もふっとにゃ!

蜜りんご

文字の大きさ
51 / 53
第3章 子ネコーの朝活

第51話 子ネコーのめーげん

しおりを挟む
「は、はわわわわ…………! ひらいちゃ!」

 自分で呼び出しておきながら、なぜか動揺して、胸の中の太鼓叩きマスターのリズムに合わせてその場で足踏みを始めるにゃんごろー。

「は! しょだ! いしょがないと、しまっちゃうんらった!」

 うっかりそのまま踊り出しそうになったけれど、大事なことを思い出して、足踏みは即終了した。
 エレベーターを使った時のみんなの会話から、扉を閉めるためのボタンを押さなくても、一定の時間が経てば自然に扉が閉まるということを、ちゃんと学習していたのだ。まあ、閉まったら閉まったで、また開ければいいのだが、ここはとても大事な場面なのだ。まごまごしている内に扉が閉まって、もう一度、最初からやり直す羽目になるなんて、格好がつかない。
 せっかくの、初めての大冒険なのだ。
 最初から最後まで、スマートに、スムーズにいきたいのだ。
 もうすでに、スマートでもスムーズでもなくなっているとは、子ネコーは思っていなかった。子ネコーの記憶の中では、怯まず、躊躇わず、勇敢に、ここまでやって来たことになっているのだ。

「にょ、にょし! いきょう!」

 最後まで、カッコよくやり遂げよう!
 そう自分に言い聞かせて、キリッとお顔を引き締めた……までは良かったのだが。

 キュルキュルキュル~~。

 箱の中へ進もうと足を上げる前に、可愛い音が鳴り響いた。
 空腹をお知らせする、子ネコーのお腹の音だ。
 にゃんごろーは、キリッとしたお顔のまま、自分のお腹を見下ろし、それからまた、箱の中へと視線を戻す。
 箱の中は、薄い水色の壁紙に真っ白い雲がいくつも描かれた、お空模様になっている。
 チロン、とまた可愛らしい音がした。
 一拍置いて、お空は白い扉の向こうへ消えてしまった。
 時間切れだ。
 とはいえ、またスイッチを押しさえすれば、何度でも扉は開く。
 冒険への道が、閉ざされてしまったわけではない。
 ――わけではないが。
 にゃんごろーは、今度はエレベーターのスイッチと自分のお腹を交互に見比べる。
 それから、腕組みをして「うーん」と考え込む。
 子ネコーの可愛い考え事が、お口から零れ落ちてきた。

「ぼうけんにむちゅーになっちぇ、あしゃごはんにおくれちゃっちゃら、いけにゃいよね……? もし、おくれちゃら……ちょーろーが、にゃんごろーのぶんまれ、たべちゃうきゃもしれにゃい……!」

 大変なことを思いついてしまい、腕組みを解いて、ハッとお顔を上げるにゃんごろー。
 長老ならやりかねない!――とにゃんごろーは、不安になった。
 いくら長老でも、さすがに育ち盛りの子ネコーの朝ごはんを取り上げたりはしないはずだ。たぶん、おそらくは。それに、もし長老がそのような蛮行を企てようとしても、ナナばーばあたりが許さないだろう。
 そのはずなのだが、そこまでは考えが及ばない。
 一度不安になると、もうそのことが頭から離れない。

 お船で食べるごはんを、にゃんごろーは何よりも楽しみにしているのだ。
 これは、子ネコーにとって、とても重大な問題だった。

 にゃんごろーは、再び腕組みをした。
 朝ごはんを食べられないかもしれない、という不安から、あの高揚感は何処かへ消え去っていた。太鼓叩きマスターも、にゃんごろーの中からお暇してしまったようだ。
 そのおかげもあってか、少し冷静になってきた。
 冷静になった頭で、この問題に真剣に取り組む。

 お腹は空いている。
 けれど、我慢できないほどではない。
 それに、冒険への好奇心が完全に消えたわけでもない。
 朝ごはんまでは、まだまだ時間があるはずだ。
 もう一度、エレベーターのドアを開けて、サンルームまで行って、ちょっと覗いて帰って来るぐらいの時間は、余裕である。
 これまで通り、何事もなくスムーズに事が進めば(――と、子ネコーは思っている)、問題なく朝ごはんの時間までに、ちゃんと帰って来られるはずだ。
 せっかく、ひとりでここまでやって来たのだ。
 冒険の大成功まで、あともうほんの一歩なのだ。
 ここで諦めてしまうのは、あまりにも惜しすぎる。
 明日も、にゃんごろーだけが早起きできるとは限らない。明日はお寝坊してしまうかもしれないし、長老やじーじたちの方が早く起きてしまうかもしれないのだ。
 ここで諦めたら、次の冒険のチャンスがやって来る前に、『カザンと一緒にサンルームでおやつ』イベントが発生してしまうかもしれなかった。
 そうなったら、長老とカザンのふたりをびっくりさせて褒めてもらうという、あの素敵な妄想は、本当にただの妄想で終わってしまう。
 冒険を成功させるまでは、カザンからのお誘いをお断りする――などという発想は最初からない。おやつのお誘いを断るなんて、有り得ないからだ。
 難しいお顔をして、「ムムム」と唸り声を上げるにゃんごろー。
 早くしろと急かすように、またお腹が「キュルキュル」と鳴った。

