異聞白鬼譚

餡玉(あんたま)

文字の大きさ
242 / 339
第五章 千珠、死す

四、発動

しおりを挟む

 海を見渡すことのできる小高い丘の上に、十人の陰陽師達が広い円をなして座っている。

 各々が座った場所の下には、大きな円陣とともに術式が描かれていた。半円状に張られた大きな防御結界の中で、皆があぐらをかいて固く手印を結んでいる。
 意識を集中させ、皆の呼吸を合わせ、霊気の波動を重ねて。これから、巨大な封印術を発動させる。


 舜海は円陣の中から、波飛沫に袴の裾を濡らしながら海を眺める千珠の白い背中を見つめた。陰陽師衆から少し離れた場所で、波の打ち付ける崖っぷちに立つ千珠の姿を。


 ばたばたと激しくはためく白い狩衣、長い銀髪。
 嵐が呼ぶ荒々しい風が吹き荒び、暗く重たげな曇天と荒れ狂う灰色の海の織りなす壮大な大自然の風景を背に、ぽつんと佇む千珠の姿が、今はとても大きく見える。


「皆、準備はいいね」
 風春の声に、皆が顔を上げ、頷いた。
 舜海も気を引き締めるように千珠から目を離し、頷いた。佐為が、不敵に微笑む。


「始めよう……!」
 風春が、目を閉じて術式の詠唱を始めた。
 するとすぐに、ぼんやりと地に描かれた文字が光を湛え始める。

 歌うように涼やかな風春の声とともに、陣からふわりと風が生まれ、皆の衣を浮き上がらせる。


 まるでその地全体を浄め、染み渡るように響く風春の声。その声を背後に聞いていた千珠も、耳に感じる心地良さに目を閉じた。

 この地に宿るすべての神と精霊を力を、風春が呼び起こす。それも、優しく、丁寧に。

 円陣の中は光に満ちていた。
 荒れ果てた大地を、蘇らせるような暖かい薄黄金色の光が、円陣から少しずつその範囲を外へと広げていく。

 
 しかしそれを切り裂き闇色で塗りつぶすように、雷燕が襲いかかってきた。

 結界の中だけは未だに黄金色に輝いているが、その外の世界はまるで夜暗のように真っ暗になった。吹きすさぶ冷たい風が、潮を巻き上げて吹きつけてくる冷たさに、千珠は少しばかり目を細める。

 千珠は叢雲の柄に手をかけ、ゆっくりと剣を抜く。
 身の丈ほどもある、長く細身の刀身が、千珠の妖気を吸って大きく鼓動した。


 どくん……どくん……!


 あまりの神気の強さに膝を折りそうになったが、何とか耐えた。じっとそのまま柄を握り締めていると、神気と妖気が混じり合い、まさに刀身一体となっていくように身体に馴染む。


 どくん……どくん……!


 黒い風が、千珠を逆巻いて空へと吹きあげる。 
 突如、雷燕の大きな翼が頭上に現れた。

 まるで黒い羽を広げたあまの使いのように、大きく優美なその姿から、禍々しい憎しみの妖気が溢れだしている。

 雷燕は冷たい瞳で千珠を捉えると、まっすぐに千珠に向かって急降下してきた。千珠は両手で刀を構えると、雷燕を見上げて歯を食い縛り、衝突の瞬間に備える。


 ――殺す殺す殺す!!!


 雷燕の無言の殺意が、針のように千珠に突き刺さる。しかし千珠は動じなかった。


 もう、迷うものか。
 俺はお前のようにはならない……!!


 二人の妖気がぶつかった。
 強大な妖気が反発しあい、暴風が辺りを滅茶苦茶にかき乱していく。


 陰陽師衆は、術を守ることに集中しなければならない。どんな風が襲ってこようが、どんな波が襲ってこようが、この術を止める訳にはいかないのだ。


 舜海も、必死だった。
 千珠を助けるためには、いち早くこの術式を完遂させる必要がある。


 気を送れ、集中しろ……!


 この国を、千珠を、大切な絆を、守るのだ……!!
 
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...