48 / 53
第3章 子ネコーの朝活
第48話 子ネコーの朝活
しおりを挟む
カーテンの向こうから差し込んでくる明るい陽ざしを感じて、子ネコーはパカッと目を開けた。
ネコー用のカゴベッドの中でムクリと身を起こしと、シュバっと片手を上げた。寝起きなのに、バッチリ開いたお目目をキラキラわくわくと光らせながら、大きな声で威勢よく、朝のご挨拶をする。
「おはにょーごにゃーましゅ!」
「……ふごぉ~……」
けれど、返ってきたのは、隣のカゴベッドで気持ちよさそうに寝ている長老の鼾だけだった。
「ちょーろー、まら、ねちぇる……」
隣のカゴベッドを覗き込むと、長老の長くて真っ白なもふぁもふぁに包まれたお胸が、鼾に合わせて上下している。まだまだ、目覚めそうもない。
「きょーは、おふねの、けんらくきゃい……」
夢の中にいる長老のことは、そのまま、そっとしておくことにして、にゃんごろーはわくわくキラッとお目目を光らせて呟いた。それから、両方のお手々をお耳の前にのせて体を丸めると、カゴベッドの中で足をジタバタさせる。
「はぅぅう~。ちゃのしみしゅぎりゅぅうぅう~」
ひとしきり身悶えてから、にゃんごろーはピタッと動きを止めて、「にょし!」という掛け声とともにお顔を上げた。「おいしょ、おいしょ」とカゴベッドから這い出て、床へと降り立つ。
かなり騒々しくしていたのだが、長老は依然、夢の世界を楽しんでいるようだった。
長老のことは気にかけずに、にゃんごろーは、日差しが差し込むカーテンへと向かった。
通路への入り口と反対側の壁に掛けられた、真っ白いカーテン。
軽快な足取りで、トットコと歩いていき、カーテンの裾に向かって、背伸びしながらお手々を伸ばす。
にゃんごろーは、人間の大人の膝上くらいの大きさなので、そうしないとお手々が届かないのだ。
ギリギリ届いたカーテンの裾に可愛いピンクの肉球を添えて、にゃんごろーは魔法の力も使って、真ん中閉じのカーテンの右側をシャッと勢いよく開ける。
ネコーは猫に似た外見だけれど、二本足で歩き人の言葉を離すこともできる魔法の生き物だ。まだ子ネコーとはいえ、最近、めきめきと魔法が上達中のにゃんごろーには、これくらいは朝飯前だった。
続けて、左側のカーテンも開けて全開にすると、真ん丸お窓が飛び出してきた。
窓の外には、抜けるような青空が見える。
窓を開けられたら気持ちよさそうだけれど、生憎それは不可能だった。
にゃんごろーが子ネコーだから、ではない。
お船の窓は、そのほとんどが開けられない仕様になっているのだ。
今は、人間たちの住処として使われているお船だけれど、その昔は魔法の力で空を飛んでいたのだ。窓が開かないのは、安全のためなのだ。
そう言われても、子ネコーのにゃんごろーには、今一つピンと来なかったのだが、そこは長老が説明してくれた。
「子ネコーがいたずらして、お空を飛んでいる最中に窓から外に落っこちたら、文字通り“お空に行って”しまうからのぅ」
“お空に行く”とは、ネコーの言葉で、命を失うということだ。
それを聞いたにゃんごろーは、全身の毛をブルっと震わせながら長老のもふもふのお腹にしがみついた。
お空を落ちていく最中に、大きな鳥さんに捕まって、ごはんにされてしまう自分を想像してしまったのだ。にゃんごろーは、トリさんを食べるのは大好きだけれど、鳥さんに食べられるのはごめんだった。
お船の窓が開かないようになっていてよかった、と心の底から思った。
「んー、んん。ん~っっっ……」
にゃんごろーは、毛並みに光を浴びながら、大きく伸びをした。
白が混じった明るい茶色の毛並み。白が多めのお腹がグインと反り返る。
ほわほわした毛先の隙間を、光が通り抜けていった。
カーテンを開けたことで、お部屋の中はグンと明るくなっていた。そろそろ、長老も目を覚ますだろうかと、にゃんごろーは横目でチラッと様子を窺ってみる。残念ながら、長老のお目覚めは、まだ先のようだ。「ふごー、ふごー」をという、鼾交じりの寝息が聞こえてくるだけだ。
「まら、ねちぇる……。あーうー。ちょーろー、はにゃくー、おきちぇー」
にゃんごろーは腰をふりふりしながら、じだもだと両手を上下に忙しなく動かした。
