現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜

ぱすた屋さん

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第2章

第41話:事務所の備品と、二人の買い出し

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 新宿・歌舞伎町の片隅に立つ「久我ソリューションズ」のプレハブ事務所は、設立から一ヶ月を待たずして、深刻な「空間リソースの枯渇」という問題に直面していた。
 原因は明確である。
 一つは、佐藤が運び込んだサーバーラックと、増設された六枚のモニター。
 一つは、結城陽菜が「環境美化」と称して持ち込んだ、大量の魔物用ブラッシング用品と「生き物への慈しみ」が溢れすぎている装飾品。
 そして最後の一つは、かつてないほど大量に運び込まれるようになった「魔物からの苦情」が記された紙の束であった。

「……佐藤君。私のデスクの有効面積が、ついにA4用紙二枚分を切った。これは事務所の運営能力に重大な支障をきたすレベルだ」

 久我良平は、山積みの書類の隙間から、隣のデスクでコードを叩く佐藤に視線を向けた。
 佐藤はパーカーのフードを深く被り、キーボードから目を離さずに応じる。

「俺に言われても困りますよ、久我さん。俺の機材は全部必要経費です。……それより、あっちの『新人さん』が持ち込んだ、ポメラニアン用のおもちゃとか、猫草のプランターをどうにかしてほしいんすけど」

「佐藤さん、ひどいです! クラ君もコトさんも、福利厚生が大事なんですよ! それに、このプランターは事務所の空気を浄化してくれるんですから!」

 陽菜が、小さな如雨露を手に抗議する。足元では、ケルベロスのクラが「そうだそうだ」と言わんばかりに尻尾で床を叩いていた。
 その時、ソファの上で丸まっていたコトが、不意に顔を上げた。彼は傍らにあった「高級家具カタログ」を前脚でペシペシと叩き、久我をじっと見つめる。

「ナァ~ォ。ミィ、ゴロゴロ……」

 久我以外の者には、単なる愛らしい猫の要求にしか聞こえない。しかし、久我の脳内には、古い映画の影響を多分に受けた、艶っぽい響きが直接届けられていた。

『久我はん。この事務所、ちょっと殺風景が過ぎると思わへん? 新しいソファ、それも北山杉の香りがするような、品格のある「爪研ぎ」を兼ねたやつが欲しいわぁ。情緒がない場所には、ええ仕事も寄ってこおへんよ?』

 久我は溜め息をつき、手元のメモ帳に「高級爪研ぎ(漆塗り風)」と書き加えた。

「……コトが、現在の事務所の調度品には『情緒』と『品格』が欠けていると指摘している。特に、自身の爪研ぎ環境の劣化について、極道映画の組織のメンツに関わる問題だと主張しているようだ」

「えっ、コトさん、そんなこと言ってたんですか!? さすがコトさん、美意識が高い……!」

「いや、久我さん。……それ、絶対また変な映画に影響されてるだけっすよね? 猫の爪研ぎに品格とか必要あります?」

 佐藤の真っ当なツッコミをスルーし、久我はメモ帳を陽菜に手渡した。

「佐藤君。陽菜さん。これより備品の買い出しを命じる。新宿西口の家電量販店へ向かい、このリストにある機材と備品を全て揃えてきなさい。……佐藤君、陽菜さんの行動力を制御しつつ、エンジニアの視点で最適なデバイスを選定するように」

「……マジっすか。俺、こいつと二人きりとか、ノイズが多すぎて効率悪すぎるんすけど」

「佐藤さん、そんなこと言わないでくださいよ! 私、力仕事なら任せてください! わぁ、新宿の大型店なんて久しぶり! 楽しみですね、佐藤さん!」

 テンションMAXの陽菜と、この世の終わりという顔をした佐藤。
 久我は二人をプレハブから送り出すと、ようやく静かになった室内で、コトにだけ聞こえる声で呟いた。

「コト。……予算は守ってもらうぞ」
『わかっとるわ。久我はん、案外ケチやなぁ』

---

 新宿西口、超巨大家電量販店「トドバシ・カメラ」。
 再開発とダンジョン化の影響で、店内には最新の「対魔物家電」や、魔力を燃料とするPCパーツが所狭しと並んでいる。

「わあぁ……! 見てください佐藤さん! あっちの加湿器、スライムの粘液成分が配合されてるんですって! お肌に良さそう!」

「陽菜、そっちはいいからこっち来い。……このサーバー用メモリ、今だけ特価か。久我さんの承認なしで二枚くらい余分に買っておくか……」

 人混みの中、陽菜が周囲をキョロキョロと見渡しながら歩き、佐藤がその後ろをデバイスのスペックを確認しながら歩く。凸凹な二人組は、意外にも効率よくリストを埋めていった。

 しかし、最新の「マナ・ラップトップ」が並ぶ展示コーナーに差し掛かった時、異変が起きた。

「……? なんか、あそこの展示機、挙動がおかしくないですか?」

 陽菜が指差した先。最新鋭のゲーミングPCが並ぶ一角で、複数のモニターが激しく明滅し、バチバチという不穏な放電音を立てていた。店員が慌てて再起動を試みているが、画面にはノイズが走るばかりだ。

「……電磁ノイズじゃないな」

 佐藤が目を細め、腰のポーチから簡易測定器を取り出した。

「魔力波形が乱れてる。……陽菜、あの筐体の中を見ろ。排気ファンに何かが詰まってる」

 陽菜が駆け寄り、展示機を覗き込む。彼女の「生き物愛」に裏打ちされた観察眼が、小さな影を捉えた。

「……あ。佐藤さん、これ『スタティック・マイト(静電気ダニ)』の幼体です! ほら、ファンの隙間で寒そうに丸まってる!」

「スタティック・マイト? ……あぁ、低ランクの電撃系魔物か。機械の微弱な電気を食う害獣の一種だな。……おい店員! そのまま電源を入れるな! 過負荷でマザーボードが焼けるぞ!」

 佐藤が鋭く制止したが、焦った店員の手は既に強制終了のボタンを押してしまっていた。
 瞬間、筐体内で激しい火花が散り、スタティック・マイトが恐怖のあまり悲鳴のような放電を放つ。

「キィィィィン!」

「きゃっ!? ……待って、あの子、感電してパニックになってるんだわ! 佐藤さん、どうにかして助けられないですか!?」

 周囲の客が逃げ出し、火災報知器が鳴り響こうとする極限状態。
 佐藤は舌打ちをしながら、リュックから自作のモバイルバッテリーを取り出した。

「……陽菜。お前、あいつをなだめられるか?」

「えっ? はい、やってみます!」

「よし。俺がこのバッテリーの出力を調整して、あいつにとって『最高のご馳走』になる波形の電流を作る。……お前は、その電流であいつをこっちに誘き寄せろ。タイミングは一秒。外せば、このフロアのPCが全部死ぬぞ」

「了解です! ……よしよし、いい子。今、美味しいご飯を持ってくるからね」

 佐藤が超高速でタブレットを操作し、バッテリーの出力をカスタマイズする。彼の指先は、久我のいない場所でも完璧な「エンジニア」としての冷静さを保っていた。

「……今だ! 投げろ!」

 佐藤が放った特製パッチ済みのケーブルを、陽菜が正確なキャッチで受け取り、筐体の隙間に差し込む。
 次の瞬間、展示機を破壊せんばかりの勢いだった魔力が、掃除機に吸い込まれるようにバッテリーへと移動した。

「……キュウゥ?」

 お腹がいっぱいになり、落ち着きを取り戻した小さな魔物が、陽菜の手のひらの上のバッテリーにちょこんと乗って出てきた。

「……ふぅ。……死ぬかと思った」

 佐藤が額の汗を拭う。
 陽菜は、丸くなったスタティック・マイトを見て、満面の笑みを浮かべた。

「佐藤さん、すごいです! 一瞬で電気の味を変えちゃうなんて、やっぱり天才エンジニアですね!」

「……うるせえよ。お前のあの無鉄砲な突っ込みがなきゃ、間に合わなかった。……まぁ、少しは『足』として役に立つみたいだな、お前」

 佐藤は少しだけ顔を背けながら、ぶっきらぼうに言った。

「……えへへ。佐藤さんに褒められちゃった。……あ、でも佐藤さん。このバッテリー、もうパンパンですよ? これ、どうします?」

「……久我さんへのお土産だ。事務所の予備電源にでも使ってもらおうぜ」

---

 夕方。
 大量の荷物を抱えてプレハブに戻った二人は、久我に事の顛末を報告した。

「……なるほど。現場での即応判断、およびリソースの有効活用。佐藤君、陽菜さん。今回の対応は、弊社の業務規定における『緊急避難的措置』として高く評価します」

 久我は、佐藤が持ち帰った「魔力パンパンのバッテリー」を手に取り、満足げに頷いた。

「これだけの純粋な魔力があれば、事務所の電気代が三ヶ月分は浮く。……素晴らしい。経費削減への貢献を、査定に反映しておこう」

「あ、社長! コトさんの爪研ぎもちゃんと買ってきましたよ!」

 陽菜が差し出したのは、漆塗りのような光沢を放つ、最高級の縦型爪研ぎだ。
 ソファの上で、コトが満足げに鳴いた。

『ほう。ええ仕事してきたやないの。この艶、この手触り……まさに「祇園の夜」を思わせる逸品やわ。お二人さん、おおきに。久我はん、今夜は祝杯やね』

 久我は、コトの声を「新しい備品に満足しているようだ」と短く通訳した。

 佐藤は自分のデスクを整理し、陽菜は買ってきた棚を組み立て始める。
 少しだけ広くなったプレハブ事務所。
 久我、佐藤、陽菜、そしてクラとコト。
 それぞれが自分の役割を見つけ、この奇妙な共同体は、本物の「組織」へと変わり始めていた。

「……さて、佐藤君。そのバッテリーの電力を、サーバーに繋げなさい。……陽菜さんは、コトの爪研ぎを南側に設置。業務再開だ」

「「了解!!」」

 二人の元気な声が、新宿の夕闇に響いた。
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