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第1章
【対応記録:第34回】
しおりを挟む新宿の空が、再び不穏な輝きに満たされた。しかし、それは昨日のドラゴンのような荒々しい魔力ではなく、どこか冷気を孕んだ、規則正しい機械的な光だった。街中に設置された巨大なデジタルサイネージが一斉にノイズを走り、そこへ漆黒の背景に刻まれた、見慣れない金色の歯車のロゴが浮かび上がる。
『日本の皆様、おはようございます。我々はタイタン・コア。これより、非効率な「対話」に頼った旧時代のダンジョン管理を終了し、完全自動化された資源回収プロセスを開始します』
合成音声のような無機質なアナウンスが響き渡ると同時に、新宿上空に巨大な輸送艦が現れた。艦底部から射出されたのは、数百体もの自律型魔導ゴーレム――「リソース・エキストラクター」だ。それらは感情を排した動きで、路地裏に潜む下級魔物や、久我と和解したばかりの精霊たちを、掃除機のように吸い込み始めた。
「……久我さん、あいつら何なんですか!? 捕まった魔物たちが、まるでただの荷物みたいにパッキングされていく……!」
カイトたちSランクパーティを背後に従えた久我は、駅前の広場で足を止め、その光景を冷徹な目で見つめていた。彼のスマートフォンには、都内各地の「お客様」たちからの悲痛なSOSが、滝のような勢いで届き続けている。
「……外資の強引な参入、並びに国内市場の独占禁止法違反。……それに、何よりお客様を許可なく資源扱いする不遜。……これは、看過できないレベルのコンプライアンス違反です」
久我は、ブリーフケースから予備の眼鏡を取り出し、カチリと装着し直した。そこへ、一人の男が輸送艦から転送魔法で降り立ってきた。完璧な仕立てのスーツ、左目には魔力計測用のモノクル。タイタン・コアのアジア圏統括マネージャーを自称するその男は、久我を一瞥し、鼻で笑った。
「君が、あの苦情係か。話を聞いて笑ったよ。バケモノにどら焼きを与えて解決だなんて、未開の国のシャーマンか何かか? 我々は合理的だ。魔物はエネルギーであり、データだ。そこに『対話』のコストを割くのは、株主への裏切りだよ」
「マネージャー殿。……ビジネスにおいて、現地の商習慣とステークホルダーを無視した参入は、往々にして手痛い失敗を招きますよ。……あなたがデータとして処理している彼らには、この地に根ざした想い出と、守られるべき生存権がある」
「ハッ! 想い出が魔力を生むのかね? ……無駄な時間だ。全機、出力を最大に。このエリアの全個体を、塵一つ残さず回収しろ」
マネージャーが命じた瞬間、ゴーレムたちの吸引力が跳ね上がった。その時、新宿の空間が、昨日よりもさらに巨大な、そしてどこか親しみを感じさせる衝撃波によって揺れた。
「グオォォォォォォォォォォォンッ!!」
天を裂く咆哮。雲を割り、再び姿を現したのは、昨日のどら焼きを完食し、居住区へ帰ったはずのストーム・ドラゴンだった。しかし、その瞳に宿るのは破壊の衝動ではなく、自分の「馴染みの窓口」を脅かす異物への、純粋な苛立ちだった。
(……おい、久我。昨日もらったあれ、案外悪くなかったぞ。……だがなんだ、あのうるさい機械どもは。俺の昼寝を邪魔するつもりか?)
ドラゴンの銀鱗が、昨日とは違う黄金色の光を放つ。それは、久我が差し出した誠意という名の甘みが、龍の魂に確かな共鳴を引き起こした証だった。
「お帰りなさいませ、お客様。……やはり、昨日のどら焼き一点では、アフターサービスとしては不足でしたか?」
(……ふん、まあな。それよりあいつらだ。さっきから俺の鼻先でチョロチョロと……。パッキングだか何だか知らんが、この俺を荷物扱いしようとした無礼、タダで済むと思うなよ)
ドラゴンの視線が、青ざめるマネージャーを射抜く。久我は悠然と頷き、提案した。
「左様でございます。彼らは予約もなく、土足で皆様のプライベートを侵害しております。……お客様、ここは一つ、弊社の特別外部顧問として、不法侵入者の排除にご協力いただけませんでしょうか。……お礼には、銀座の老舗に負けない、最高級の蜜を用意させていただきます」
(……いいだろう。ちょうど少し腹を立てていたところだ。どら焼きの礼に、あの鉄屑どもを掃除してやる)
龍がニヤリと笑ったように見えた。次の瞬間、空を覆っていたタイタン・コアの輸送艦は、ドラゴンの羽ばたき一つで生じた真空の刃によって、紙屑のように切り裂かれた。自律型ゴーレムたちは一瞬で機能を停止し、捕らえられていた魔物たちが光となって解放される。
「……ば、馬鹿な! 災害級の個体を、言葉だけで味方につけるなど……! こんなの、経営学の教科書には載っていない!」
「載っていないからこそ、現場には人が必要なのです」
久我は、地面にへたり込んだマネージャーの前に立ち、一通の損害賠償請求書を突きつけた。
「当エリアにおける不当な魔物拉致、並びに私の大切なお客様に精神的苦痛を与えた罪。……さらに、新宿駅前の景観損害。……これらすべての事後処理費用を、タイタン・コア社に請求いたします。……あ、お支払いは円貨、あるいは魔力結晶、どちらでも受け付けておりますよ。期限は、今から一時間以内でお願いします」
久我の背後で、ドラゴンが満足げに鼻息を吹き出し、新宿の空に虹が掛かった。暴力でも、冷徹な機械化でもない。一人の事務員が守り抜いた甘い誠意が、最強の外資系企業を、完膚なきまでに論破した瞬間だった。
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