長老が起きたからと言って、お船見学の時間が早まるわけではない。それは、分かっている。けれど、長老が起きて話し相手になってくれれば、少しは逸る気も紛れるかもしれないのだ。
「あ! しょだ!」
じっだもっだ、じっだもっだと、悶えているのか踊っているのか判別が難しい動きを披露した後、にゃんごろーは、はたと動きを止めて、小さなお顔を輝かせた。
いいことを思いついてしまったのだ。
クルリ、と方向転換した子ネコーは、小刻みなステップを踏みながら、部屋のドアへと向かった。
足取りに負けないくらい、心も躍っていた。
ドアの真ん前に辿り着くと、「はわっ」とお目目を煌めかせ、端っこの真ん中より少し下にある丸いスイッチを見上げる。ドアの開く方の端にあるスイッチにタッチすると、ドアが開いたり閉まったりするのだ。
お船に来てからは、ずっと誰かと一緒にいた。お部屋を出入りする時は、誰かがドアを開けてくれるので、にゃんごろーはついて行くだけだった。
下からその様子を見上げながら、一度、自分でドアを開けて、出たり入ったりしてみたいと思っていたのだ。
にゃんごろーは振り向いて、長老がまだ寝ていることを確認した。
問題は、なさそうだった。
さっきまでは、早く起きないかとソワソワしていたのに、今はもう少し、ひとりの時間を楽しみたかった。
なんとなく、ひとりで冒険をしているかのような気分なのだ。
にゃんごろーは、胸の前で両方の拳をぐっと握りしめ、「むふっ」とやる気のこもった鼻息を吐き出した。それから、キラギラっと瞳を光らせて、「ちょうっ!」とジャンプをしながら、右のお手々をスイッチに向けて思い切り伸ばす。
肉球の先が、ギリギリ、スイッチに届いた。
着陸と同時に、ドアがシュインと開く。
「やっちゃ! れきた!」
子ネコーは、長老を起こさないように、小声で叫ぶという、器用な芸当を披露した。
ひとりで、自分の力で、ドアを開けた。
――たった、それだけのことで。
子ネコーの小さなお胸は、ドキドキと高鳴っていた。
もちろん、これで終わりにするつもりはなかった。
開けたドアから、お部屋の外へ出て。また中に入ってドアを閉めて。
そこで初めて、子ネコーの小さな遠足は完了するのだ。
するのだが――。
最初は、それだけで。
早朝の小さな冒険は、終りにするつもりだった。
けれど。
ここで終わりにしてしまうのは、なんだかもったいない。
もう少し、この高揚感を味わいたい。
子ネコーの小さな胸の中には、今。
新たな野望が、生まれていた。
このまま、にゃんごろーひとりで。
お船の中を探検してみたら――――?
「は、はわわわわわわ~~」
ひとりで勇ましくお船の中を探検して回る自分の姿を想像するだけで、子ネコーの小さな胸は激しく高鳴った。
暴れるお胸を鎮めなければと、にゃんごろーはピンクの肉球で、お胸の周りの毛をわしゃわしゃとかき回す。
わざわざ、ひとりで探検に行かなくても、もう少し待てばお船見学会が始まるのだが。
でも、そういうことではないのだ。おとなたちに案内してもらうのではなくて、ひとりで探検してみたい。冒険してみたい、のだ。
ドライヤー魔法を褒められたことや、ひとりでお部屋のドアを開けられたことが、自信に繋がっていた。
その自信が、子ネコーの眠れる冒険心を揺すぶり起こしたようだ。
先日、ネコーの住処で大事件が起こった時に、ひとりで森を抜けて、お船まで助けを呼びに行ったことも、子ネコーの背中を後押ししていた。
それについては、実際には。途中で転んでミルゥに助けられ、そのまま抱きかかえられてお船まで連れて行かれたので、にゃんごろーひとりで成し遂げたわけではないのだが。それでも、森の半分くらいまでは、一人で進んだのだ。森へ一歩踏み出すのも、ようやくだったにゃんごろーにとっては、大快挙と言ってよかった。
ちなみに、この森への子ネコー的大進撃は、にゃんごろーにとっては“お使い”であって、冒険にはカウントされていない。
第一、 それは。
にゃんごろーが、自主的に行ったことではなかった。
ネコーの森のピンチだったから。
長老に頼まれたから。
長老にお願いされて、長老を助けるために。
本当はやりたくなかったけれど、長老に説得されて。
食い意地をコントロールされたりもして。
ようやく、なけなしの勇気を振り絞ったのだ。
長老が、獣除けの魔法をかけてくれたおかげもあった。
にゃんごろーは、慎重なところのある子ネコーだった。
これまで、自分から冒険しようなどと思ったことはない。
いつか、美味しいものを巡って世界中を旅してみたいな、などと夢想したりはする。
でも、それは、大人になってからの話だ。
いつか、一人前のネコーになってから、の話だった。
一人で森を冒険するなんて、とんでもないことだと思っていた。
森には、子ネコーを捕まえて食べてしまう、危険な獣がいるからだ。長老からも、「絶対に一人で森に入ってはいけない」と言われていた。
それに。
にゃんごろーには、おとなたちの言いつけを破って、ひとりで森へ冒険に出かけ、獣に食べられてしまった兄弟がいたのだ。
それは、とても恐ろしくて悲しい事件だった。
そのせいもあって、にゃんごろーは子ネコーの割には、慎重だった。臆病……と言うものもいるかもしれないが、本ネコーは「慎重なだけ」と言い張っている。
探検してみよう!――なんて思うようになった、今でも、やっぱり。
一人で森へ行って来いと言われたら、きっと怖気づいてしまうだろう。
あの時のように、獣除けの魔法をかけてもらったとしても、好奇心よりも心細さや獣への恐怖心の方が勝ってしまっただろう。
でも、ここは森ではない。
人間たちの暮らす、安全なお船だ。
お船で出会った人たちは、みんな、いい人ばかりだった。
お船の中なら、危険なことは、何も起こらないはずだった。
そう信じる思いが背中を押して、悲しい事件により封印されていた子ネコーの好奇心が、ひょいと頭をもたげてきたのだ。
――ここでなら、にゃんごろーひとりでも、冒険が出来るかもしれない。
――ここでなら、安全に冒険が出来るに違いない。
にゃんごろーが恐れているのは、危険な獣に食べられてしまうことであって、冒険そのものではないのだ。
『ひとりで出来る、安全な冒険』
それは、慎重派の子ネコーにとって、心をくすぐる魅惑のフレーズだった。
長老が、それを聞いたら、「安全な冒険とは、なんじゃらほい?」と呆れて、水を差したに違いない。
けれど、余計なことを言う長老は、今。
お部屋のカゴベッドの中で、ぐっすりとお休み中だ。
邪魔をする者は、いない。
ツッコミを入れる者も、いない。
長老の目を盗んでの、初めての安全な冒険。
そんな期待に、激しく心を躍らせて――。
にゃんごろーは、すでに何度か通っていて、もはや初めてでも何でもない通路の向こうへと。
まるで、新天地に初めて降り立つ冒険者の気分で、胸をときめかせながら。
小さなお顔を、そっと覗かせるのだった。
ネコー用のカゴベッドの中でムクリと身を起こしと、シュバっと片手を上げた。寝起きなのに、バッチリ開いたお目目をキラキラわくわくと光らせながら、大きな声で威勢よく、朝のご挨拶をする。
「おはにょーごにゃーましゅ!」
「……ふごぉ~……」
けれど、返ってきたのは、隣のカゴベッドで気持ちよさそうに寝ている長老の鼾だけだった。
「ちょーろー、まら、ねちぇる……」
隣のカゴベッドを覗き込むと、長老の長くて真っ白なもふぁもふぁに包まれたお胸が、鼾に合わせて上下している。まだまだ、目覚めそうもない。
「きょーは、おふねの、けんらくきゃい……」
夢の中にいる長老のことは、そのまま、そっとしておくことにして、にゃんごろーはわくわくキラッとお目目を光らせて呟いた。それから、両方のお手々をお耳の前にのせて体を丸めると、カゴベッドの中で足をジタバタさせる。
「はぅぅう~。ちゃのしみしゅぎりゅぅうぅう~」
ひとしきり身悶えてから、にゃんごろーはピタッと動きを止めて、「にょし!」という掛け声とともにお顔を上げた。「おいしょ、おいしょ」とカゴベッドから這い出て、床へと降り立つ。
かなり騒々しくしていたのだが、長老は依然、夢の世界を楽しんでいるようだった。
長老のことは気にかけずに、にゃんごろーは、日差しが差し込むカーテンへと向かった。
通路への入り口と反対側の壁に掛けられた、真っ白いカーテン。
軽快な足取りで、トットコと歩いていき、カーテンの裾に向かって、背伸びしながらお手々を伸ばす。
にゃんごろーは、人間の大人の膝上くらいの大きさなので、そうしないとお手々が届かないのだ。
ギリギリ届いたカーテンの裾に可愛いピンクの肉球を添えて、にゃんごろーは魔法の力も使って、真ん中閉じのカーテンの右側をシャッと勢いよく開ける。
