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第1章
【対応記録:第35回】
しおりを挟むタイタン・コア社の輸送艦が塵となり、新宿の空に虹が掛かった翌朝。ギルド本部の大会議室には、国内の名だたるメディアの記者たちと、青ざめた顔の理事たちが詰めかけていた。
本来であれば、外資系企業の不法侵入と災害級個体の再来という、国家存亡の危機に関する弁明が行われるはずの場所だ。しかし、壇上の中心に立っていたのは、ギルドの制服を脱ぎ、フリーランスのバッジを胸に輝かせた久我良平だった。
「……皆様、お集まりいただきありがとうございます。本日は、昨日の新宿における一連の不備に関する事後処理の一環として、当事者による公式なステートメントを発表させていただきます」
久我が淡々と述べると、会場にどよめきが走る。
久我が指を鳴らすと、ステージ背後の巨大スクリーンに、新宿ダンジョンの深層からリモート接続されたストーム・ドラゴンの姿が映し出された。
「グルゥゥォォォォォォン……ッ!!」
突如としてスピーカーから放たれた、地鳴りのような咆哮。記者たちの数人が椅子から転げ落ち、会場には悲鳴が上がる。
計器がレッドゾーンを指し、物理的な音圧が窓ガラスを震わせた。しかし、その恐ろしい咆哮を聞きながら、久我だけは「なるほど」と頷き、手元の資料をめくった。
「……お客様より、『ピカピカ光る機械を俺の前に並べるのは昨日が最後だと言ったはずだ、眩しくて敵わん』とのご指摘をいただいております。照明担当、光量を三割落としてください。……失礼、通訳を続けます」
会場中が呆然とする中、久我は一人、龍の「言葉」を事務的に翻訳していく。
「ストーム・ドラゴン様より、昨日の自衛行動、並びに建造物損壊に関する遺憾の意が示されております。……お客様、補足をお願いできますか?」
「ガアァァッ、グオォォォ……ッ!!」
「……はい。『あっちの鉄屑どもが先に俺の散歩道を塞いだのが悪い。だが、街の建物をいくつか壊したのは、俺の羽ばたきが少々強すぎたせいだ。ニンゲンたちのルールで言う不手際だったことは認めてやる』……とのことです」
記者の誰もが、その「翻訳」を信じていいのか分からず立ち尽くしていた。しかし、スクリーンの向こうで巨大な龍が、久我が差し出したどら焼きの箱を器用に摘み、満足げに鼻息を吹く様子を見て、誰もが認めざるを得なかった。
この事務員だけが、あの災害と「対話」を成立させているのだと。
「皆様、お聞きいただいた通りです。本件は不慮の衝突であり、ドラゴン様側に積極的な破壊の意図はございませんでした。むしろ、外資による不法な魔物拉致を阻止した正当防衛であると、我々久我ソリューションズは結論づけております」
「ふ、ふざけるな! 久我、貴様何を勝手なことを!」
最前列に座っていた理事が立ち上がり、声を荒らげた。
「魔物との和解など認めん! そもそも、タイタン・コアとの紛争責任はどう取るつもりだ! 貴様が余計な真似をしなければ、あちらの技術供与で日本のダンジョンは平和に……」
「理事。……平和とおっしゃいましたか?」
久我の瞳からビジネス上の温厚さが消え、零下まで冷え切った。
「タイタン・コアの技術供与とは、昨夜、理事が全ダンジョンに対して配信しようとしていた強制狂暴化パッチのことでしょうか?」
久我がタブレットを操作すると、スクリーンに複雑な魔導術式の構造式が表示された。
そこには、魔物の脳内にある魔力核を強制的に過負荷(オーバーロード)させ、死に至るまで闘争本能を増幅させる禁断のプログラムが記述されていた。
$$ \Delta M = \int_{0}^{t} (P_{ext} \cdot \alpha) dt - E_{limit} $$
「この計算式によれば、パッチ適用後、三十分以内に魔物の生存確率は零パーセントに収束します。……理事。あなたは外資と結託し、国内の魔物を一掃した上で、その利権を売り払おうとしていた。……これは経営判断ではなく、明らかな背任、並びに国家反逆罪に相当しますが、弁明の準備はよろしいですか?」
会場が凍りついた。理事は顔を真っ赤にし、泡を吹いて椅子に崩れ落ちた。
その様子を、スクリーンの向こうから龍が冷ややかな咆哮と共に眺めていた。久我の耳にだけ、龍の呆れたような声が届く。
(……ニンゲン。お前たちの闇は、俺の住む深層よりもよほど深いようだな。久我、もういい。菓子も食い終わった。俺は寝る。……次はどら焼き以外のものも用意しておけよ)
「承知いたしました、お客様。次回は季節の羊羹をご用意いたします。……おやすみなさいませ」
通信が切れると同時に、久我は会場の記者たちに向き直った。
「さて、皆様。ギルド上層部による不正、並びに不適切なシステム運用に関する全証拠は、今この瞬間、私のパートナーである佐藤より、関係各所へ送信されました。……これより、現代ダンジョン管理ギルドは、大規模な組織改編の段階へと移行します」
久我は完璧な所作で一礼し、ステージを降りた。
そこには佐藤と、満足げに尻尾を振るクラ、そしてシルクハットを整えるコトが待っていた。
「……久我さん。……本当に、ギルドを壊しちゃいましたね」
「いいえ。……単なる不良在庫の処分と、システムの再起動です」
久我は、新宿の冬の冷たい空気の中に踏み出した。組織という鎖を断ち切り、自らの足で歩き出した事務屋。
彼の苦情係としての本当の仕事は、ここから始まるのだ。
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