現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜

ぱすた屋さん

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第1章

【対応記録:第36回】

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 新宿の地下三階、かつての「ゴミ溜め」と呼ばれた執務室は、いまや物理的な意味で瓦礫の山と化していた。
 理事会の強行策と強制消去プログラムの余波で、ネットワークは寸断され、重厚なデスクはひっくり返り、壁一面を覆っていた資料は吹雪のように床に散らばっている。
 だが、その混沌のただ中で、一台のノートパソコンを膝に置き、折りたたみ椅子に座って淡々とキーボードを叩く男がいた。

「……久我さん、本当にここで再開するんですか? ギルドの看板は外され、電気も予備の魔晶石から引いているような状態ですよ。せめてもう少し、地上に近い、日の当たるオフィスを借りればよかったのに」

 佐藤が、煤まみれの顔を拭いながら、拾い集めた重要書類の束を段ボールに詰め込んでいく。
 彼の隣では、クラが三つの首を器用に使って書類の仕分けを手伝い(時々噛んでしまうが)、コトがシルクハットを傾けて「あ、これは五年前に隠蔽された不正経理の想い出だね」と呟きながら、証拠物件の鑑定を続けていた。

「佐藤さん。看板の種類は重要ではありません。重要なのは、そこに『窓口』が存在し、機能しているという事実です。……日の当たる場所は、また別の機会に。今は、この混乱の底に沈んでいる声を拾い上げるのが最優先事項です」

 久我は眼鏡の汚れを拭い、画面に表示された「新・ギルド管理規約(草案)」を保存した。
 上層部が崩壊したことで、都内のダンジョン管理体制は事実上の「空白」となっていた。
 各エリアの探索者たちは指揮系統を失って右往左往し、放置された魔物たちは再び不安と不信を募らせている。このままでは、また第二、第三のアウトブレイクが起きるのは明白だった。

「……さて。本日から我々の名称は暫定的に『ギルド再建委員会・苦情対応窓口』となります。……あ、一人目の『お客様』がお見えのようですよ」

 瓦礫に阻まれた入り口の隙間から、おずおずと一匹の小さな魔物が姿を現した。
 それは、都内の公園の地下に住み着いていた、土を操る程度の弱いゴーレム、アースドールだった。
 彼は泥だらけの手に、一枚の汚れた「住民票の写し」のような紙を握りしめていた。

(……アノ、クガサン。……ボク、ココデ、ハタライテモ、イイデスカ? ……ニンゲンノ、子供タチガ、遊ブ、砂場。……ボクガ、毎晩、綺麗ニ、シテル。……コレモ、オ仕事、ニ、ナリマスカ?)

 久我が目を見開く。探索者が「討伐対象」としてしか見ていなかった魔物が、自ら「雇用」を求めて窓口にやってきたのだ。

「……不備ですね。これまでのギルドは、あなたの奉仕活動を『不法占拠』として切り捨て、報酬どころか存在の承認すら与えてこなかった。……佐藤さん、新規登録用のフォームを立ち上げてください。区分は『地域環境維持・特殊技能職』。報酬は、公園の維持管理費から捻出するように自治体と交渉します」

「……え、本当に雇うんですか!? 魔物をギルドの職員として!?」

「魔物、という分類は生物学的なものであり、契約上の制約ではありません。……彼が提供するサービスに価値があり、それに対する対価を支払う契約が成立すれば、それは立派な『仕事』です。……不器用な再出発ではありますが、これこそが私が目指す『バグのない世界』の第一歩です」

 久我は、アースドールの泥だらけの手に、一通の「暫定採用通知書」を差し出した。
 かつてのギルドが「排除」によって成り立っていたのであれば、新しいこの場所は「契約」によって成り立つ。それは情熱や博愛といった曖昧なものではなく、相互の利益と義務を明確にするという、事務屋としての極めて冷徹で誠実なハックだった。

 その後も、窓口には次々と「声」が届き始めた。
 解雇された派遣職員、行き場を失った下級魔物、そして自分たちの剣が何を象徴すべきか悩み始めたカイトたち探索者。
久我は、その一人ひとりの言葉を丁寧に聞き、不備を修正し、新しい契約の糸を紡いでいく。

「……久我さん、これ、寝る暇なんてなさそうですね。報告書の種類が、昨日までの百倍になってますよ」

「……光栄なことです。……不備が多いということは、それだけ『改善』の余地があるということですから」

 地下三階の薄暗い一角に、新しい光が灯り始めた。
 それは聖女の放つ神々しい光でも、ドラゴンの放つ圧倒的な魔力の光でもない。
 一人の事務員が灯した、誠実な「業務遂行」という名の、消えることのない小さな灯火だった。
 不備だらけの世界を修正する、彼の本当の戦いは、ここから始まる。
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