ネコーは猫に似た外見だけれど、二本足で歩き人の言葉を離すこともできる魔法の生き物だ。まだ子ネコーとはいえ、最近、めきめきと魔法が上達中のにゃんごろーには、これくらいは朝飯前だった。
続けて、左側のカーテンも開けて全開にすると、真ん丸お窓が飛び出してきた。
窓の外には、抜けるような青空が見える。
窓を開けられたら気持ちよさそうだけれど、生憎それは不可能だった。
にゃんごろーが子ネコーだから、ではない。
お船の窓は、そのほとんどが開けられない仕様になっているのだ。
今は、人間たちの住処として使われているお船だけれど、その昔は魔法の力で空を飛んでいたのだ。窓が開かないのは、安全のためなのだ。
そう言われても、子ネコーのにゃんごろーには、今一つピンと来なかったのだが、そこは長老が説明してくれた。
「子ネコーがいたずらして、お空を飛んでいる最中に窓から外に落っこちたら、文字通り“お空に行って”しまうからのぅ」
“お空に行く”とは、ネコーの言葉で、命を失うということだ。
それを聞いたにゃんごろーは、全身の毛をブルっと震わせながら長老のもふもふのお腹にしがみついた。
お空を落ちていく最中に、大きな鳥さんに捕まって、ごはんにされてしまう自分を想像してしまったのだ。にゃんごろーは、トリさんを食べるのは大好きだけれど、鳥さんに食べられるのはごめんだった。
お船の窓が開かないようになっていてよかった、と心の底から思った。
「んー、んん。ん~っっっ……」
にゃんごろーは、毛並みに光を浴びながら、大きく伸びをした。
白が混じった明るい茶色の毛並み。白が多めのお腹がグインと反り返る。
ほわほわした毛先の隙間を、光が通り抜けていった。
カーテンを開けたことで、お部屋の中はグンと明るくなっていた。そろそろ、長老も目を覚ますだろうかと、にゃんごろーは横目でチラッと様子を窺ってみる。残念ながら、長老のお目覚めは、まだ先のようだ。「ふごー、ふごー」をという、鼾交じりの寝息が聞こえてくるだけだ。
「まら、ねちぇる……。あーうー。ちょーろー、はにゃくー、おきちぇー」
にゃんごろーは腰をふりふりしながら、じだもだと両手を上下に忙しなく動かした。
長老が起きたからと言って、お船見学の時間が早まるわけではない。それは、分かっている。けれど、長老が起きて話し相手になってくれれば、少しは逸る気も紛れるかもしれないのだ。
「あ! しょだ!」
じっだもっだ、じっだもっだと、悶えているのか踊っているのか判別が難しい動きを披露した後、にゃんごろーは、はたと動きを止めて、小さなお顔を輝かせた。
いいことを思いついてしまったのだ。
クルリ、と方向転換した子ネコーは、小刻みなステップを踏みながら、部屋のドアへと向かった。
足取りに負けないくらい、心も躍っていた。
ドアの真ん前に辿り着くと、「はわっ」とお目目を煌めかせ、端っこの真ん中より少し下にある丸いスイッチを見上げる。ドアの開く方の端にあるスイッチにタッチすると、ドアが開いたり閉まったりするのだ。
お船に来てからは、ずっと誰かと一緒にいた。お部屋を出入りする時は、誰かがドアを開けてくれるので、にゃんごろーはついて行くだけだった。
下からその様子を見上げながら、一度、自分でドアを開けて、出たり入ったりしてみたいと思っていたのだ。
にゃんごろーは振り向いて、長老がまだ寝ていることを確認した。
問題は、なさそうだった。
さっきまでは、早く起きないかとソワソワしていたのに、今はもう少し、ひとりの時間を楽しみたかった。
なんとなく、ひとりで冒険をしているかのような気分なのだ。
にゃんごろーは、胸の前で両方の拳をぐっと握りしめ、「むふっ」とやる気のこもった鼻息を吐き出した。それから、キラギラっと瞳を光らせて、「ちょうっ!」とジャンプをしながら、右のお手々をスイッチに向けて思い切り伸ばす。
肉球の先が、ギリギリ、スイッチに届いた。
着陸と同時に、ドアがシュインと開く。
「やっちゃ! れきた!」
子ネコーは、長老を起こさないように、小声で叫ぶという、器用な芸当を披露した。
ひとりで、自分の力で、ドアを開けた。
――たった、それだけのことで。
子ネコーの小さなお胸は、ドキドキと高鳴っていた。
