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2022 秋の番外編SS
お月見ホットケーキ〈空目線〉
今年のお月見の日は、あいにくの小雨だった。
しとしとと雨を降らせる低い雲を窓から見上げ、空は小さく「あーあ」とつぶやく。
「どした? 空」
すると彩人がやってきて、ひょいととなりにしゃがみ込む。空はちょっとむくれぎみに兄を見て、夜空を指差した。
「せっかくおうちでおつきみできるとおもったのに……」
「ああ、雨降ってるもんな。明日にするか?」
「でも、あしたはにぃちゃんいないもん」
「まぁ……うん、仕事だなぁ」
去年は、壱成と彩人が作ったお団子を食べながら、庭のウッドデッキで月を見上げた。壱成がともに暮らし初めてはじめての、家族揃ってのお月見だった。
真っ黒な空にぽっかりと浮かぶ月は真っ白で、とてもきれいだった。
夜になると真っ暗になる街が、その日ばかりは月の光に照らされて、夜なのに昼みたいで。それがとても不思議で特別な風景に見えたのだ。
空を抱っこする壱成に「おひるみたいだねぇ」というと、壱成は「ほんとだね。夜の太陽みたいだな」と微笑んでくれた。
その日以来、満月がくるたびに空を眺めてみるけれど、あの日のように街を照らす月にはまだ出会えていない。
「みんなでおそらみながらおだんごたべたかったなぁ」
「うーん……そうだなぁ」
なんとなく気が沈んで、空もその場にしゃがみ込んで膝を抱える。すると彩人が、ぽんと空の頭の上に手を置いた。
「よし、それなら今日は、まんまるのホットケーキでも作るか?」
「ホットケーキ?」
「そ。最近、食ってなかったろ?」
いっときは毎朝のように食べていたホットケーキだが、五歳になってからはやや飽きて、最近の朝ごはんはおにぎりだ。
壱成の大きな手で握られたおにぎりは、空の口にはやや大きいけれど、毎日中に入っている具が違うため、食べるたびにわくわくする。ちなみに、今朝のおにぎりにはタコさんウィンナーが入っていた。
「ホットケーキ……! うん! 食べる!」
「ん? ホットケーキがどうしたって?」
とそこへ、風呂上がりの壱成がやってきた。きゅうじつしゅっきん、というものに出かけていた壱成は、帰り道で雨に降られてしまったらしく、帰ってきてすぐにシャワーを浴びていた。
「今日曇ってるし、月の代わりにホットケーキも焼くかって話してたとこなんだ」
「お、なるほど」
「こないだお客さんからもらったでかい皿、紺色っぽかったろ」
「ああ、北欧ブルーって感じのやつ……たしか、手作りって言ってたっけ?」
「そうそう、陶芸家のお客さん。それを夜空に見立ててだな」
と、頭上で兄たちが何か話しているのを聞きながら、空はくいくいと彩人のハーフパンツを引っ張った。
「ねぇにぃちゃん! ホットケーキ、そらもつくる!」
「よし! じゃあ今日の晩ごはんは団子とホットケーキだな。栄養偏りそうだけど……」
「具沢山のサラダとかコーンポタージュとかつければ夕飯っぽくなるんじゃないか? 俺が作るよ」
「うん、そーだな。ありがと、壱成」
「まかしとけ」
そう言って笑い合っている兄たちを見上げていると、なんだか楽しいことが始まりそうな予感がしてわくわくした。
小雨を見上げてしゅんとしていた気持ちが嘘のようだ。空もたたたっと小走りに、キッチンへ駆け込んでゆく。
「ホットケーキ♪ ホットケーキ♪」
「よし、まずは卵だ。割ってみろ」
「はーい!」
兄は片手で軽々と割ってしまう卵だが、空の手に大きくて、うまく割れるようになるまでは苦労した。
だが、今はへいきだ。コン、とガラスボウルのへりに卵をぶつけると、ちょうどいい具合にひびがはいった。それをそうっと両手で持ち、慎重に慎重に左右に開くと……。
卵はきれいに割れ、黄身と白身がつるんとボウルのなかにすべりこむ。殻が欠けて入ることもなく、黄身が崩れてもいない。空は顔を輝かせた。
「きれいにわれた~!」
「お、やるじゃん。上手くなったなぁ、空」
「いっせーとねぇ、たくさんれんしゅうしたから!」
「ははっ、そっか。えらいぞ」
優しく笑う彩人に頭を撫でられ、空も得意満面の笑顔である。すると、カシャ、と微かな音が聞こえてきた。カウンターごしに二人の正面に回り込んできていた壱成が、スマートフォンで写真を撮っている。壱成はいつも写真を撮ってくる。
「いっせーのもつくるからねぇ、ちょっとまっててね」
「うん、楽しみにしてるよ」
壱成にもやわらかく微笑みかけられると、さらにやる気が湧いてくる。
小さな手で泡立て器を握ってかしゃかしゃと卵を溶き、おそるおそる計量カップで牛乳を測り、キッチン台を粉まみれにしながらホットケーキミックスを混ぜてゆく。
