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第七話 ヴィラン
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「えーと……呼吸……ですか?」
「うん、龍使いは息吹……お師匠様も特殊な呼吸法を使って龍を操ると言っていた」
公園でジャージ姿の千景さんと向かい合って、格闘戦について型通りの動きを反復練習していく。
二ヶ月目……千景さんと組み打ちの練習を始めた僕は、一ヶ月前とは比べ物にならないほどすっきりとした気持ちでトレーニングを続けていた。
なぜこの時期から組み打ち訓練か、というと……僕はそれまでまともなヒーロー訓練などをしたことがなかったため、まずは下地を作ることとなり、一ヶ月はきっちりと基礎訓練から始めることになった……ある程度体が動くようになってから千景さんはお師匠様……先代の龍使いの武術、それを彼女は学んだと話し、それを教えてくれることになったのだ。
「正直言えば……アタシは龍使いのことをよく知らない、息吹とか使えないしね」
「え? ……それじゃ僕の才能を学ぶことができないのでは……」
「ストップ! 早とちりしない……お師匠様が使いこなした武術や格闘戦術をアタシは教えてもらっているから、それをキミに教える……その中でもしかしたら息吹の使用法のヒントがわかるかもしれないからね」
千景さんの動きに合わせながら……僕も彼女と同じ動きをなぞっていく……いきなり殴り合うのかと思ってたけど、千景さんの教え方は案外丁寧に動きをなぞるところからスタートしている。
その戦い方からめちゃくちゃ豪快なイメージが強いライトニングレディだが、本質的には恐ろしく繊細で、真面目な努力の積み重ねが如実に感じられて僕は少し意外な気分になっている。
「イメージと全然違いますね……もっとこう……」
「もっと適当で乱暴なイメージだったろ? アタシも先生やってるからな……流石にイメージ通りのキャラじゃやっていけねーんだよ、人を教えられて初めて一流……お師匠様も口酸っぱく言ってたわ」
千景さんの表情がほんの少しだけ曇るが、すぐに真顔に戻ると姿勢が少し乱れている僕の体を軽く叩く……あまり踏み込んじゃいけない部分なんだろう。
繰り返しの型を続けながら、そのあとはお互い黙々と体を動かしていく……時折僕の姿勢が違うらしく、軽く叩かれる……三〇分ほどそのまま静かに体を動かす時間が流れていく。
だが、千景さんは急に大きくハアッ! と息を吐き出すと手を振って型の訓練を止める。
「ダメだ、いまいち調子悪くてよ……集中力がもたねえ……少し休憩にしよう、コーヒー買ってきな」
「ああ……お師匠様のこと思い出すとダメだな……アタシ……もっと、もっと導いて欲しかったのに……」
水楢 千景は公園のベンチに体育座りで座りながら、顔を両膝の間に埋めている……油断すると涙がこぼれそうになるからだ。一七年前に憧れだった師匠と同じ龍使いを持つ少年を見つけた瞬間、正直驚いた。
見た目は全然違う、泣き虫だし第一印象は恐ろしく弱気な少年……だけど、その姿に昔の自分を重ねてみた時に、自分が師匠と同じように彼を導かねばならないと思った。
「狡いよ師匠……あの時さっさと死んじゃってさ……もっと頑張ってよ……」
指で軽く目を拭う……ダメだ、本当の自分……千裕と同じく泣き虫で、いつも下を向いていた頃の自分を思い出してしまう。
自信がなく、こんな才能なんかいらない、と泣いた自分を優しく抱き寄せて、泣き止むまでそっと頭を撫でてくれたお師匠様……今から考えると事案にしか思えないけど、それでも自分を再び立ち上がらせてくれた恩人でもあるのだ。