もちろん、これで終わりにするつもりはなかった。
開けたドアから、お部屋の外へ出て。また中に入ってドアを閉めて。
そこで初めて、子ネコーの小さな遠足は完了するのだ。
するのだが――。
最初は、それだけで。
早朝の小さな冒険は、終りにするつもりだった。
けれど。
ここで終わりにしてしまうのは、なんだかもったいない。
もう少し、この高揚感を味わいたい。
子ネコーの小さな胸の中には、今。
新たな野望が、生まれていた。
このまま、にゃんごろーひとりで。
お船の中を探検してみたら――――?
「は、はわわわわわわ~~」
ひとりで勇ましくお船の中を探検して回る自分の姿を想像するだけで、子ネコーの小さな胸は激しく高鳴った。
暴れるお胸を鎮めなければと、にゃんごろーはピンクの肉球で、お胸の周りの毛をわしゃわしゃとかき回す。
わざわざ、ひとりで探検に行かなくても、もう少し待てばお船見学会が始まるのだが。
でも、そういうことではないのだ。おとなたちに案内してもらうのではなくて、ひとりで探検してみたい。冒険してみたい、のだ。
ドライヤー魔法を褒められたことや、ひとりでお部屋のドアを開けられたことが、自信に繋がっていた。
その自信が、子ネコーの眠れる冒険心を揺すぶり起こしたようだ。
先日、ネコーの住処で大事件が起こった時に、ひとりで森を抜けて、お船まで助けを呼びに行ったことも、子ネコーの背中を後押ししていた。
それについては、実際には。途中で転んでミルゥに助けられ、そのまま抱きかかえられてお船まで連れて行かれたので、にゃんごろーひとりで成し遂げたわけではないのだが。それでも、森の半分くらいまでは、一人で進んだのだ。森へ一歩踏み出すのも、ようやくだったにゃんごろーにとっては、大快挙と言ってよかった。
ちなみに、この森への子ネコー的大進撃は、にゃんごろーにとっては“お使い”であって、冒険にはカウントされていない。
第一、 それは。
にゃんごろーが、自主的に行ったことではなかった。
ネコーの森のピンチだったから。
長老に頼まれたから。
長老にお願いされて、長老を助けるために。
本当はやりたくなかったけれど、長老に説得されて。
食い意地をコントロールされたりもして。
ようやく、なけなしの勇気を振り絞ったのだ。
長老が、獣除けの魔法をかけてくれたおかげもあった。
にゃんごろーは、慎重なところのある子ネコーだった。
これまで、自分から冒険しようなどと思ったことはない。
いつか、美味しいものを巡って世界中を旅してみたいな、などと夢想したりはする。
でも、それは、大人になってからの話だ。
いつか、一人前のネコーになってから、の話だった。
一人で森を冒険するなんて、とんでもないことだと思っていた。
森には、子ネコーを捕まえて食べてしまう、危険な獣がいるからだ。長老からも、「絶対に一人で森に入ってはいけない」と言われていた。
それに。
にゃんごろーには、おとなたちの言いつけを破って、ひとりで森へ冒険に出かけ、獣に食べられてしまった兄弟がいたのだ。
それは、とても恐ろしくて悲しい事件だった。
そのせいもあって、にゃんごろーは子ネコーの割には、慎重だった。臆病……と言うものもいるかもしれないが、本ネコーは「慎重なだけ」と言い張っている。
探検してみよう!――なんて思うようになった、今でも、やっぱり。
一人で森へ行って来いと言われたら、きっと怖気づいてしまうだろう。
あの時のように、獣除けの魔法をかけてもらったとしても、好奇心よりも心細さや獣への恐怖心の方が勝ってしまっただろう。
でも、ここは森ではない。
人間たちの暮らす、安全なお船だ。
お船で出会った人たちは、みんな、いい人ばかりだった。
お船の中なら、危険なことは、何も起こらないはずだった。
そう信じる思いが背中を押して、悲しい事件により封印されていた子ネコーの好奇心が、ひょいと頭をもたげてきたのだ。
――ここでなら、にゃんごろーひとりでも、冒険が出来るかもしれない。
――ここでなら、安全に冒険が出来るに違いない。
にゃんごろーが恐れているのは、危険な獣に食べられてしまうことであって、冒険そのものではないのだ。
『ひとりで出来る、安全な冒険』
それは、慎重派の子ネコーにとって、心をくすぐる魅惑のフレーズだった。
