現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜

ぱすた屋さん

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第1章

幕間:バックアップ・データの断片、あるいは少年の挫折

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新宿ギルド本部の跡地。瓦礫の中に設置された臨時のワークステーションで、佐藤は一人、青白いモニターの光に顔を照らされていた。
時刻は午前二時。久我は「適切な休息も業務の内です」と言い残し、クラとコトを連れて帰宅している。今のオフィスには、サーバーの冷却ファンの音と、佐藤の叩くキーボードの音だけが響いていた。

「……よし、これで旧支部のアーカイブ・デコード、完了……」

佐藤は大きく伸びをし、首の骨を鳴らした。
画面に流れる膨大なログデータ。かつて「ゴミ溜め」とまで言われた地下三階の、さらに奥深くに眠っていた古いデータだ。その中に、佐藤は一つのファイル名を見つけて、指を止めた。

『プロジェクト・アイギス:第4次脆弱性報告書(作成者:佐藤)』

「……まだ、残ってたんだな。これ」

佐藤は自嘲気味に呟き、震える指でファイルを開いた。
それは、彼が「苦情係」に配属される一年前、まだ本部の【中央魔導情報管理課】というエリート部署にいた頃に作成した報告書だった。

佐藤の家系は、代々名だたる探索者を輩出してきた名門だった。
「佐藤」という平凡な苗字とは裏腹に、彼の兄たちは皆、身長二メートルを超える巨躯に魔力を纏い、大剣を振るって深層の魔物を薙ぎ倒す英雄(ヒーロー)たちだ。
そんな家系に、ひょろりとした体格で、魔力適性も戦士としては底辺。そんな彼が唯一手に入れた武器が、魔導回路を構築する「コード」だった。

『戦えない男に価値はない。……せめて、兄たちの鎧を磨く裏方として、完璧であれ』

それが、厳格な父から言われ続けた言葉だった。
佐藤は必死に勉強した。誰もが寝静まる中、キーボードを叩き、魔導演算の深淵に潜り続けた。結果、彼は最年少で本部の管理課に配属されるという、異例の出世を果たす。しかし、そこでの現実は彼が夢見ていた「英雄のサポート」とは程遠いものだった。

「佐藤くん。この報告書、シュレッダーにかけておいてくれるかな?」

当時の課長が、佐藤が心血を注いで書き上げた『アイギス』の脆弱性報告書を、ゴミのように突き返してきた。
そこには、ギルドが誇る鉄壁の防御システムに、ある特定の状況下で全機能が停止するという致命的な欠陥があることが記されていた。だが、上層部はその不備を認めることを拒んだ。

「これは『不備』ではなく、システムの『仕様』だよ。……君のような若造が、偉大な先達が作り上げた聖域にケチをつけないでくれたまえ」

彼らが欲しかったのは、システムの安全ではなく、「システムは安全である」という嘘の報告だけだった。
その後、佐藤は「機密情報の不正アクセス」という身に覚えのない罪を擦り付けられ、経歴を真っ黒に汚された上で、地下三階の「苦情係」へと放逐されたのだ。

「……結局、俺はどこにいても出来損ないなんだよな」

画面に映る、一年前に握り潰された正義の証。
佐藤が溜息をつき、モニターを消そうとしたその時。

「……佐藤さん。そのデータのバックアップは、三箇所に分散保存しておくことを推奨します」

「……うわああああっ!?」

椅子ごとひっくり返る勢いで佐藤が叫んだ。振り返ると、いつの間にか戻ってきていた久我が、無表情にコーヒーカップを差し出していた。

「く、久我さん!? 帰ったんじゃなかったんですか!?」

「忘れ物をしまして。……それと、佐藤さんが『過去の残置物』に囚われているようでしたので、一応のアドバイスです」

久我は、佐藤が隠そうとしたモニターをジッと見つめた。
眼鏡の奥の鋭い瞳が、一瞬でそのコードの「価値」を見抜く。

「……素晴らしい。この『アイギス』への介入コード。無駄のない構造、そして何より、対象への深い理解に基づいた慈悲深いパッチ(修正プログラム)です。……佐藤さん、これを作成したのはあなたですか?」

「……え、あ、はい。でも、それは一年前の、ただの失敗作で……。上層部からは『不適切なデマ』だと断じられたものです。俺はこれを守れなくて、結局クビ同然で地下に飛ばされたんです」

佐藤はうなだれた。
家族からも、組織からも、「価値がない」と否定された記憶が、胸の奥を刺す。
だが、久我は冷徹なまでの冷静さで、佐藤の肩に手を置いた。

「佐藤さん。……不備は、隠蔽されるからこそ『悪』となるのです。……あなたが当時見つけたのは不備でしたが、今ここで私が目にしているのは、世界を救うための『ソリューション(解決策)』です」

「……え?」

「本部を追放されたことを、挫折だと思わないでください。……彼らは、自分たちの不備を正せる唯一の人間を、自らの手で手放したのです。……それは彼らの側のマネジメントにおける重大な損失であり、私の側にとっては、最高のリソース(人材)を獲得できたという幸運に過ぎません」

久我はコーヒーを一口飲み、少しだけ表情を和らげた。

「佐藤さん。……あなたの兄上たちは大剣で魔物を倒すかもしれませんが、あなたはあなたのコードで、この不備だらけの世界の構造そのものを書き換えることができる。……私は、あなたのその技術を高く評価していますし、信頼しています」

「……久我さん……」

佐藤の視界が、不意に潤んだ。
かつて誰も認めてくれなかった「コードの向こう側の正義」を、この男だけは、事務的な言葉の裏で完璧に承認してくれたのだ。

「……さて。……感動の再確認(リカバリー)はここまでです。佐藤さん、その旧データをベースに、現在のギルドの脆弱性を突いた『新・管理システム』の構築を開始してください。納期は……明日の午前九時でよろしいですね?」

「……えっ!? 九時!? 今からあと七時間しかないじゃないですか!」

「不眠不休は推奨しませんが、フリーランスには相応の『瞬発力』が求められます。……できますね?」

久我のいつもの「無茶振り」という名の信頼。
佐藤は目元の涙を袖で拭うと、不敵な笑みを浮かべてキーボードに指を置いた。

「……了解です、ボス! ……その代わり、終わったら最高級のピザ、経費で落としてくださいよ!」

「……検討します。……ただし、トッピングの追加は、進捗状況を見てから決定します」

タイピングの音が、再び響き始める。
それは、かつての挫折した少年の音ではなく、新しい世界の窓口を支える、最強の「事務屋の右腕」の音だった。
暗いオフィスのモニターには、佐藤の瞳が、かつてないほど強く輝いていた。
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