そのお師匠様と同じ才能を持った少年……どうして今までヒーローの情報網に引っ掛かることがなかったのか、それが一番疑問に感じる。
「千景さん、買ってきました~」
その時千裕の声が聞こえて、千景は慌ててベンチから立ち上がると軽くジャージの埃を祓う仕草をする……目は? ちゃんと涙拭えてる? 内心焦りながらも軽く身なりを確認して缶コーヒーを抱えて走ってくる千裕に軽く手を上げてから迎える。
笑顔で缶コーヒーを手渡してくる千裕……ああ、もうこの子をちゃんと育てないと、お師匠様に笑われてしまうわ……なんとなくあの時自分が師匠に笑顔を向けた時、あの人も同じような気持ちになったのかな? とホッとした気分になる。
だがその瞬間に微細な自分へと向けられた殺気を感じて、千裕を後ろに庇うように立つと茂みに向かって声をかける。
「……隠れてるつもりか? お前は誰だ」
「おや……見つかっちゃったのか……さすが超級ヒーロー、ライトニングレディですねえ」
ガサリ、という音と彼女自身の戦闘経験に裏打ちされた感覚が、殺気に近いものを感じて咄嗟に戦闘態勢を取らせる……茂みの中から紺色のコートに身を包み、少し猫背にも見える姿勢でゆっくりと歩み出てきた赤髪の人物……口元の空いた仮面をつけているその男が、まるで時代がかったような大袈裟な仕草で、千景へと頭を下げる。
「お初にお目にかかります、私ファイアスターターと申します……皆様の宿敵、ヴィランですよ」
「ファイアスターター? お前は確か放火殺人や傷害の罪で指名手配されてるやつだな……本名は忘れたが、アタシの前にノコノコ現れるたぁ、いい度胸してんじゃねえか。千裕、下がってろ」
ゴキゴキ、と軽く指を鳴らす千景、隣にいた千裕は彼女から離れていく……ファイアスターターは口元を歪ませるが、研ぎ澄まされた千景の感覚がその場にとどまっているとまずい、と警鐘を鳴らしたのを感じ、彼女は一気にフル加速して距離を取る。
それまで千景がいた空間に、まるで小さな爆発でも起きたかのように、数回拳大の爆発が巻き起こる……発火能力、ヴィラン名と同じ通り、視線の先にある空間へ炎を出現させる才能。
「あらぁ? 奇襲攻撃したつもりなのに、避けちゃうのか……さすが超級」
「あ、あぶねッ! ……こいつ、空間に火を放てるのか?!」
「ライトニングレディともあろうものが勉強不足ですねぇ! ちゃんとヴィランの才能……調べてますかぁ?!」
次々と空間に小爆発が起きていく……超加速はまだ一〇秒経過していない、千景は足に力をこめて一気にその空間から飛び出す。
ファイアスターターは口元を歪めると、体勢を低く保ったまま一気に前に出る……遠距離型のくせに前に出る気なのか? 千景の思考が一瞬混乱する……格闘戦においてライトニングレディはヒーローとしては飛び抜けた実力を持っている……単に殴る蹴るが強いわけではなく、格闘戦術のレベルが非常に高いことでも知られている。そのアタシに格闘戦を挑む……? 超級ヒーローとしてのプライドが彼女をヴィランへとまっすぐ突進させる。
「超級ナメてんのかぁああっ!」
「……いえいえ、これが勝ち筋でして……秘技、『暴風炎華』」
ニヤリと笑ったファイアースターターが怒りで直線的に動いた千景との中間地点に巨大な爆炎が巻き起こる……わざわざ小規模な爆発をこれみよがしに見せびらかしたのは、大きな爆発が出来ないと思わせるため。
爆発する火炎は人間であれば丸焦げになるレベルで、ヒーローと言えど無事では済まない……ファイアースターターは勝利を確信して小さく手を握る……超級ヒーローであるライトニングレディを殺したヴィランともなれば、裏の世界では引っ張りだこになる……ヒーローからの攻撃は激しくなるだろうが、その世界の組織などが重宝する人材となれるだろう。
だが、彼の背後からドスの聞いた女性の声が響き、ファイアスターターが慌てて距離を取る。
