジネスシューズでぬかるみを踏みしめた。

「……久我さん、本当にここなんですか? 九条主任の解析が間違ってたってことにしませんか? ここ、霊的な意味でも魔力的な意味でも、立ち入り禁止の看板が『死ね』って言ってるようにしか見えないんですけど」

背後で、佐藤が今にも泣き出しそうな声で震えながら、久我のジャケットの裾を掴んでいた。彼の持つ魔力探知機は、振り切れた針が激しく音を立て続け、もはや計器としての機能を果たしていない。

「佐藤さん、計器の異常は現場の『不備』を知らせる合図です。目を背けてはいけません。……九条主任のデータによれば、都内にばら撒かれた指向性ノイズの源流は、すべてこの廃屋に繋がっています」

久我は、歪んだ鉄扉の隙間から中へと足を踏み入れた。
(ワンッ! おじさん、ここ、すっごく喉が痛くなる匂いがする。……悲しい匂いと、焦げた匂いが混ざってるよ)
「……そうだね。クラの言う通りだ。ここは『想い出』の墓場だ。それも、丁寧に葬られたんじゃなくて、生ゴミみたいに捨てられた記憶の集積所だよ」

コトがシルクハットを深く被り直し、不快そうに辺りを見回す。
廃墟の内部は、かつての最先端設備が無惨に朽ち果て、床には剥き出しの魔導ケーブルが這いずっていた。壁に残されたモニターの残骸が、時折、意思を持っているかのようにパチパチと青白い火花を散らしている。

久我たちは、ノイズが最も激しい最深部のサーバー室へと辿り着いた。
そこには、十数年前のモデルと思われる旧式の大型計算機が、轟音を上げながら稼働していた。そして、そのモニターの光に照らされて、一人の男が座っていた。

ボロボロになったギルドの制服を纏い、髪は伸び放題で、肌は日光を久しく浴びていないように透き通っている。男は、久我たちの侵入に気づきながらも、指を止めることなくキーボードを叩き続けていた。

「……お客様。夜分遅くに失礼いたします。現代ダンジョン管理ギルド、苦情係の久我です」

男の指が、ぴたりと止まった。
「……苦情係? ……ハッ、まだそんな『ゴミ拾い』の部署が残っていたのか。……それとも、ついに私の『遺棄』がバレて、処分しに来たのか?」

男がゆっくりと振り返る。その瞳には、狂気と、それ以上に深い絶望が宿っていた。
九条主任が共有してくれた古い職員名簿に、その顔はあった。
芝(しば)。かつて魔力解析部門で天才と謳われながら、ある日突然「記録上は死亡した」ことになっていた男だ。

「芝主任。……いえ、元主任。あなたのなさっていることは、組織全体の業務妨害に当たります。……都内全域に流された指向性魔力波。これにより、罪のない魔物たちが混乱し、住民とのトラブルを引き起こしています」

「罪のない、だと? 笑わせるな」
芝が椅子を蹴るように立ち上がった。
「君はこのギルドが、役目を終えたデータや魔物をどう処理しているか知っているか? ……消去ボタンを押せば、すべて消えると思っているのか? ……違う! 消去されたデータは、この『ゴミ箱』に送られ、圧縮され、ドロドロの怨嗟となって積み重なるんだ!」

芝が背後のモニターを指差した。そこには、過去に「浄化」や「殺処分」された魔物たちの断末魔の波形が、幾千、幾万と重なり合って、どす黒い塊となっていた。

「私は十年前、この『データの墓守』を命じられた。……ギルドの浄化が、いかに不完全で、いかに欺瞞に満ちているか。……それを知った私は、記録から消された。……死んだことにされ、この地下で永遠にノイズを処理し続けるだけの歯車にされたんだ!」

「……不適切な人事異動、並びに情報の改ざん。……これは、重大なコンプライアンス違反ですね」

久我の声は、驚くほど平坦だった。激昂する芝に対し、彼はまるで見積書の間違いを指摘するかのような冷静さで接していた。

「芝さん。あなたが怒っている理由は理解しました。……捨てられたデータのライフサイクル管理を怠り、責任を現場に押し付け、さらに功労者を抹殺して隠蔽を図る。……それは、組織として最低の『不備』です」

「……わかったような口を利くな! 私はこのノイズを地上に送ることで、ギルドの管理がいかに脆弱かを証明してやるんだ! ……世界をノイズで埋め尽くしてやる!」

「いいえ。……それは『改善』ではありません。ただの『八つ当たり』です」

久我は、ブリーフケースから一冊の古い分厚いマニュアルを取り出した。
「芝さん。……データの消去が不完全だと言うのであれば、それは『削除』ではなく『アーカイブ』の仕方が間違っているだけです。……あなたが十年かけても消せなかったこのノイズ。……適切な『退職手続き』と『供養』を行えば、静かに眠りにつくはずです」

「……供養だと? バカを言うな、これは魔力の塊だぞ!」

「いいえ。これは『未処理の苦情』の塊です」

久我は、クラとコトに目配せをした。
(ワンッ! おじさん、この塊の中にある『痛いよ』って声、僕が食べてあげる!)
「ボクがこの歪んだ想い出の糸を解くよ。……おじさん(芝)、君が本当は伝えたかった、解析官としての誇り……それも一緒に鑑定してあげるからさ」

久我はサーバーのメインコンソールに手を伸ばした。
「芝さん。……あなたが十年間一人で背負ってきたこのゴミ箱の底。……今から私が、苦情係の責任において、すべて『適切に受理』いたします」

廃墟の中に、かつてない強烈な光と、安らぎの魔力が満ち始めた。
芝の絶叫は、やがて嗚咽へと変わり、十年の間止まっていた彼の時間は、事務屋の冷徹な、しかし誠実な「処理」によって再び動き出そうとしていた。
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