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16、やきもちと、いやしい気持ち

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 ティルナータはアウターのポケットに手を突っ込んで、俺の前をスタスタと早足に歩いている。脚の長さのなせる技か、俺より背は低いのにティルナータの早足はやたらと速い。
 そしてあっという間に俺んちに帰ってくると、無言でこっちを見て、鍵を開けるように圧力をかけてくる。俺は素直にティルナータの指示に従ってドアを開け、俺たちは部屋に入った。


 そして玄関に入るなり……ティルナータは靴も脱がずに、俺に飛びついてきた。
 床に尻餅をついた俺の上に跨って、怒りを滲ませた鋭い目つきで俺を見下ろしてくる。


「うわっ……!」
「あの男は、ユウマの何だ? あいつとも主従関係があるのか?」
「しゅ、主従……!? ね、ねーよそんなもん!」


 まぁ……あの人に、性的に従わされていた部分は少なからずあるけど……という思いが頭をかすめたが、それは言わないでおくことにする。


「じゃあなぜ、なぜあんな奴に貴重な魔力を分け与えるような真似をする!」
「み、見てたの……!? っていうか、あれはそういうんじゃなくて、」
「そういうんじゃなかったら、何だ」
「え、ええと……ただの、キスだよ。キス……って、分かる? 口づけ、って言ったらいいのかな……」
「く、口づけ……だと!?」


 あれ、どうしよう。もっと怒らせちゃった……のか?


 ティルナータは顔を真っ赤にして全身をわなわなと震わせ、俺の襟首をぐいいっと力一杯締め上げてきた。く、苦しい……!!


「エルフォリアにおいて、魔力の譲渡を目的とはない口づけというのは、夫婦の契りを交わすときに行われる崇高なる行為なのだ! それを、それをあんたは、あんな男と……!」
「えええっ!? い、いや、こっちでもそういう意味はあるけど!! でも、日本ではもっと軽い意味もあって……っていうか、挨拶っていうか……。いや、違うか、ええと……恋人? じゃねーか……うーん、セックスだけの相手っていうか……ええと……その」
「セッ……」


 セフレとのキスをどう説明していいのか全くわからない! 俺は混乱して脚をばたつかせながら、首を締め上げてくるティルナータの手首を何とか外そうともがき続けた。


「ユウマは、あんな、娼婦のように毒々しい色香を撒き散らすような男が好きなのか? あいつを愛しているのか?」
「愛っ!? い、いやそんなんじゃねーけどっ……!」
「ユウマは、あんたは僕の主人だろう!? それはつまり僕のものってことだろう!? あんな男に、指一本触らせたくないんだ! ああいうことがしたいなら、僕とすればいい!!」
「ぼ、ぼくとって……」


 ティルナータは怒りのあまり興奮しているのだろうか。若干涙目になりながらそんなことを宣言すると、俺の唇に思いっきり自分の唇を押し付けてきた。力任せに押し付けてくるだけの、子どもじみたキスだ。そして襟も締め上げられてるから苦しい……苦しい……けど……この子、自分とすればいいとか、意味わかって言ってんのか……!?


「てぃるっ……離せってば! 離せ、これは命令だ!」
「っ……」


 じたばた暴れながらそう叫ぶと、ティルナータは渋々といった様子で手の力を緩めた。


「あのなティルナータ。ああいうことがしたいならって、意味分かって言ってんのか?」
「意味……くらいなら、分かる。知識はある。せっくすとは、性行為のことだろう?」
「そうだよ。それをお前は、俺なんかとしてもいいって言ってんのか? 好きでもない相手と、あんなこと」
「……だって、ユウマはあいつとするんだろう? そんなの……許せない」
「許せないって……何で」
「分からん! でも、でも……ユウマの魔力も、優しさも、キスも、あんな男に分け与えて欲しくないんだ! だから、僕が相手になればいいと言っているんだ!」
「い、いやいや、ティルナータにそんなこと……できないよ」
「なぜだ!?」
「なぜって言われても……ティルナータは、この世界の人間じゃないし、それに、たぶん未成年……って言ってもわかんないか……。つ、つまり! セックスの意味もあんま分かってないような子ども相手に、そんなことできないって言ってんだよ」
「僕はもう子どもじゃない!! 性の相手くらい出来るに決まってる!!」
「お、お前なぁ、どんなことされんのか本当に分かってんのか!? そんなこと、簡単に言うんじゃねーよ!!」


 何だか急に腹が立って、俺は下からティルナータを怒鳴ってしまった。ティルナータはぎょっとしたように顔を歪めて、俺の襟を掴んでいた手をすっと離した。


「俺がこの二日間、どんだけ頑張って我慢してきたか知らねーだろ! お前みたいな美少年が素っ裸で隣に寝てて、しかもキスまで許してくれて……そこから先を我慢するのにどんだけ必死だったか、分かんねーんだろ!?」
「我慢……?」
「俺はお前のこと、きれいで、正義感が強くて、真面目で、強がり屋で……そういうとこ、めちゃくちゃ可愛いって思ってる。でも、だからこそ、俺なんかが手なんか出しちゃいけないって思ってる! 俺みたいなのが、簡単に触れちゃいけない存在だってことくらい、分かってるんだ! だから俺は……っ」
「……ユウマ」
「でも、でも……ティルナータに頼られると、嬉しすぎて調子に乗りそうになる。キスさせてくれて、しかもそれを気持ちいとか、あったかいとか、そんなふうに言ってくれると、幸せすぎて……どうしていいか分からなくなるんだ。こんなの、俺なんかには不釣り合いな幸せなのに。それに、お前はこの世界の人間じゃない、いつかは元の世界に帰ってしまうかもしれない……なのに、」
「ユウマ。何を言ってるんだ」


 そっと、ティルナータの指先が頬を撫でた。はっとして目を見開き、ティルナータを見上げると、俺よりも先にとっくに落ち着きを取り戻した、穏やかな緋色が見えた。


「どうして何もかも、最初から諦めようとするんだ」
「へっ……?」
「幸せでいることが不釣り合いだなんて、どうして思う。それに、どうして”俺なんか”なんて、自分を卑下するような物言いをするんだ」
「……そ、それは……」
「僕は、ユウマのことを認めている。得体の知れない僕のような人間を匿い、何の利もないのに食事や衣服や寝る場所を与えて……何も見返りを求めてこない。こんなことは、なかなか出来ることじゃないと思う」
「そ、それは……」


 そういう善行の奥底に、いやらしい下心がなかったといえば嘘になる。ただ単に、俺が自分に自信がないから、そういう見返りを求めることができなかっただけだ。素直に代償を求めるよりも、ずっと卑しいやり方だと俺は思う。


「……俺はそんな、良い人間じゃない」
「そんなことはない。器が大きくなければ、できないことだ」
「そんないいもんじゃねぇよ。ただ……見返りを求めるだけの勇気を持ってねーってだけの話だ」
「……でも」
「もういい加減にしろよ!! 俺はなぁ!! 俺は、お前が思ってるようなご立派な人間じゃねーんだよ!!」


 俺はティルナータのアウターを乱暴に引き寄せながら身体を反転させ、ティルナータを床の上に引きずり倒した。自分でもびっくりするくらい、乱暴な手つきだった。そして今度は俺がティルナータの上に馬乗りになり、か細い手首をぎりぎりと強い力で掴んで、戸惑いがちにこっちを見上げるティルナータを睨みつける。


「じゃあ……今、俺がお前に見返りを求めたら、どうする? それでも俺のこと、今みたいに褒めてくれるのか?」
「え……」
「俺は、ずっとティルナータを抱きたかった。お前とセックスしたい。……相手になってくれるんだろ?」
「っ……」


 そっと耳たぶを食みながらそう囁くと、ティルナータの身体が一瞬にして硬直した。
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