「一〇秒経過してたな……あと一瞬速けりゃぁ、アタシを殺したヴィランって宣伝できたな、若造……」
「うん、龍使いは息吹……お師匠様も特殊な呼吸法を使って龍を操ると言っていた」
公園でジャージ姿の千景さんと向かい合って、格闘戦について型通りの動きを反復練習していく。
二ヶ月目……千景さんと組み打ちの練習を始めた僕は、一ヶ月前とは比べ物にならないほどすっきりとした気持ちでトレーニングを続けていた。
なぜこの時期から組み打ち訓練か、というと……僕はそれまでまともなヒーロー訓練などをしたことがなかったため、まずは下地を作ることとなり、一ヶ月はきっちりと基礎訓練から始めることになった……ある程度体が動くようになってから千景さんはお師匠様……先代の龍使いの武術、それを彼女は学んだと話し、それを教えてくれることになったのだ。
「正直言えば……アタシは龍使いのことをよく知らない、息吹とか使えないしね」
「え? ……それじゃ僕の才能を学ぶことができないのでは……」
「ストップ! 早とちりしない……お師匠様が使いこなした武術や格闘戦術をアタシは教えてもらっているから、それをキミに教える……その中でもしかしたら息吹の使用法のヒントがわかるかもしれないからね」
千景さんの動きに合わせながら……僕も彼女と同じ動きをなぞっていく……いきなり殴り合うのかと思ってたけど、千景さんの教え方は案外丁寧に動きをなぞるところからスタートしている。
その戦い方からめちゃくちゃ豪快なイメージが強いライトニングレディだが、本質的には恐ろしく繊細で、真面目な努力の積み重ねが如実に感じられて僕は少し意外な気分になっている。
「イメージと全然違いますね……もっとこう……」
「もっと適当で乱暴なイメージだったろ? アタシも先生やってるからな……流石にイメージ通りのキャラじゃやっていけねーんだよ、人を教えられて初めて一流……お師匠様も口酸っぱく言ってたわ」
千景さんの表情がほんの少しだけ曇るが、すぐに真顔に戻ると姿勢が少し乱れている僕の体を軽く叩く……あまり踏み込んじゃいけない部分なんだろう。
繰り返しの型を続けながら、そのあとはお互い黙々と体を動かしていく……時折僕の姿勢が違うらしく、軽く叩かれる……三〇分ほどそのまま静かに体を動かす時間が流れていく。
だが、千景さんは急に大きくハアッ! と息を吐き出すと手を振って型の訓練を止める。
「ダメだ、いまいち調子悪くてよ……集中力がもたねえ……少し休憩にしよう、コーヒー買ってきな」
「ああ……お師匠様のこと思い出すとダメだな……アタシ……もっと、もっと導いて欲しかったのに……」
水楢 千景は公園のベンチに体育座りで座りながら、顔を両膝の間に埋めている……油断すると涙がこぼれそうになるからだ。一七年前に憧れだった師匠と同じ龍使いを持つ少年を見つけた瞬間、正直驚いた。
見た目は全然違う、泣き虫だし第一印象は恐ろしく弱気な少年……だけど、その姿に昔の自分を重ねてみた時に、自分が師匠と同じように彼を導かねばならないと思った。
「狡いよ師匠……あの時さっさと死んじゃってさ……もっと頑張ってよ……」
指で軽く目を拭う……ダメだ、本当の自分……千裕と同じく泣き虫で、いつも下を向いていた頃の自分を思い出してしまう。
自信がなく、こんな才能なんかいらない、と泣いた自分を優しく抱き寄せて、泣き止むまでそっと頭を撫でてくれたお師匠様……今から考えると事案にしか思えないけど、それでも自分を再び立ち上がらせてくれた恩人でもあるのだ。
そのお師匠様と同じ才能を持った少年……どうして今までヒーローの情報網に引っ掛かることがなかったのか、それが一番疑問に感じる。
「千景さん、買ってきました~」
