異聞白鬼譚

餡玉(あんたま)

文字の大きさ
240 / 339
第五章 千珠、死す

二、記憶

しおりを挟む
 

 おいで……。


 差し伸べられた人間の手と、優しい呼び声に目を覚ます。

 ただの燕であったはずなのに、いつまで経っても死は訪れなかった。仲間たちが一羽二羽と翼を畳むのを見届けながら、何故自分にはその時が訪れないのだろうと不思議に思っていた。


 寂しさにも飽いた頃、俺は一人の少年に変化へんげすることを覚えた。ずっとずっと憧れていた、人間の姿に。


 ——おや? お前は妖だね。そんなところで、一人で暮らしていくのかい?


 森の中でひとり暮らす俺の元へ、村の男がやって来た。人の良さそうな、好好爺こうこうやだ。


 ——遊びにおいで、お前の歌を、聞かせておくれ。


 艶やかな黒い翼で、自由に青空を飛び回る。軽やかに歌を歌いながら。
 歌う俺を見上げる、楽しげな人間たちの姿。


 笑っていた、みんなが。
 楽しくて、幸せだった。


 いつまでもこの村で、あたたかな人間たちと一緒にいたかった。
 そのために、害をなす妖を追い払って平和を保った。
 人と妖が争わぬように。親しくこの世に在ることが出来るようにと。


 しかし、平和は恒久のものではない。
 悪意はどこにでも、産まれゆくものだ。



 突然襲う、胸の鋭い痛み。
 血が流れ、肉が裂ける。


 胸を貫く、一本の矢。
 見下ろせば、そこには矢をつがえた祓い人たちの酷薄な笑み。


 笑っている?
 笑っているのに……何故、こんなにも、禍々しい。


 何故、俺を襲う……!!
 




「……はぁっ!!」

 雷燕は目を開いた。

 また、夢を見ていたようだ。
 夢など、ここ数十年見たことはなかったというのに、あの子鬼に斬りつけられてから、いやに昔のことを思い出す。

 美しい想い出も、憎々しい思い出も。
 どちらも思い出したくなどはないものなのに、記憶の底から引き摺り出される。


 雷燕は頭を押さえた。


 頭が痛い。
 何故、涙があふれるのだ。
 何故、こんな気持ちを思い出す。


 ——俺は、この地を統べる妖だ。俺を止めることができるものなど、この世にはおらん。


 あの白い鬼、殺してやる。
 さすれば、この胸の痛みはきっと止む。


 あいつがこの地にいるせいで、俺の心ははこんなにも揺さぶられる。


 雷燕は暗闇の中、目を細める。


 腹の傷はほぼ癒えた。これならば、飛べる。
 ず、ずず……と重い体を引きずる音が、洞穴の中に響く。


 洞穴の縁に立つと、足元には白く砕ける高い波。眼前には曇天の重い灰色の空。
 夢で見たあの美しい空など、どこにもないのだ。もう、この世界には。


 ——殺そう、あの子鬼を。そしてその白く美しい体を屠ってやろう。


 雷燕はにいと笑うと、大きな黒い翼を広げた。
 空を仰いでひとつ大きく羽根を伸ばすと、すうと空へ飛び出していった。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

処理中です...