43 / 47
第2章
第39話:マンション管理組合との死闘……というか事務作業
しおりを挟む代々木公園を見下ろす、一等地の超高級タワーマンション。その最上階にある会議室は、重苦しい沈黙と、どこか場違いなほど無機質な空気に包まれていた。
「……さて。改めて、本日のアジェンダを確認させていただきます」
テーブルを挟んで、久我良平は静かに書類を広げた。
対面に座るのは、マンション管理組合の理事長を務める田辺という初老の男性と、その取り巻きの役員たちだ。彼らは高級な時計やスーツを身に着けてはいるが、その表情には隠しきれない焦燥と、久我に対する侮蔑の色が混じっている。
「久我さん、とおっしゃいましたかな。わざわざご足労いただいたが、我々には非はない。公園のネズミどもが騒がしいから、少し『対策』をしただけだ。資産価値を守るのが我々の職務でしてね。それとも何か? ギルドでもないフリーランスの事務屋が、我々に文句でも言いに来たのかね」
田辺は鼻で笑い、高級な革椅子に深く背を預けた。
久我は眼鏡を指先で微調整し、表情一つ変えずに答える。
「いえ、文句などという主観的なものではありません。私はただ、貴殿らが締結している『都市環境保全特別協定』および『電波法』、ならびに『動物愛護管理法(魔物特例条項)』に対する明白な違反行為を、事務的に是正しに来たに過ぎません」
「……何だと?」
久我が合図を送ると、会議室の大型モニターに、佐藤からのデータが転送された。
そこには、公園のスプリンクラー制御ボックスに仕掛けられていた「違法パッチ」のコードと、それを遠隔操作していたマンション内IPアドレスのログが、残酷なほど鮮明に映し出されていた。
『……久我さん、接続完了。この違法デバイス、購入ルートまで追跡済みです。海外のダークウェブ経由ですけど、決済に使われたカード番号の末尾、そちらの理事長さんのものと一致しましたよ』
会議室のスピーカーから、佐藤のけだるげな、しかし確信に満ちた声が流れる。
田辺の顔がみるみるうちに土気色に変わった。
「そ、それは……! 捏造だ! そんなはずは――」
「佐藤君、次のスライドを。……田辺理事長。貴殿が使用した波形は、ウィング・ラットの生殖機能と神経系に過度なストレスを与えるものです。これは『環境負荷の不当な増大』に該当します。もし彼らが暴走し、近隣の住民に被害が出ていた場合、過失致死傷罪、さらにはマンション全体の『資産価値』を毀損する法的リスクが生じていました」
久我は淡々と、しかし逃げ場を塞ぐように言葉を重ねる。
「現在、新宿区役所および再建委員会は、この件を『テロ行為に準ずる重大な規約違反』として調査を開始しようとしています。……ですが、我々『久我ソリューションズ』は、対話による解決を重んじます。今ここで、私の提示する和解案に署名されるのであれば、本件を『個人的な機器操作のミス』として処理する余地を残しましょう」
「……わ、和解案だと?」
久我が差し出したのは、厚さ三センチはある分厚いバインダーだ。
表紙には『近隣住戸魔物共生ガイドライン・代々木特別版』と記されている。
「内容は至ってシンプルです。第一に、違法デバイスの即時撤去。第二に、ウィング・ラットたちの栄養状態を改善するための、オーガニック・ナッツ類十キロの定期的な提供。第三に、マンションの空きスペースを、災害時の魔物一時避難場所として登記すること。……以上です」
「バカな! そんなことをすれば、マンションの格が落ちる!」
「逆ですよ、理事長」
久我の口元に、微かな、しかし冷徹な笑みが浮かぶ。
「『魔物との共生に成功している安全な高級住宅地』。これからの時代、それが最もプレミアムな価値になる。……署名しますか? それとも、今すぐギルドの査察官と警察を呼びますか? 彼らは事務手続きが非常に遅いので、貴方の身柄が解放されるまで、数ヶ月はかかるでしょうが」
ペンを差し出す久我。その姿は、契約書で魂を奪いに来た悪魔のようでもあった。
田辺は、震える手でペンを取り、地獄に落ちるような思いで署名欄を埋めた。
数時間後。久我ソリューションズのプレハブ事務所。
ソファの上で、コトが扇子を叩いて快哉を叫んでいた。
「いやぁ、お見事! あの理事長はんの顔、まるで『仁義なき戦い』で組を潰された親分みたいやったわぁ。正論いうのは、毒を盛るより効くもんどすなぁ」
「コト。あまり映画と現実を混同しないでくれ。……佐藤君、事後処理の報告書を作成。報酬の振込確認も忘れずに」
「はいはい、わかってますよ。……でも、久我さん。あの陽菜のやつ、さっきから現場で何してるんすか? GPSがずっと公園の隅っこで円を描いてるんすけど」
佐藤が眉を潜めた瞬間。プレハブの扉が勢いよく開いた。
「ただいま戻りましたぁー! 久我社長、佐藤さん! 見てください、この子!」
陽菜が満面の笑みで抱えていたのは、一匹のウィング・ラットだった。
しかも、高級なナッツを頬張って、すっかり彼女に懐いている。
「この子、群れの中で一番小さくて、まだ羽がうまく動かないみたいなんです。さっきの音で怖がっちゃって……。社長、和解案に『福利厚生としての保護』って項目、追加できませんか!? 事務所の隅っこでいいんです! 私が責任を持って育てますから!」
「……却下だ」
久我は即答した。
「結城さん。ここは事務所であり、動物園ではない。魔物との共生とは、適切な距離感を維持することだ。その個体を即座に元の群れへ戻してきなさい。……佐藤君、彼女のセキュリティレベルを一時的に下げて、不法投棄……失礼、魔物返却の指示を」
「マジかよ、また俺っすか……。おい、陽菜。それ、放せよ。キーボードに毛が付くだろ」
「えぇー! 佐藤さんまで! あ、待って、クラ君! 食べちゃダメだよ! 仲良くして!」
クラがラットに興味を示して近づき、陽菜が叫び、コトが笑い、佐藤が毒を吐く。
静かだったプレハブ事務所は、久我が求めていた「完璧な秩序」とは程遠い、しかし不思議と活力に満ちた騒がしさに包まれていた。
久我は深く溜め息をつき、眼鏡を拭き直した。
第ニ部の「足場固め」は、どうやら事務作業だけでは済まないようだった。
0
あなたにおすすめの小説
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
無属性魔法しか使えない少年冒険者!!
藤城満定
ファンタジー
「祝福の儀式」で授かった属性魔法は無属性魔法だった。無属性と書いてハズレや役立たずと読まれている属性魔法を極めて馬鹿にしてきた奴らの常識を覆して見返す「ざまあ」系ストーリー。
不定期投稿作品です。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる