現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜

ぱすた屋さん

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第2章

第42話:クイーンスライムの産後ケアと、増殖する問題

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 新宿・歌舞伎町の瓦礫に囲まれた「久我ソリューションズ」の事務所。
 先日の買い出しによって新調されたサーバーラックからは、佐藤の手による最適化によって静かな排気音が流れ、新しく運び込まれた漆塗りの爪研ぎでコトが熱心に「お勤め」に励んでいる。

 午前十時。久我良平は、完璧にプレスされたスーツの袖口を整え、万年筆のインク残量を確認していた。
 彼の前には、大戦を経て新宿の地下に再構築された魔物たちの「分布図」が広げられている。

「……久我さん。最近、地下三層エリアの魔力密度が異常に上がってますよ。昨日も陽菜がドローンで偵察してましたけど、物理的な『占有率』が限界に近い。このままだと、魔物同士の縄張り争い……っていうか、押し出し事故が起きますね」

 佐藤がモニターの一枚を久我の方に向けた。
 そこには、地下迷宮の特定区画が真っ赤に染まったサーモグラフィのような映像が映し出されている。

「原因は特定できているのかね、佐藤君」

「特定も何も、犯人は分かってますよ。……ほら、事務所の外。来客っす」

 佐藤が顎で入り口を指した。
 直後、プレハブの扉の外から「ボヨヨン……」という、重厚かつ粘性のある巨大な振動が伝わってきた。それと同時に、ドアの隙間から、美しいサファイアブルーの液体が侵入してくる。

「わあぁぁ! これ、クイーンスライムさんの粘液だ! こんにちはー! 今日もプルプルですね!」

 陽菜が、恐怖心など微塵も見せずに扉を開けた。
 そこには、プレハブの高さほどもある巨大な王冠を被ったスライム――以前久我が「苦情」を解決したVIP客、クイーンスライムが鎮座していた。

「ピギャァ……プルプルプル……」

 陽菜や佐藤には、涼やかな鈴の音のような、しかしどこか悲痛な鳴き声にしか聞こえない。
 だが、久我の耳には、その振動が明確な「ビジネス上の悲鳴」として翻訳されていた。

『久我はん、助けてやぁ……! うち、もう限界や。このままやと、うちら親子、新宿の地べたで寝なあかんようになるわ……!』

「コト。通訳は不要だ。……クイーンスライム殿、お久しぶりです。まずは落ち着いてください。貴女のその溢れ出た粘液で、当事務所の機密書類が汚損されるのは、本意ではありません」

 久我は、まるでクレーム対応のベテランSV(スーパーバイザー)のような落ち着きで立ち上がった。
 ソファで爪研ぎをしていたコトが、金時計を揺らしながら久我にだけ聞こえる声で囁く。

『ほう。こらまた、どえらい「多頭飼い」の悩みやねぇ。久我はん、昨晩観た「極道子連れ狼」でも、跡目争いより飯の種が一番の火種やったわ。クイーンはんの悩みは深いどすえ』

「黙っていろ、コト。……クイーンスライム殿。改めて伺います。貴女の現在の苦情内容は、『繁殖期による個体数増大に伴う、居住スペースの不足』。および、それに伴う『近隣区画の賃貸魔力料の高騰』。……この認識で間違いないでしょうか?」

「ピギュ、ピギュゥ……(その通りです、久我さん……!)」

 クイーンスライムは、その巨体を震わせて肯定した。
 彼女の話によれば、新宿ダンジョンの再建が進む一方で、安全な深層区画の不動産価格(魔力濃度による対価)が急上昇。そこへきて、彼女が一度に産み出した数百体の「チビスライム」たちの養育スペースが全く足りず、近隣のオークやゴブリンの集落からは「騒音と不法占拠」で毎日苦情を言われているのだという。

「……なるほど。魔物の世界にも、待機児童問題と地価高騰の波が押し寄せているわけだ」

 佐藤が頭を抱えた。
「久我さん、これって俺たちの管轄っすか? 不動産業者じゃないんすよ、うちは」

「佐藤君。魔物と人間が共生するためには、まず『住み分け』のルールを最適化しなければならない。……陽菜さん。貴女が昨日調査した、地下二層の『旧資材置き場』。あそこの環境はどうでしたか?」

「あ、はい! あそこは乾燥してるし、人間が全然近づかないからスライムさんたちには良さそうでしたけど……。でも、あそこはギルドの管轄で、許可がないと『不法占拠』になっちゃいますよね?」

 陽菜が、地図を指差しながら答える。
 久我は眼鏡を光らせ、手元のタブレットで「新宿ダンジョン管理条例」の裏ページ――彼が改正させた細則を開いた。

「『管理ギルドが放棄、あるいは維持を断念した区画において、公共の利益に資する場合、特定魔物による一時的な利用を認める』。……陽菜さん。彼らをそこへ誘導しなさい。ただし、単なる居住ではありません。私は彼女たちに、『労働による納税』を提案する」

「労働? スライムが、ですか?」

 佐藤が目を丸くする。
 久我は、クイーンスライムの核を真っ直ぐに見据えた。

「クイーンスライム殿。貴女の子供たちの中から、特に知能が高く、性質が安定している個体を数名、我が社の『出向社員』として雇用したい。対価として、貴女の一族に、地下二層の広大な区画の『永久居住権』と、ギルドからの不可侵条約を確約しましょう。……いかがですか?」

 クイーンスライムは、驚いたようにプルプルと震え、やがて歓喜の鳴き声を上げた。
 それは、彼女にとって「子供の自立」と「広大なマイホーム」を同時に手に入れる、最高の解決案だったからだ。

---

 数時間後。
 陽菜とクラに誘導され、何百体ものチビスライムたちが、歌歌歌町の地下二層へと大移動を開始した。
 陽菜は「みんな、こっちだよー! 迷子にならないでねー!」と、まるで幼稚園の先生のように引率している。

 そして、事務所に残された久我の前には、クイーンスライムが「最も優秀な一族の誇り」として差し出した、一体のスライムがいた。
 
 大きさはバレーボールほど。
 色は透き通るようなエメラルドグリーン。
 その個体は、久我の足元でピョコンとお辞儀をすると、自らの体を薄く広げ、床に落ちていた微細な埃を、一瞬で取り込んで消し去ってみせた。

「……ほう。吸着能力、および分解能力。掃除機よりも静かで、シュレッダーよりも完璧だ」

 久我が満足げに頷く。
 佐藤が、そのスライムを恐る恐るつついた。

「久我さん……こいつ、俺のPCの排気口のそばに置いてもいいっすか? 吸熱反応があるみたいだ。最高の水冷……じゃなくてスライム冷却システムになる」

「許可しよう。……陽菜さん、戻りましたか。紹介しましょう。今日から我が社の『清掃および環境維持担当』として合流する、新入社員です」

「わあああっ! 可愛い! ぷにぷにですね! ……えっと、お名前はどうしますか、社長?」

 陽菜が目を輝かせてスライムを抱き上げる。スライムは心地よさそうに陽菜の腕の中で形を変えた。
 久我は、少しだけ考え、書類にその名を記した。

「……名称は『スラ美』とする。事務的な管理上の理由だ」

「……久我さん。ネーミングセンス、死んでますよ。せめて『スラちゃん』とかでいいじゃないっすか」

 佐藤のツッコミが入るが、久我は譲らない。
 
『久我はん。うちの「若頭」として可愛がってあげるわ。……ほら、ええ返事せえよ』

 コトがソファから降りてくると、スラ美(仮)はプルプルと震え、コトの足元を丁寧に磨き始めた。
 どうやら、事務所の新しいマスコット……いや、極めて有能な「事務補助員」としての序列が決まったようだった。

「さて。結城さん、佐藤君。……新入社員の歓迎会と言いたいところだが、クイーンスライム殿の居住区移転に伴う『登記書類』が、まだ山のように残っている。……スラ美。貴女の初仕事だ。不要になった下書き書類を、一枚残らず処分(捕食)しなさい」

「プルッ!」

 新入社員の力強い返事と共に、久我ソリューションズにまた一つ、新しい「共生」の形が加わった。
 プレハブの事務所は、さらに賑やかさを増し、新宿の空へと事務的な希望の光を放ち続けている。
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