現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜

ぱすた屋さん

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第2章

第38話:最初の現場調査と、公園の迷子

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 久我ソリューションズに「フィールド・オブザーバー」として結城陽菜が加わってから、三日が経過した。
 プレハブの事務所内では、今までになかった「生活のノイズ」が響いている。

「あ、クラ君! そこ、毛玉になってるよ。じっとしてて、ブラッシングしてあげるから!」
「グルル……(しつこい。だが、その櫛の角度は悪くない)」

 陽菜がクラを追い回し、佐藤がキーボードを叩きながら溜め息をつく。
 佐藤は少し伸びた髪を指で掻き、モニターの向こうから久我に声をかけた。

「久我さん。あの新人、朝から元気すぎませんか。俺、低血圧なんであのハイテンションは脳に響くんすけど」

 佐藤は、使い古されたパーカーのフードを被り直した。彼はこの事務所のITインフラを一手に引き受けるエンジニアだ。久我とはギルド時代からの腐れ縁で、その合理的な狂気に付き合わされている数少ない男性社員でもある。

「佐藤君。エネルギー効率が良いのは美徳だよ。……それより、コト。君のその口調はどうにかならないのかね。書類の整理を頼んでいる最中、ずっと不気味な節回しで独り言を言われると、こちらの入力作業に支障が出る」

 久我が視線を向けた先。ソファの上で、コトが古びたタブレット端末で古い映画を鑑賞していた。

「堪忍してや、久我はん。昨晩観た『極道の妻たち・古都の抗争編』いうのがえらい良うてなぁ。想い出がキラキラしとるんやわ。言葉に情緒が乗るいうのは、粋なもんやと思わへん?」

「……映画の影響か。妖精のアイデンティティとは、それほどまでに脆いものだったか」

 久我が呆れたように眼鏡を直したその時、デスクの電話が鳴った。
 初仕事の予感。事務所の空気が、一瞬で「プロ」のそれに切り替わる。

「はい、久我ソリューションズです。……ええ、新宿区役所・公園管理課の方ですね。ウィング・ラットの件、承知いたしました。規約に基づき、現地調査へ向かいます」

 受話器を置いた久我が、鋭い視線を陽菜に向けた。

「結城さん。初仕事だ。代々木公園にて、ウィング・ラットの集団が『不法占拠』および『騒音被害』を引き起こしている。現場へ向かい、状況を確認。彼らの言い分を収集してきなさい」

「はい! お任せください、社長!」

 陽菜が勢いよく立ち上がり、腰に調査用のデバイス――佐藤が開発した高感度マイクとボディーカメラを装着する。

「佐藤君。ドローンを飛ばして上空からの視点を確保。結城さんのサポートを」
「了解。……おい、新人。あんまり走り回るなよ。画面酔いするからな」

 佐藤の皮肉を背に、陽菜はプレハブを飛び出していった。




 数十分後。代々木公園の噴水広場近く。
 陽菜のボディーカメラから送られてくる映像が、事務所のモニターに映し出される。そこには、紫色の翼を持った大きなネズミ――ウィング・ラットが、十数匹ほど集まってけたたましく鳴き交わしている姿があった。

「久我さん、聞こえますか? すっごい数です! みんな怒ってるみたいで、近くを通る子供たちに威嚇射撃(唾飛ばし)をしてます。これじゃ公園の利用規約違反……というか、普通に危ないです!」

『結城さん。まずは落ち着いて、彼らの鳴き声の中心地を特定しなさい。佐藤君、音声データの周波数解析を。特定の不満がコード化されているはずだ』

「やってますよ。……久我さん、これ、ただの喧嘩じゃない。何かに怯えてますね。恐怖指数がレッドゾーンだ」

 モニターの前で、佐藤の指が光速で動く。
 陽菜は、久我の指示通りにウィング・ラットたちの群れに近づいていった。普通の調査員なら麻酔銃を構える場面だが、彼女の手には「高級なひまわりの種」の袋が握られている。

「みんなー、落ち着いて! 私は敵じゃないよ。……うわっ、ツバ飛ばさないで! これ、おろしたての制服なんだから!」

『結城さん。左後方の植え込みを確認してください。そこから不自然な魔力反応が出ています』

 久我の指示に従い、陽菜がカメラを向ける。
 そこには、公園の管理用スプリンクラーの制御ボックスがあった。

「これですか? ……あ、変な音がしてる。キィィィンって、耳が痛くなるような高音。ねぇ、佐藤さん。これ、何かのバグ?」

「……いや、外部からの干渉だ。誰かが制御ソフトを書き換えて、超音波を出してる。魔物が嫌がる特定の波形……『害獣駆除用』の違法パッチだ」

 佐藤の声が低くなった。
 久我が冷徹に状況を整理する。

「なるほど。公園管理課は我々に依頼を出したが、現場の末端職員、あるいは周辺住民の誰かが、待ちきれずに『排除』のための私的制裁(プライベート・パニッシュメント)を試みたわけだ。……これは重大な規約違反だ」

「規約違反っていうか、これじゃラットたちが可哀想だよ! 家を焼かれてるようなもんでしょ!?」

 陽菜が叫ぶ。その声には、魔物を単なるデータとして見るのではない、生身の慈しみがあった。
 群れの一匹が、恐怖のあまり陽菜に飛びかかろうとする。クラが事務所からモニター越しに「ガゥッ!」と鋭く吠えた。

『結城さん。そのまま制御ボックスの蓋を開けなさい。内部のシリアルナンバーを撮影。佐藤君、その番号からデバイスの所有者を特定できるか?』

「一秒で終わらせますよ。……特定しました。近隣の高層マンションの管理組合名義の端末です。わざわざ自分たちの手を汚さずに、魔物を追い出して資産価値を守ろうとしたってわけだ」

 久我は立ち上がり、コートを羽織った。

「十分だ。結城さん、そのままウィング・ラットたちに伝えてください。『正当な権利行使の準備が整った。これより、加害者側に対する損害賠償請求および、生活環境の原状回復交渉を開始する』と。……佐藤君、委任状を作成してくれ」

「了解っす、久我さん。……おい、新人。よくやったな。足だけは速いじゃん」

 モニター越しの佐藤の言葉に、陽菜が「えへへ」と鼻を擦る。

「よしよし、みんな。もう大丈夫だよ。……あ、こら! 私の指を噛まないの! それは食べ物じゃないよ!」

 画面の向こうで魔物にまみれる陽菜。
 その光景を見ながら、コトがゆったりと扇子を広げた。

「賑やかでよろしおすなぁ。正論いうのは、こうして命が動いとる現場でこそ映えるもんどす。……さぁて、久我はん。この『意地の悪いお隣さん』に、どんな規約を叩きつけるつもりや?」

「事務手続きですよ、コト。……最も残酷で、最も確実な、ね」

 久我良平の目は、既に次の交渉に向けた数理的な勝利を確信していた。
 新生・久我ソリューションズ、最初の案件は、人間のエゴに対する「事務的な逆襲」から幕を開ける。
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