その時千裕の声が聞こえて、千景は慌ててベンチから立ち上がると軽くジャージの埃を祓う仕草をする……目は? ちゃんと涙拭えてる? 内心焦りながらも軽く身なりを確認して缶コーヒーを抱えて走ってくる千裕に軽く手を上げてから迎える。
笑顔で缶コーヒーを手渡してくる千裕……ああ、もうこの子をちゃんと育てないと、お師匠様に笑われてしまうわ……なんとなくあの時自分が師匠に笑顔を向けた時、あの人も同じような気持ちになったのかな? とホッとした気分になる。
だがその瞬間に微細な自分へと向けられた殺気を感じて、千裕を後ろに庇うように立つと茂みに向かって声をかける。
「……隠れてるつもりか? お前は誰だ」
「おや……見つかっちゃったのか……さすが超級ヒーロー、ライトニングレディですねえ」
ガサリ、という音と彼女自身の戦闘経験に裏打ちされた感覚が、殺気に近いものを感じて咄嗟に戦闘態勢を取らせる……茂みの中から紺色のコートに身を包み、少し猫背にも見える姿勢でゆっくりと歩み出てきた赤髪の人物……口元の空いた仮面をつけているその男が、まるで時代がかったような大袈裟な仕草で、千景へと頭を下げる。
「お初にお目にかかります、私ファイアスターターと申します……皆様の宿敵、ヴィランですよ」
「ファイアスターター? お前は確か放火殺人や傷害の罪で指名手配されてるやつだな……本名は忘れたが、アタシの前にノコノコ現れるたぁ、いい度胸してんじゃねえか。千裕、下がってろ」
ゴキゴキ、と軽く指を鳴らす千景、隣にいた千裕は彼女から離れていく……ファイアスターターは口元を歪ませるが、研ぎ澄まされた千景の感覚がその場にとどまっているとまずい、と警鐘を鳴らしたのを感じ、彼女は一気にフル加速して距離を取る。
それまで千景がいた空間に、まるで小さな爆発でも起きたかのように、数回拳大の爆発が巻き起こる……発火能力、ヴィラン名と同じ通り、視線の先にある空間へ炎を出現させる才能。
「あらぁ? 奇襲攻撃したつもりなのに、避けちゃうのか……さすが超級」
「あ、あぶねッ! ……こいつ、空間に火を放てるのか?!」
「ライトニングレディともあろうものが勉強不足ですねぇ! ちゃんとヴィランの才能……調べてますかぁ?!」
次々と空間に小爆発が起きていく……超加速はまだ一〇秒経過していない、千景は足に力をこめて一気にその空間から飛び出す。
ファイアスターターは口元を歪めると、体勢を低く保ったまま一気に前に出る……遠距離型のくせに前に出る気なのか? 千景の思考が一瞬混乱する……格闘戦においてライトニングレディはヒーローとしては飛び抜けた実力を持っている……単に殴る蹴るが強いわけではなく、格闘戦術のレベルが非常に高いことでも知られている。そのアタシに格闘戦を挑む……? 超級ヒーローとしてのプライドが彼女をヴィランへとまっすぐ突進させる。
「超級ナメてんのかぁああっ!」
「……いえいえ、これが勝ち筋でして……秘技、『暴風炎華』」
ニヤリと笑ったファイアースターターが怒りで直線的に動いた千景との中間地点に巨大な爆炎が巻き起こる……わざわざ小規模な爆発をこれみよがしに見せびらかしたのは、大きな爆発が出来ないと思わせるため。
爆発する火炎は人間であれば丸焦げになるレベルで、ヒーローと言えど無事では済まない……ファイアースターターは勝利を確信して小さく手を握る……超級ヒーローであるライトニングレディを殺したヴィランともなれば、裏の世界では引っ張りだこになる……ヒーローからの攻撃は激しくなるだろうが、その世界の組織などが重宝する人材となれるだろう。
だが、彼の背後からドスの聞いた女性の声が響き、ファイアスターターが慌てて距離を取る。
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