そして、彩人に手を添えてもらいながらおたまで生地をすくい……そーっと、フライパンへ生地を注ぎ込む。
「そうそう、ちょっと高いとこから、そーと流し込むんだ。ほら、丸くなってくだろ」
「ほんとだぁ! すごいまんまる!」
丸いフライパンの中に、丸く広がってゆく白い生地。空も目をまんまるにして歓声をあげた。
ついつい前のめりになりかけ、彩人に背後から抱き止められながら、ふつふつと焼きあがってゆくホットケーキをじっと見つめた。
「ぽこぽこあわでてるねぇ。もうひっくりかえす?」
「んー……そうだな、そろそろだな」
「ひっくりかえすのもやる~!」
「わかったわかった。じゃ、一緒にやるか」
「はーい!」
意気揚々とフライ返しを握った空の手に、彩人の大きな手が添えられる。フライパンと生地のすきまにするんとフライ返しを滑り込ませて少し持ち上げ……くるん、と思い切り良くひっくり返す。
するとフライパンの上に現れたのは、ほんのりきつね色に焼きあがったまんまるのホットケーキだ。空は「おお~!」と感嘆の声をあげた。
「すごーい! ホットケーキできた!」
「もうちょい焼いたら完成な。あ、ちょっと待ってろ」
彩人が頭上の食器棚から出してきたのは、空の顔よりも大きい丸皿だった。青のような、黒のような、不思議な色をしている。
その皿の上のほうへ焼きあがったホットケーキをそっと乗せると……まるで、夜空にぽっかり浮かんだ満月のよう。去年のお月見の日に見た、白く輝く満月がそこにあった。
「うわぁ~! まんまるおつきさま~」
「んー、ちょっと物足りねーな。よし」
顎に手をあてて首を捻っていた彩人が、にっと笑って空を見下ろす。いったい何をするのかと眺めていると、彩人は冷蔵庫から氷や生クリームを取り出して、あっというまにホイップクリームを作ってしまった。
「にぃちゃんすごい! ケーキにのってるやつ!」
「おっ、生クリームじゃん。お前ほんと器用だなぁ」
ちょうどサラダなどを完成させた壱成も、空と揃って感心している。彩人は生クリームのパッケージにくっついていた絞り袋にテキパキとクリームを詰め、空のほうへ差し出した。
「ほら、好きなもん描いてみな」
「えっ? くりーむでかくの?」
「そ。兄ちゃんはあと二枚ホットケーキ焼くから、壱成とやってみ」
「うん!」
生クリームなど絞ったことがないという壱成が苦笑しつつ「俺、できるかなぁ……」とつぶやくので、空は胸を張り「だいじょーぶだよぉ、そらがやったげるね」と搾り袋をがしっとにぎった。
だが、いざやってみると難しい。結局壱成に袋を支えてもらいながら、お皿に浮かんだ雲を描いたり、うさぎを描いたり、月の下に棒人間を描いていく。だが、棒人間もなかなかむずかしい。
「可愛いな……お皿の中でもお月見してるんだ。これは誰?」
「えっとねぇ、これはそらで、これはいっせー。んで、このでっかいのがにぃちゃん」
そしてふと思い立ち、空はもうひとり、棒人間を描き加えた。
「で、これがるい」
「おおっ、るいくん登場! 絶対喜ぶやつじゃん……ちょっとまって写真撮るから」
「うん? うん、いいよぉ」
もう二枚の皿に彩人がホットケーキを盛り付け、さらにそこへ空がいろんなものを描き加えていく。
夜空に星を置き、あの日夜闇に浮かび上がって見えた街を描き、保育園のかざりつけで見たススキを描き——お月見アートの完成だ。
とそこへ、作業を終えてもう一度窓の外を覗きに行った彩人が、手招きをして空を呼んだ。
「空、見てみろよ。雨、やんだみてーだぞ」
「えっ、ほんとー!?」
「ほら、雲が切れて月が見えてる」
「うわぁ~ほんとだ!」
ついさっきまでのっぺりとした雲に覆われていた空から、冴え冴えとした月が顔を出していた。澄んだ月光で、庭の木々にくっついた滴がキラキラときらめいている。
近づいてきた壱成にだっこをせがむと、雨できれいに洗い流された街並みもまた、つややかに輝いて見えた。去年見た景色と同じくらい、きれいな眺めだった。
「雨上がりの景色もいいもんだなぁ」
壱成がしみじみつぶやく声が、すぐそばで聞こえる。空もこくんと頷いて、「きれいだねぇ」と言った。
「よし、じゃあホットケーキで月見といくか。団子もあるからいっぱい食えよ~」
「うん! たべよー!」
両手をばんざいしてはしゃぐ空を見つめる兄たちの視線は、とても優しい。
もくもくした雲の隙間で白く輝くを月を見上げながら、ホットケーキの満月と白玉団子をほおばる空なのであった。
『お月見ホットケーキ』 おしまい♡
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