長老が、それを聞いたら、「安全な冒険とは、なんじゃらほい?」と呆れて、水を差したに違いない。
けれど、余計なことを言う長老は、今。
お部屋のカゴベッドの中で、ぐっすりとお休み中だ。
邪魔をする者は、いない。
ツッコミを入れる者も、いない。
長老の目を盗んでの、初めての安全な冒険。
そんな期待に、激しく心を躍らせて――。
にゃんごろーは、すでに何度か通っていて、もはや初めてでも何でもない通路の向こうへと。
まるで、新天地に初めて降り立つ冒険者の気分で、胸をときめかせながら。
小さなお顔を、そっと覗かせるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】まもの牧場へようこそ!~転移先は魔物牧場でした ~-ドラゴンの子育てから始める異世界田舎暮らし-
いっぺいちゃん
ファンタジー
平凡なサラリーマン、相原正人が目を覚ましたのは、
見知らぬ草原に佇むひとつの牧場だった。
そこは、人に捨てられ、行き場を失った魔物の孤児たちが集う場所。
泣き虫の赤子ドラゴン「リュー」。
やんちゃなフェンリルの仔「ギン」。
臆病なユニコーンの仔「フィーネ」。
ぷるぷる働き者のスライム「モチョ」。
彼らを「処分すべき危険種」と呼ぶ声が、王都や冒険者から届く。
けれど正人は誓う。
――この子たちは、ただの“危険”なんかじゃない。
――ここは、家族の居場所だ。
癒やしのスキル【癒やしの手】を頼りに、
命を守り、日々を紡ぎ、
“人と魔物が共に生きる未来”を探していく。
◇
🐉 癒やしと涙と、もふもふと。
――これは、小さな牧場から始まる大きな物語。
――世界に抗いながら、共に暮らすことを選んだ者たちの、優しい日常譚。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
【完結】 メイドをお手つきにした夫に、「お前妻として、クビな」で実の子供と追い出され、婚約破棄です。
BBやっこ
恋愛
侯爵家で、当時の当主様から見出され婚約。結婚したメイヤー・クルール。子爵令嬢次女にしては、玉の輿だろう。まあ、肝心のお相手とは心が通ったことはなかったけど。
父親に決められた婚約者が気に入らない。その奔放な性格と評された男は、私と子供を追い出した!
メイドに手を出す当主なんて、要らないですよ!
【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!
山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」
夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。
【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~
山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」
母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。
愛人宅に住み屋敷に帰らない父。
生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。
私には母の言葉が理解出来なかった。
嘘つきと呼ばれた精霊使いの私
ゆるぽ
ファンタジー
私の村には精霊の愛し子がいた、私にも精霊使いとしての才能があったのに誰も信じてくれなかった。愛し子についている精霊王さえも。真実を述べたのに信じてもらえず嘘つきと呼ばれた少女が幸せになるまでの物語。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
家族に捨てられたけど、もふもふ最強従魔に愛されました
朔夜
ファンタジー
この世界は「アステルシア」。
魔法と魔物、そして“従魔契約”という特殊な力が存在する世界。代々、強大な魔力と優れた従魔を持つ“英雄の血筋”。
でも、生まれたばかりの私は、そんな期待を知らず、ただ両親と兄姉の愛に包まれて育っていった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる