異聞白鬼譚

餡玉(あんたま)

文字の大きさ
42 / 339
第五章 消えぬ迷い

十、嫉妬

しおりを挟む
 都の屋敷に戻った二人は、帰着を告げるために光政の部屋へと参上していた。

 いつもよりきちんと法衣を身に着けた舜海は、居心地悪そうに尻をもぞつかせた。すっかり鬼の姿に戻った千珠も光政の方を見るでもなく、開け放たれた障子の先に見える庭を眺めている。

 どことなくぎこちない空気が三人の間に漂う中、良く通る静かな声で「供養はしてきたのか?」と、光政が問うた。

「……ああ」

 千珠は他所を向いたまま、そう返事をする。

「そうか、遠路、疲れたであろう。舜海もご苦労だった」
「おう」

 舜海はぼさぼさの髪を軽く掻きながら、短く応じる。

「今日はゆっくり休むといい。明日には、国に戻ろうと思うからな」
「え?」

 千珠は顔を上げた。

「余り長く城を空けておくわけにはいかんし、皆家族が待っている。お前は、お父上の傍からすぐに離れることになってしまうが」
「いや、いいんだ。あれが最後だと思っていたから」
「そうか」

 何となく、沈黙が流れた。
 舜海は居心地が悪くて仕方がないと言わんばかりの硬い顔のまま、すっと立ち上がる。

「じゃあ俺は帰途までに、総本山へ参ってくるわ。夕刻までには戻ります」
と、逃げるように二人に背を向けてひらひらと手を振り、部屋を出てゆく。

 部屋から出ると、舜海は盛大にため息をついた。
 

 ——なんか妙な気分やな、くそ……。罪悪感、か? 今まで殿に秘密なんか持ったこともなかったのに、あんなことしてしもて……。

 
「うあーあ、滝にでも打たれてくるか……」
と呟き、舜海はきっちり着ていた法衣の襟元を崩しながら、磨かれた床の上をどかどかと歩いた。



 ❀


 二人になった光政と千珠は、しばらくお互い口を閉ざしていた。

「舜と、何かあったのか?」
「え?」

 光政は相変わらず穏やかな声で、そんな質問を投げかけた。

「何だかお前たち、前と少し様子が違うから」
「……人の姿を晒した」
「ああ、満月だったもんな。そうか」

 光政は立ち上がると、千珠の傍に歩み寄り抱きしめる。大きな身体に力を込めて抱きすくめられ、千珠は身動きができなかった。

「……苦しい、離せ」
「それでこうなったか」
「え?」
「舜海と交わった」
「……」

 千珠は身じろぎをやめた。
 光政はそれを返事と捉え、その身を離す。

「俺は、お前を側女のように扱う気はない。だからお前たちがどういう行動を取ろうと、俺には関わりのないことだ」

 光政はどことなく寂しげな目をしていた。千珠はそんな光政の顔を、表情のない眼で見つめ返す。

「……その通りだ。俺が誰と何をしようと、お前には関係ない」

 千珠の冷たい声に、千珠の腕を掴む光政の力が、怯んだように一瞬緩む。

「舜海の……あいつの強い霊力が、たまらなく美味そうだと以前から思ってた。だから一度喰らってやりたいと思っていたところだったのさ」
「だから抱かれたと?」
「そういうことだ」 

 千珠はにやりと唇を吊り上げて続けた。

「美味だったぞ、あいつは」
「……やめろ!!」

 光政は声を荒げ、千珠の唇を塞ぐ。
 今までにない、乾いた接吻だった。

「やめてくれ」  

 千珠を強く抱きしめたまま、光政は苦しげにそう呟いた。

「……光政」

 久しぶりに千珠に名を呼ばれ、光政はぴく、と身体を揺らす。千珠の声が胸に直接響いてくる。

「こんなに、人間に感情を向けられたことが無い。どうしていいか分からない」
「……俺も、どうしていいか分からぬのだ。お前へのこの感情を」
「……」
「舜海への怒りも、どうしていいか分からない。ずっと一緒に育って、戦ってきた大事な仲間だ。怒りを向ける筋合いも無いのは分かってる。でも」
「いい加減にしろ!!」

 急に声を荒げた千珠に、光政は驚きに見開いた目を向ける。

「……人間おまえらの煩わしい感情など、俺に押し付けるな!!」
「千珠……?」
「戦は終わったんだ。お前は普通の生活に戻って、女を抱いて子をつくれ。そして、君主らしく国を繁栄させろ」

 鋭く、冷たい声だった。光政は千珠からゆっくりと手を離し、力なく座り込む。

「いい迷惑なんだよ。俺は戯れのつもりで、戦の間だけお前の慰み者になってやっていただけなのに、すっかり我が物顔で説教か。調子に乗るな」
「……」
「お前の感情? そんなもの知るか。霊力も持たぬお前に抱かれたところで、俺には何の得もない」

 千珠は光政に背を向けて、付け加えた。

「国へ帰ったら、せいぜい奥方様を大事にすることだ。……俺との噂も、消えて無くなるほどにな」
「千珠……」
「しばらく一人になりたい。向こうまで……青葉までは、一人で戻る」
「そのまま消えるのではないだろうな」
「……知るか」

 そう言い残し、千珠はそのまま振り返ることもせずに部屋を出て行った。

 妻を大切にして国を繁栄させる。
 それは、光政にとって為さねばならぬ男としての責任でもある。重臣たちが、千珠と光政の関係について苦言を呈している事実もある。

 今の千珠の言葉、彼なりの心遣いであることは何とはなしに感じたものの、突き放されたやるせなさは拭えない。

 どこまでが千珠の本音なのかということも分かりようがない。舜海への醜い嫉妬の感情にも戸惑うばかりだ。

 問いただすこともできず、怒りをぶつけることも出来ぬ今の状況に、光政はどうしようもなく苛立っていた。

 胸の中をぐるぐると回る、味わったことのないざらりとした感情を押し殺すように肩で息をして、光政は拳を床に叩きつけた。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...