もふっとにゃ!

蜜りんご

文字の大きさ
19 / 53
第2章 子ネコーと長老のお船休暇

第19話 東方のサムライ

しおりを挟む
 名は、カザン。
 大陸の東方にある島国、和国のサムライなのだという。
 キリリと涼やかな目元。しゃんと伸びた背筋。黒くて長い髪を、頭の上の方で一つに括っている。上下ともに、濃紺のスッキリとしたシルエットの服を着ていた。その上から、白い筋が混じった藍色の羽織を合わせている。
 カザンは、長老の孫ネコーで旅ネコーでもある、ソランのお友達だった。

 青猫号したの空き地で、ネコー御一行様をお見送りした後。
 長老のお茶にお呼ばれ宣言が終わってすぐに、カザンは空き地の周りを囲む木立から、音もなく姿を現した。いつからそこにいたのか分からないが、ネコーたちのお見送りが終わるのを待っていてくれたようだ。
 カザンは長老たちに朝の挨拶をすると、にゃんごろーに礼儀正しく自己紹介をしてくれた。つられて、にゃんごろーの背筋もピッとなる。
 
「おはよう、にゃんごろー。私はカザン。東にある和国という国のサムライだ」
「ニャ、ニャニャンしゃん。おはよーごにゃーましゅ。ネコーのこの、にゃんごろーれしゅ。よろしるるる、る!」
「うん。…………よろしる」

 張り切ってご挨拶をするにゃんごろーに、カザンは静かに落ち着いた口調で答えた。
 ネコーには、あまりいないタイプだった。
 にゃんごろーが、ペコリと下げた頭を上げて、にゃんごろーのお顔よりも遥かに高い所にあるカザンの顔を見上げると、カザンはほんの微かに笑みを浮かべている…………ように見えた。
 兎にも角にも、ちゃんとご挨拶が出来た、とにゃんごろーは安心した。けれど、長老が横やりを入れてきた。

「ニャニャンじゃなくて、カザンじゃぞ? 人の名前くらいは、さすがに、ちゃんと発音せんかい。もう赤ちゃんネコーじゃないんじゃぞー? 発声魔法くらい、ちゃんと使いこなさんとなー」
「にゃ!? うぐぐ。ニャ……ニャニャ、カニャンしゃ……あうう。カ、ジャン、しゃん」

 ネコーは魔法を使って、人間のように喋ることが出来る。にゃんごろーも落ち着いて魔法を使えば、まあまあそこそこに喋れるのだが、動揺したり、他のことに気を取られていると、ガタガタになるのだ。特に、美味しいものを食べている時は、目も当てられない有様だった。
 長老に煽られて、にゃんごろーは「ついさっき魔法修業宣言をしたばかりだし、ここは頑張らねば!」と張り切った。けれど、それがアダとなった。ちゃんとせねばと焦るあまり、かえって魔法が空回りしてしまったのだ。
 魔法をしくじったにゃんごろーは、さらに焦った。ちゃんと名前を呼んでもらえなかったカザンが、気を悪くしたらどうしよう、という不安が、尚更焦りを加速させたのだ。
 子ネコーが悪戦苦闘していると、サムライはフッと笑った。

「その方が呼びやすいなら、ニャニャンで構わない。いや、むしろその方が嬉しい」
「ふぇえ!? しょーなの?」
「甘やかさんで、ええぞー?」
「そういうわけではありません。その…………そうだ。常々、可愛らしいあだ名で呼ばれてみたいと思っていたのだ。だから、問題ない。よければ、長老殿も『ニャニャン』と呼んでください」
「あー、いや。わしは遠慮しておくわい。そんなん、呼ぶ方が、恥ずかしいわい」
「そうですか…………」

 子ネコーの不手際を怒ったりせず、優しく許してくれたサムライに、にゃんごろーは感激した。両方のお手々をお腹の前で広げたポーズで、キラキラとカザンを見上げる。
 カザンは、子ネコーを気遣ったわけではなく、どうやら本当にニャニャン呼びを喜んでいるようだった。サムライは、クールな表情の奥に若干の期待を込めて、長老にもニャニャン呼びを持ち掛けて、あっさりと断られた。お断りされたサムライの表情は、ほとんど動かなかったが、声の響きは、はっきりと沈んでいた。
 それを感じ取り、「これはいけない」とにゃんごろーはニャニャン呼びを宣言した。

