現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜

ぱすた屋さん

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第1章

幕間:お客様座談会、並びに窓口継続のための自衛策



新宿駅東口、アルタ前広場の地下深く。かつては入り組んだ配水管と魔力の澱みが溜まるだけの「掃き溜め」だった場所に、今、異様な静寂と緊張感が漂っていた。
そこには、本来であれば互いに縄張りを争い、あるいは人間を襲うはずの「魔物」たちが、円陣を組んで座っていた。

「……静かに。これより、第1回『新宿・お客様互助会』の緊急会合を開始する。議長は、新宿公園の清掃担当である私が務める」

土の塊でできた不格好な手で、クレイゴーレムが小さな鐘を鳴らした。
その周囲には、錆びた鎧を纏ったスケルトン・ナイトや、空中を浮遊する微細な精霊、そして影の中から瞳だけを光らせる下級悪魔たちが、神妙な面持ちで並んでいる。

(……議題ハ、一ツダ。我ラノ『窓口(久我)』ヲ、イカニシテ守リ抜クカ。コレニ尽キル)

スケルトン・ナイトが、骨の指をパチパチと鳴らして念話を飛ばした。
彼らにとって、新宿の地下三階に座るあの「眼鏡をかけた人間」は、もはや単なる討伐対象でも、恐るべき支配者でもない。自分たちの理不尽な現状(クレーム)を真摯に聞き、適切なソリューション(解決策)を提示してくれる、世界で唯一の「話が通じる相手」なのだ。

「……クガサン、クビニ、ナッタ。デモ、新シイ『マドグチ』、作ッテクレタ。……デモ、ワルイ人間タチ、マタ、クガサン、イジメル。ボク、許サナイ」

アースドールが、足元に置かれた「暫定採用通知書」を愛おしそうに撫でながら呟いた。
彼ら魔物は、人間が思っている以上に鋭敏だ。ギルドという大きな組織が久我を切り捨てようとしたこと、そして今もなお、他の場所から久我の「窓口」を潰そうとする悪意が近づいていることを、彼らは魔力の震えで察知していた。

(サッキ、西ノ方カラ『偉そうな人間』ノ匂イガシタ。アレハ、クガサンヲ『ルール違反』ト呼ブ者タチダ)
(アノ男ハ、我ラノ平和ナ散歩道ヲ、マタ工事デ埋メヨウトシテイル……!)

精霊たちがキィキィと不快な音を立てて騒ぎ出す。
そこへ、天井の隅に設置された、久我がかつて廃棄物として処理した古い魔導モニターが、突如として起動した。
ノイズの中から現れたのは、銀鱗の巨躯を丸め、どこか退屈そうにどら焼きを齧っているストーム・ドラゴンの姿だった。

(……やかましいぞ、小童ども。……久我がそんなに柔な男に見えるのか?)

龍の重低音が響き渡ると、魔物たちは一斉に平伏した。深層の主であるドラゴンの威圧感は、この狭い地下空間を瞬時に支配する。

(アイツは俺を、どら焼き一つで黙らせた男だ。……そして、俺に安眠という名の『契約』を約束した。……もし、アイツの窓口を壊し、俺の眠りを妨げる不届き者が現れるなら、俺がこの街ごと消し飛ばすだけのことだ)

「……ダメ、デス。ドラゴンの王サマ」
アースドールが、震える勇気を振り絞って首を振った。
「クガサン、悲シム。……『暴力ハ、建設的ナ解決策デハ、アリマセン』。……アノ人、ソウ言ッタ」

(……ふん。相変わらず融通の利かん男の教えを、忠実に守っているな)
ドラゴンは鼻息を吹き出し、モニターの中で器用に和紙の包みを畳んだ。
(……だが、アースドールの言う通りだ。久我は、自分たちの作った『ルール(事務手続き)』で勝つことを誇りにしている。ならば、顧客である俺たちがすべきことは一つだ)

ドラゴンが黄金色の瞳を光らせ、画面越しに魔物たちを見据えた。

(……我々は、『模範的な客』にならねばならん)

魔物たちの間に、驚愕の波が広がった。

(……久我の窓口に、『不当なクレーム』を出すな。……久我の仕事が滞るような『無差別な破壊』をするな。……そして、久我の敵が来たときは、直接手を下すのではなく、徹底的な『事務的妨害』で追い詰めるのだ。……いいか、人間どもの言う『コンプライアンス』というやつを、俺たちの方が完璧に守ってやる。……そうすれば、久我の正論は、より強固な武器になる)

魔物たちは、互いに顔を見合わせた。
力による破壊ではなく、久我が掲げる「秩序」を、魔物の側から補完する。
それは、数千年の魔物の歴史において、最も奇妙で、最も高度な「共生」への挑戦だった。

(……了解シタ。私ハ、今日カラ『不法侵入』ハヤメル。……森ニ入ル人間ニハ、丁寧ニ『入山届』ノ有無ヲ、ジェスチャーデ確認スルコトニスル)
(ボク、ゴミ拾イ、頑張ル。公園、世界一綺麗ニスル。クガサンノ、実績、作ル)

アースドールやスケルトン・ナイトたちが、不器用ながらも自分たちの「改善目標」を立て始めた。
自分たちが理知的で、契約を守る存在であると証明すればするほど、久我を追い出そうとするギルドの連中の「不備」が際立つ。
魔物たちは、一人の事務員のために、自らの本能を律し、新しい「お客様」としての道を歩み出したのだ。

「……サテ。ソレデハ、会合ノ、最後。……クガサンニ、バレナイヨウニ、新宿ノ『不備』、掃除、行キマショウ」

アースドールの掛け声と共に、魔物たちは静かに闇の中へと消えていった。
翌朝、新宿の街は、ギルドの職員たちが首を傾げるほどに「平和」だった。
魔物の気配は消えず、しかし破壊も襲撃もない。
そこにあるのは、どこか「礼儀正しさ」すら感じさせる、洗練された魔力の循環。

新宿の地下三階、瓦礫の中で再起動したばかりの窓口で。
久我は、モニターに映し出された異様にクリーンな魔力観測データを見て、不審そうに眼鏡を直した。

「……佐藤さん。新宿エリアの魔物の活動指数が、理想値と完全に一致しています。……あまりにも出来過ぎている。……どこかに、私の気づかない『重大な隠し不備』があるのではないでしょうか?」

「えっ、平和なのは良いことじゃないですか! 久我さん、たまには素直に喜んでくださいよ!」

「……いえ。過度な平和は、事後の大きな反動(クレーム)の予兆であることが多いのです。……クラ君、コト様。周辺の『お客様』の動向、引き続き注視をお願いします」

(ワンッ! おじさん、みんななんだか『お行儀よく』してるよ! 面白いね!)
「ボクには見えるよ。彼らの背後に、君への巨大な感謝の『想い出』が、一つの守護結界みたいに積み上がっているのがね。……久我くん、君は自分が思っている以上に、この街を『ハック』しちゃったみたいだ」

久我は一瞬、窓の外の青空を眺め、すぐにキーボードへと視線を戻した。
自分の後ろに、最強の「お客様軍団」というバックアップがついていることにも気づかぬまま。
事務屋の孤独な戦いは、実はもう、孤独ではなかった。
襲来する他支部のエリートたちは、まだ知らない。
自分たちが挑もうとしているのが、人間と魔物が「契約」で結ばれた、無敵の窓口であることを。
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