「……………………」

 にゃんごろーは、心を決めた。
 冒険にも興味はある。
 けれど、やはり。
 朝ごはんに勝るものはない。

「ぼーけんにむちゅーににゃって、あしゃごはんにおくれちゃら、いけにゃいもんね。うん。ぼーけんは、また、こんろにしよう」

 それが、子ネコーの下した結論だった。
 自分の発言に、子ネコーは、うんうんと頷いている。
 食いしん坊の子ネコーにとって、冒険よりも朝ごはんのほうが、ずっとずっと大事なのだ。
 子ネコーが姿を消したとなれば、みんな必死で探すだろうし、見つかれば少しお説教はされるだろうが、時間が遅くなったとしても、ちゃんと朝ごはんは食べさせてもらえるはずだった。長老もお船のみんなも、子ネコーの朝ごはんを抜きにしたりしないのだが。
 それでも、子ネコーは心配なのだ。
 食いしん坊であるが故に、お船でのごはんを何よりも楽しみにしているが故に、それが食べられなくなるかもしれない危険を、ほんの少しでも冒したくない。
 にゃんごろーは、何が一番自分にとって大事なのかを、見誤らなかった。
 だから、にゃんごろーは、選んだ。
 長老とカザンをびっくりさせて褒めてもらうことよりも、確実に朝ごはんを食べることが出来る道を、選んだのだ。
 この判断に間違いはないと、子ネコーは自信をもって「うん!」と大きく頷いた。
 それから、子ネコーは――。
 カッと目を見開くと、拳を突き上げて断言する。

「ぼーきぇんは、ごひゃんのあとれ! あんじぇんに!」

 ――冒険は、ごはんの後で! 安全に!

 そんな迷言が、誰もいない通路を飛び跳ねていく。
 長老が聞いたら、さぞや呆れたことだろう。
 けれど、今ここには、長老はいない。
 にゃんごろーは、「いいことを言った」というお顔で両手を腰に当て、むふん、と胸を反らす。

 こうして、波乱に満ちる予定だった子ネコーの大冒険は、何事もなく安全に、ひとまずの終わりを告げるのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】まもの牧場へようこそ!~転移先は魔物牧場でした ~-ドラゴンの子育てから始める異世界田舎暮らし-

いっぺいちゃん
ファンタジー
平凡なサラリーマン、相原正人が目を覚ましたのは、 見知らぬ草原に佇むひとつの牧場だった。 そこは、人に捨てられ、行き場を失った魔物の孤児たちが集う場所。 泣き虫の赤子ドラゴン「リュー」。 やんちゃなフェンリルの仔「ギン」。 臆病なユニコーンの仔「フィーネ」。 ぷるぷる働き者のスライム「モチョ」。 彼らを「処分すべき危険種」と呼ぶ声が、王都や冒険者から届く。 けれど正人は誓う。 ――この子たちは、ただの“危険”なんかじゃない。 ――ここは、家族の居場所だ。 癒やしのスキル【癒やしの手】を頼りに、 命を守り、日々を紡ぎ、 “人と魔物が共に生きる未来”を探していく。 ◇ 🐉 癒やしと涙と、もふもふと。 ――これは、小さな牧場から始まる大きな物語。 ――世界に抗いながら、共に暮らすことを選んだ者たちの、優しい日常譚。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

【完結】 メイドをお手つきにした夫に、「お前妻として、クビな」で実の子供と追い出され、婚約破棄です。

BBやっこ
恋愛
侯爵家で、当時の当主様から見出され婚約。結婚したメイヤー・クルール。子爵令嬢次女にしては、玉の輿だろう。まあ、肝心のお相手とは心が通ったことはなかったけど。 父親に決められた婚約者が気に入らない。その奔放な性格と評された男は、私と子供を追い出した! メイドに手を出す当主なんて、要らないですよ!

【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!

山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」 夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

嘘つきと呼ばれた精霊使いの私

ゆるぽ
ファンタジー
私の村には精霊の愛し子がいた、私にも精霊使いとしての才能があったのに誰も信じてくれなかった。愛し子についている精霊王さえも。真実を述べたのに信じてもらえず嘘つきと呼ばれた少女が幸せになるまでの物語。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

家族に捨てられたけど、もふもふ最強従魔に愛されました

朔夜
ファンタジー
この世界は「アステルシア」。 魔法と魔物、そして“従魔契約”という特殊な力が存在する世界。代々、強大な魔力と優れた従魔を持つ“英雄の血筋”。 でも、生まれたばかりの私は、そんな期待を知らず、ただ両親と兄姉の愛に包まれて育っていった。

処理中です...