「りゃ、りゃあ! にゃんごろーは、ニャニャンしゃんってよびゅね!」
「ああ、ありがとう」

 両方のお手々を「にゃー」と上げたにゃんごろーを、カザンは目を細めて見下ろした。サムライの視線は、持ち上げられてよく見えるようになった肉球や、子ネコーの小さなお顔やお耳を行ったり来たりしている。子ネコーに向かって伸ばしかけたカザンの手のひらが、直前で止まった。そのまま、にゃんごろーのお耳の上で、握ったり開いたりを繰り返している。

「ろーしちゃの?」
「いや、その…………」

 不思議に思ったにゃんごろーが、首を傾げながら訪ねると、カザンは動揺したように目を逸らした。「んんー?」と首を傾げたまま見上げていると、カザンは躊躇いながら、子ネコーに、こんなお願いをした。

「その、頭を撫でても、いいだろうか?」
「うん! いいよー! ん! ろーじょ!」

 子ネコーは喜んで、頭を「ん!」と差し出した。ナデナデされるのは、大好きだったからだ。
 子ネコーに三角お耳を向けられたカザンは、仄かに頬を紅潮させた。恐る恐る、子ネコーの小さくて、もふもふしている頭に手を載せる。白の混じった明るい茶色をそっと撫でてやると、子ネコーは嬉しそうに「にゃふにゃふ」笑った。
 一見クールなサムライの口元が、ゆっくりと綻んでいく。
 微笑ましく見守っていたお船の年寄り三人衆は、羨ましそうな顔をした後、次は我らの番とばかりに、しれっとちゃっかりカザンの後ろに並んだ。
 手をワキワキと動かして、来るナデナデに備えている。
 長老はひとり、苦笑を浮かべてその光景を眺めていた。

「仲良くなれそうで結構なことじゃが、あんまり仲良くなりすぎると、ソランがヤキモチを焼くかもしれんのー」

 胸元の白いモサモサを撫でながら、誰にも聞かれないようにこっそりと呟く。
 旅に出ている間に、親友と弟分ネコーが自分よりも仲良くなっていたら、孫ネコーが嫉妬するのではと心配しているわけではない。むしろ、そうなることを期待していた。
 その証拠に。

「それならそれで、面白いもんが見られそうじゃのー」

 お口の中だけで呟きを転がすと、長老はお空に向かって、ネコーの悪い顔でニャフッと笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】まもの牧場へようこそ!~転移先は魔物牧場でした ~-ドラゴンの子育てから始める異世界田舎暮らし-

いっぺいちゃん
ファンタジー
平凡なサラリーマン、相原正人が目を覚ましたのは、 見知らぬ草原に佇むひとつの牧場だった。 そこは、人に捨てられ、行き場を失った魔物の孤児たちが集う場所。 泣き虫の赤子ドラゴン「リュー」。 やんちゃなフェンリルの仔「ギン」。 臆病なユニコーンの仔「フィーネ」。 ぷるぷる働き者のスライム「モチョ」。 彼らを「処分すべき危険種」と呼ぶ声が、王都や冒険者から届く。 けれど正人は誓う。 ――この子たちは、ただの“危険”なんかじゃない。 ――ここは、家族の居場所だ。 癒やしのスキル【癒やしの手】を頼りに、 命を守り、日々を紡ぎ、 “人と魔物が共に生きる未来”を探していく。 ◇ 🐉 癒やしと涙と、もふもふと。 ――これは、小さな牧場から始まる大きな物語。 ――世界に抗いながら、共に暮らすことを選んだ者たちの、優しい日常譚。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

【完結】 メイドをお手つきにした夫に、「お前妻として、クビな」で実の子供と追い出され、婚約破棄です。

BBやっこ
恋愛
侯爵家で、当時の当主様から見出され婚約。結婚したメイヤー・クルール。子爵令嬢次女にしては、玉の輿だろう。まあ、肝心のお相手とは心が通ったことはなかったけど。 父親に決められた婚約者が気に入らない。その奔放な性格と評された男は、私と子供を追い出した! メイドに手を出す当主なんて、要らないですよ!

【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!

山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」 夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

嘘つきと呼ばれた精霊使いの私

ゆるぽ
ファンタジー
私の村には精霊の愛し子がいた、私にも精霊使いとしての才能があったのに誰も信じてくれなかった。愛し子についている精霊王さえも。真実を述べたのに信じてもらえず嘘つきと呼ばれた少女が幸せになるまでの物語。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

家族に捨てられたけど、もふもふ最強従魔に愛されました

朔夜
ファンタジー
この世界は「アステルシア」。 魔法と魔物、そして“従魔契約”という特殊な力が存在する世界。代々、強大な魔力と優れた従魔を持つ“英雄の血筋”。 でも、生まれたばかりの私は、そんな期待を知らず、ただ両親と兄姉の愛に包まれて育っていった。

処理中です...