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第2章
第71話:魔導建築と、久我コンテナ・フォートレス
久我ソリューションズのプレハブ事務所は、深刻な『人口密度』の問題を抱えていた。
元々、社長である久我良平と、CTOの佐藤、そして現場調査員の結城陽菜の三人(と犬猫スライム)でさえ手狭だったのだ。
そこにコンプライアンス室長のエレナが加わり、さらに身長二メートルを超える巨大なガーゴイルの警備主任、ガルが常駐するようになったことで、物理的な限界(キャパシティ)は完全に崩壊していた。
「……久我さん。僕のマルチモニターの裏で、ガルが直立不動で立っていると、圧迫感でコードにバグが出そうです」
佐藤が死んだ魚のような目で抗議した。
「佐藤君。彼の存在感はセキュリティの要です。我慢しなさい」
久我が書類から目を離さずに答える。
「でも久我さん、エレナ室長の着替えスペースもないですし、クラちゃんが走り回る場所もありませんよ」
陽菜が申し訳なさそうに周囲を見渡す。
「キャン!(ボスの縄張りが狭すぎる! 俺が隣のビルをぶっ壊して広げてこようか!?)」
ケルベロスの幼体であるクラが、久我の足元で勇ましく吠えた。
「ニャ~オ(久我はん。ウチも昼寝するソファが手狭になってきたわ)」
ケットシーのコトが、エレナの膝の上で丸まりながら欠伸をする。
「皆さんの不満はもっともです。労働環境の悪化はパフォーマンスの低下に直結します。……ですから、本日付で当事務所の『増床工事』を実施します」
久我が手帳を閉じ、宣言した。
「増床? 引っ越しじゃなくてですか? まさか、空間拡張のハッキングをやれって言うんじゃないでしょうね。あれ、サーバーの負荷が跳ね上がるんですけど」
佐藤が露骨に嫌な顔をした。
「いいえ。コストとリスクを考慮し、今回は極めて『物理的』なアプローチを採用します」
久我が外へ出ると、そこには大型のユニック車が停まっており、荷台には赤錆だらけの中古輸送コンテナが三つ積まれていた。
「……久我さん、これは?」
エレナが真新しいスーツ姿で目を瞬かせる。
「訳あり物件として格安で買い叩いた中古コンテナです。これを現在のプレハブに結合させ、居住空間およびオフィス区画を拡張します」
「結合って……物理的に積み上げるだけですか? 耐震基準とか、建築基準法はどうなってるんですか!」
佐藤がツッコミを入れる。
「ご心配なく。我が社には、優秀な『建築資材』がありますから」
久我はアタッシュケースから、密閉されたガラス瓶を取り出した。
中には、セメント色をしたスライムのような泥状の魔物が蠢いている。
「ヤドモリ、と呼ばれる建築擬態性の低級魔物です。金属やコンクリートを捕食し、自らの体を結合材として再構築する性質を持っています」
「……そんなゲテモノを事務所の壁にする気ですか」
「コストパフォーマンスは最高ですよ。……ガル主任、配置をお願いします」
「……はっ。久我殿のご命令とあらば」
ガルが軽々と中古コンテナを持ち上げ、プレハブの横と二階部分にパズルのように積み上げていく。
その光景だけで、道行く人々が悲鳴を上げて逃げていくが、久我は気にも留めない。
コンテナの配置が終わると、久我はヤドモリの入った瓶の蓋を開け、プレハブとコンテナの接合部に中身をぶちまけた。
シュウゥゥゥ……!
ヤドモリは赤錆を食らいながら爆発的に増殖し、コンテナ同士の隙間を完全に塞ぎ、内部の隔壁を溶かしてシームレスな一つの空間を作り上げていく。
「うわっ……中が勝手に広くなってる……」
佐藤が呆然と呟く。
だが、久我の表情は真剣だった。
「ただし、ヤドモリだけでは強度が足りません。ダンジョン由来の魔力災害が起きれば、一溜まりもなく崩壊します。……そこで、ガル主任。あなたの出番です」
「わたし、ですか?」
「ええ。あなたの強靭な魔核(コア)から魔力パスを伸ばし、このヤドモリと『同調』してください。あなたがこの建物の『骨格』となり、魂を吹き込むのです」
ガルは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに深く頷いた。
「……承知いたしました。エレナ様と皆様の城、わたしが絶対の盾となりて守り抜きましょう」
ガルが壁に石の手を当て、目を閉じる。
ゴゴゴゴゴ……ッ!
青白い魔力の光がガルの腕から壁へと伝わり、ヤドモリの細胞一つ一つに強固な魔力コーティングを施していく。
外見はボロボロのコンテナとプレハブのツギハギ。
だが、その強度は最高ランクの魔導合金にも匹敵する、難攻不落の「要塞」へと変貌を遂げたのだ。
数十分後。
完成した新事務所の内部は、外見からは想像もつかないほど広く、そして快適な空間になっていた。
「すごい……! 私の個室があります! デスクもある!」
エレナが、コンプライアンス室長用の真新しいデスクに触れて感極まっている。
「ふふっ、良かったですね、エレナさん!」
結城陽菜も自分のロッカーが広くなったと喜んでいる。
「キャン!(ボス! 俺の走るスペースができたぞ! 最高だ!)」
クラが広くなった床を全力で走り回る。
「ニャ~オ(これなら、ウチも優雅にアフタヌーンティーが楽しめるわ)」
コトが真新しいキャットタワー(という名目の監視台)に飛び乗った。
「……まあ、サーバーの冷却効率も上がったし、文句はないですけど。……外から見たら、完全にスラム街の違法建築ですよ、これ」
佐藤がため息をつきながらも、ちゃっかりと最新の空調設備を自分のデスク周りに設定している。
「違法ではありません。登記上はあくまで『資材置き場』の特例を活用したグレーゾーンです」
久我は新しいコーヒーメーカーのスイッチを入れ、満足げに周囲を見渡した。
「ガル主任。建物の感覚はどうですか?」
「……素晴らしいです。壁の一枚一枚から、皆様の足音と体温が伝わってきます。虫一匹の侵入も許しません」
壁に同化するように立つガルが、誇らしげに答えた。
「結構。これで物理的な基盤は整いました」
久我は淹れたてのコーヒーを口に運び、鋭い視線を窓の外、新宿のビル群へと向けた。
「エレナ室長を奪われたギルド本部が、このまま黙っているはずがありません。……いつでも来なさい。この『久我コンテナ・フォートレス』が、彼らの不当な要求をすべて弾き返して見せましょう」
最強のメンバーに相応しい、難攻不落の拠点がここに完成した。
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