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しおりを挟む「お、これなに? 新しい栄養剤?」
「え?」
魔法薬をずらりと並べた棚の前で、新薬の調合法を捻り出そうとうんうん唸っていたわたしの背後で、ごくりと何かが飲み干される音が聞こえてきた。
……ゾッとして振り返る。
「……お前、今何を飲んだんだ!?」
「なにって? ここに置いてあったグラスに入ったオレンジ色の飲み物だけど?」
「はっ!? バカ!! そこらへんに置いてあるものを勝手に飲むやつがあるか!! 吐き出せすぐに!!」
「え? なんで? 美味かったよ?」
「バカ!! あれは栄養剤なんかじゃなくて……」
焦りのあまり汗が吹き出す。大慌てでカノエに駆け寄ろうとしたそのとき——……。
するするする……と、カノエの身体が小さく小さく縮んでゆき……そして、ものの数秒で、15センチ程度の大きさになってしまった。
ついさっきまでカノエが身につけていた白いシャツと濃紺のローブの中に、素っ裸の小さいカノエが佇んでいる——……!?
「な!? な!! な、なんてことだ……!!」
わたしは真っ青になった。国家レベルで重宝される天才調合師が、豆粒ほどの大きさに……とまではいかないものの、手のひらサイズになってしまったのだから。
「お、おい!! どうしたんだ!! なんだこれは!! 身体はどうもないのか!? おい!! 意識はあるか!?」
「うああああ」
思わず小さいカノエを拾い上げ、その身体を揺さぶったりひっくり返したりして調べ尽くした。
普段よりも高い声で、カノエは「ばかやめろめがまわる!!」と大騒ぎをするので、わたしは一旦冷静になろうと深呼吸をし、カノエを机の上にそっと置いた。
「おえっ、ばっかやろう急におれをふりまわすやつがあるか。酔った……おえぇ」
「す、すまない。で? 酔い以外に不調はあるか? どこか苦しいところがあるとか」
「ないよ。おまえに振り回されなきゃもっと元気だったよ」
カノエは素っ裸のまま机の上にあぐらをかいた。わたしはポケットからハンカチを取り出し、広げて彼に渡してやった。
白いハンカチを背中に羽織ったカノエは、まるで東洋に伝わるという”てるてる坊主”のようだ。栗色の髪をぼさぼさと掻きまわし、カノエは自分の身体を物珍しげに見回している。
「おまえさぁ、こんな薬作って何に使うつもりだったんだよ」
「作ろうと思って作ったわけじゃない。新薬の実験をしていたら、たまたまこんなものができただけだ」
「こんなあぶねーもんをそのへんにポンと置いとくなよ」
「実験室にあるものをホイホイ飲んでしまうお前にも問題があるとわたしは思う」
「だって美味しそうに見えたから」
「ばかなのか」
ため息しか出ない。わたしは鼻の上に載せていた眼鏡をそっと外して眉間を押さえ、天井を仰いだ。
「……今すぐ、お前を元に戻す薬を作るから、おとなしくして待っていろ」
「えー別にいいよ。このままでも」
「は!? そんなわけにいくか!? お前は筆頭国家魔法薬調合師なんだぞ!? 王都にこんなことが知られたら……!!」
「まぁ、おまえはクビかもね」
「そうだよ!! クビだ!! だけど、わたしはここをやめるわけにはいかないんだ!!」
「わかってるわかってる、おふくろさんへの仕送り、やめるわけにいかないもんな」
「そうだよ! のんびりしてないでお前も協力しろ!!」
自分自身の身に起こっていることのはずなのに、どうしてこいつはこんなにもいつも通りなんだ? 身長15センチになってしまったことに、もっとパニックを起こすべきだろう……!? と、わたしはカノエ以上に混乱している自分を落ち着けるために深呼吸を繰り返し、机に手をついてがくりと項垂れた。
うむ、そもそもこの薬を作ったのはこのわたしだ。
飲んだ方に非があるとはいえ、作ったのはわたし。……責任の八割ほどはわたしにある。
「……まぁ、一旦落ち着こう。朝食は……といってももう夕方か、お前、起きたばかりなんだろう?」
「うん、まだなにも食ってない」
「……やれやれ」
わたしはチェストの上に置いていたバスケットからサンドイッチを取り出し、皿に乗せてカノエの前に置いてやった。
するとカノエは目を輝かせて「気が利くなナツメ!」と立ち上がるやいなや、サンドイッチに飛びついた。……なるほど、そうやって食べるのか。
「うまい、うまい! すごいな、こんなでかいサンドイッチ生まれて初めてだ!! めちゃくちゃ美味い!」
「味は以前と変わらんだろう。お前、いつから食事をとってなかったんだ?」
「んー……昨日、一昨日……から食ってないか。考え事をしていたら、いつの間にか寝てて」
「どこまでダメ人間なんだ」
ダメモードのときは、なけなしの生活能力さえも皆無になってしまうカノエだ。わかってはいたが、ここまでダメとは思わなかった。
皿の上に立っている三角形のサンドイッチになかば頭を突っ込むようにして食べすすめているカノエの姿をぼんやりと眺めながら、わたしはすっかり冷えたコーヒーで喉を潤した。
頭を抱えつつ、わたしはちらりと実験用のノネズミを見た。
何かよくわからないものが生成されてしまったときは、こうしてノネズミに与えて様子を見ることになっている。
カノエの飲んだ薬を舐めたノネズミは、豆粒ほどの大きさになってしまった。だが、カノエと同様、いつもとかわらず元気に活動しているし、餌ももりもりよく食べる。今も、ケージ内にある回し車のなかで元気いっぱいい走り回っていて、とても活発だ。
「……健康に影響を及ぼすものではないようだが……さて、どうすれば元に戻せるか」
きっと今は小さくなりたてで不便を感じていないからこんなことが言ってられるのだろう。だがそのうち、元に戻りたいと大騒ぎを始めるに違いない。
サンドイッチのパンの中に潜り込むようにして食事を楽しんでいるカノエを眺めながら、わたしはひときわ大きなため息を漏らした。
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