現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜

ぱすた屋さん

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第1章

【対応記録:第28回】

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旧・第零魔力管理施設の深部。芝が吐き出した絶望と、十年分の負債が久我の処理によって浄化されようとしたその瞬間、廃墟の静寂を切り裂いて、室内の全モニターが真っ赤に染まった。

『警告:セクター・ゼロにおける未承認のアクセスを検知。規約第百八条に基づき、当施設の強制消去(フォース・クローズ)を開始します。完全消滅まで、残り三百秒』

「……なっ、なんだ!? 強制消去だって!? 芝さん、あんたが仕掛けたのか!?」

佐藤が悲鳴を上げながら、崩れゆくコンソールにしがみつく。だが、芝は呆然と赤く点滅する画面を見つめ、力なく首を振った。

「……違う。これは本部からの遠隔操作だ。……連中め、私が君たちに真実を話した瞬間に、施設ごと証拠隠滅を図るつもりか。……最後まで、私をゴミとして処理するつもりなんだな」

芝の自嘲気味な言葉と共に、天井から火花が散り、壁の魔導回路が過負荷で爆発を始めた。施設の崩壊は、物理的な破壊ではない。空間そのものを魔力的に無かったことにする、ギルド最上層部だけが持つ禁忌の術式だ。

「……予約のない強制終了、並びに利用者(私共)の安全を無視したシステムダウン。……これは、サービスの提供者としてあるまじき重大な不備です」

久我は、揺れる床の上でなお、眼鏡を指で押し上げ、冷徹な一歩を踏み出した。その背後では、クラが三つの首を低く構え、迫りくる消去の波動を威嚇している。

「久我さん、逃げましょう! あと五分でここが地図から消えるんですよ!」

「佐藤さん。パニックは業務効率を著しく低下させます。……それよりも、あちらの予備サーバーを見てください。データの転送ランプがまだ点滅しています。芝さんが十年間守り続けてきた負の記録。これを失うことは、お客様(魔物)の声を永遠に封殺することを意味します」

久我はブリーフケースから一本の外部接続用魔導ケーブルを取り出した。だが、施設の崩壊速度は予想を遥かに超えていた。消去の波動が、サーバー室の入り口まで迫っている。

その時だった。

「……僕が、やります」

震える声で、しかしはっきりとした意志を持って、佐藤が一歩前に出た。彼は腰が抜けたように震えていた脚を叩き、久我からケーブルをひったくるように受け取った。

「佐藤さん?」

「久我さん、あなたは芝さんの退職手続き(説得)を続けてください! 事務屋の根性、見せてやりますよ……! 僕だって、毎日毎日、あなたの無茶振りに付き合わされてきたんだ。……この程度のシステムトラブル、ログインして三秒で解決してやります!」

佐藤は、消去の波動が迫るコンソールの前へと飛び込んだ。キーボードを叩く指が、火花で焼かれそうになりながらも、彼はギルドの職員用プロトコルを高速でハックしていく。それは、いつも久我の後ろで怯えていた無能な同僚の姿ではなかった。彼もまた、久我の背中を見続ける中で、プロとしての現場の勇気を育んでいたのだ。

「……鑑定完了。このデータの核、ボクが預かるよ。消去の波に呑まれる前に、ボクが想い出として固定してあげる!」

コトがシルクハットを投げると、それは巨大な影となってサーバーを包み込んだ。佐藤のタイピングとコトの鑑定眼が、消えゆくデータを一筋の光として久我のタブレットへと吸い込んでいく。

「……完了しました! 久我さん、芝さん、早く!」

残り、六十秒。久我は芝の腕を取り、崩れ落ちる瓦礫をクラの魔力が弾き飛ばす中、出口へと疾走した。背後で、かつて芝を十年間拘束し続けた廃墟が、音もなく白い光の中に消えていく。空間が歪み、森の奥にポッカリと、最初から何もなかったかのような空白が残された。

深夜の静寂が戻った森。久我たちは、息を切らしながらぬかるんだ地面に倒れ込んだ。佐藤の手には、激しい火花で焼かれた火傷の跡が残っていたが、彼はその手に握ったタブレットを、誇らしげに掲げてみせた。

「……やりましたよ、久我さん。……ギルドの闇、全部この中にぶち込んでやりました」

「……お疲れ様でした、佐藤さん。……完璧な、一次対応です」

久我は、泥に汚れたスーツの膝を払い、ゆっくりと立ち上がった。芝は、自分の手が自由であることを確かめるように何度も握り、そして夜空を見上げて、十数年ぶりの涙を流した。

「……あんな無茶をする事務員が、今のギルドにいるなんてな。……久我。このデータには、歴代の理事が隠蔽してきた、魔物の不適切な処分と、それに伴う多額の裏金の流れがすべて記録されている。……これを世に出せば、君の首が飛ぶどころか、ギルドそのものが崩壊するぞ」

「崩壊、結構です。……不備が累積した組織は、一度スクラップにするのが、最も効率的な改善策ですから」

久我の瞳には、一切の迷いがなかった。今回の意図的なアウトブレイクを仕組んだ黒幕は、もはや久我を目障りな事務員とは見ていないだろう。彼らにとって、久我は自分たちの王国を解体しに来た最悪の監査官となったのだ。

「佐藤さん。……明日、いえ、今日の午前九時から、臨時の苦情受付窓口を開設します。……相手は、ギルドの最高幹部たちです」

「……最高幹部へ苦情を入れるんですか? 僕たち二人が?」

「いいえ。……私たちが受理するのは、彼らによって切り捨てられた数万のお客様の悲鳴です。……それを、正当な手続きとして、彼らの喉元へ叩きつけます」

久我は、夜明けの兆しを見せ始めた東の空を見据えた。事務屋のハック、その最終局面が始まろうとしていた。
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