リゾートバイト先が因習村っぽい

餡玉(あんたま)

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6 おっさんたちに囲まれて……

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 今日も温泉に入ったあと、俺は昨日食事した広い和室に通された。
 
 部屋の中心に置かれた座卓の上に、昨日以上に盛大なご馳走が並んでいる。
 お頭つきの刺身、天ぷら、茶碗蒸し、煮つけ、唐揚げ、そしてふっくら炊かれた白いご飯だ。
 太りやしないかと若干心配になるが、ここにいる間じゅうずっとご馳走が食べられるのかと思うとやっぱり嬉しい。
 
「うわ、今日もうまそ~~!!」
「はは、喜んでもらえて嬉しいなぁ。どんどん食べてね。あ、また昨日の漁師さんたちも遊びに来るっていってたけど、いいかな?」
「ああ、もちろっす。てか、凌は……」
「凌のぶんはちゃんとあるから大丈夫。……さあ、ぜひあったたかいうちに食べててよ」
「そうですか……じゃあ、いただきます」

 給仕を終えた辰巳さんはしゃなりと微笑み、畳を滑るように広い和室を出ていった。
 おっとりした口調のわりに視線に圧のある辰巳さんに少しばかりビビってしまう。
 昨日見たチノパン姿から神主然とした袴姿に衣装替えしているせいか、昨日よりも俄然凄みがある。
  
 ——袴姿か……凌とこれからひと仕事するってことか。
 
 もぐもぐもぐと食事を頬張りながら、俺は広い宴会場の窓から海を眺めた。
 暮れ泥み始めた空は濃い橙色に染まっていて、まるで海面が燃えているように見えた。
 天頂の夜色は都会で見るどんな闇よりも濃く、見上げていると少し不安になってくる。

「ひとりだと静かすぎるな……ここ」

 白身魚の天ぷらをてんつゆに泳がせながら出入り口のほうをふと見やると、勢いよく襖が開き、どやどやと漁師のおっさんたちが部屋に入ってきた。
 
 昨日は三、四人だったが、今日はなんと十人近い。

 それぞれが一升瓶やビールケースを手にしていて、「おっ、この子が噂の! 凌くんお友達かぁ!!」と好奇心丸出しの目で俺を見た。
  
 突然大人数が現れたことに驚いているうち、あっという間に周りをおっさんたちに囲まれてしまう。
 コップになみなみと日本酒が注がれ、ビールが注がれ、熱燗まで勧められ、俺は目を白黒させながら「いやいやいや! こんな飲めませんって!」と両手を挙げる。

「まあまあまあ! この島にこんな若いのがきてくれるなんて滅多にねぇことだからな! いやあめでたい!」
「しかも凌君の友達だろ~!? いや~こんな都会っぽい子が来てくれるとはねぇ!」
「ものすごいイケメンじゃねえか君! モテるんだろ!? コレはいるのかコレは?」

 皆すでにうっすら酔っ払っているらしく、距離感がおかしい。
 小指を立てながらぐいぐい顔を近づけてくるおっさんの吐息からは酒の匂いがぷんと臭った。
 
 おそらく皆漁師なのだろう。こんがりと日に焼けた肌とガッチリした体つきは、いかにも海の男のそれだ。
 五十代から七十代後半と見えるおっさんたちに囲まれるのは決して心地よいものではなく、俺は引き攣った笑顔を浮かべるので精一杯だった。

「まあビールくらい飲めるだろ!? ほらかんぱーい!」
「あ、は、はいっ、どうも……」
「おっ、いける口だね~! ほらもう一杯!」
「う、うっす……」

 コップに注がれたビールをとりあえず飲み干すと、またすぐにめいいっぱい注がれる。
 俺は決して酒に弱いほうじゃないけど、このペースで飲まされていたらすぐに酔ってしまいそうだ。

 ——なんか変だな。ここで酔い潰れたらやばい気がするぞ……。

 なんとなく危機感を覚えた俺はサッと一升瓶を手に取って、俺を取り囲むおっさんたちのコップに溢れんばかり注いでやった。

「ほらほらほら! 俺ばっか飲んでたってつまんないでしょ~~!! ほら飲んで飲んで! みんなで飲みましょ~~!!」
「うはははは! ノリのいいイケメンじゃねぇか!」
「イケメンにお酌かあ、あれだな、ほすとくらぶ、みてぇだな!」
「ほすとくらぶうぅ? なんじゃそりゃあ」
「しらねぇのか? ツラのいい若い男がサービスしてくれる店だよぉ!」

 と、正しいんだか正しくないんだかわからない情報を交わし合いはじめたおっさんたちのコップに、すかさず俺は酒を注ぎ続けた。
 
 そして「凌くん、こんな夜まで神社の仕事とか大変すよね~! どんな仕事なんすかね!?」と、隣に座った五十がらみのおっさんさりげなく尋ねてみた。
 
 酔いどれ集団の中でも一番若そうなおっさんだ。こんがり焼けたムチムチの筋肉には張りがあり、白いタンクトップがさすがのように似合っている。
 ほかのおっさんたちはすでにまともな会話ができるような状態ではなさそうだが、こいつはまだほろ酔い程度に見える。

「ん~? あー、凌くんなら本殿だろ~? 今夜は例の儀式の日らしいからなぁ」
「え? なんすか、例の儀式って……」
「ん? ……おっといけねえ。よそさまには話しちゃいけねえんだった」
「は? なんすかそれ、聞き捨てならないんすけど」
「い、いや、こればっかりはなあ……辰巳さんに怒られちまう」

 隣に座ったおっさんは明らかに様子がおかしい。
 目を泳がせて冷や汗をかき、救いを求めるようにまわりのおっさんたちに目線を送っている。
 だが他のおっさんたちはホストクラブがどうしたこうしたと盛り上がっていて、口を滑らせたらしいおっさんのSOSに気づく様子はない。

『例の儀式』なんていう因習村くさいワードを聞いてしまったのだ。ここでつっこまずどこでつっこめというのか……!!

 ——儀式ってなんだ? 辰巳さんに怒られるってなんなんだよ。……ぜってえ吐かせてやる!!

 俺の目の奥で、ごおっと音を立てて赤い炎が燃え上がった。

「細えこと気にしてねぇでおめえは飲め飲め! ほら、そんでいっぱい食って明日の朝からしっかり働け!」といって俺の気を逸らせようとしているらしいおっさんのコップになみなみと日本酒を注いだ。

「まあまあ、おじさんも飲んでくださいよ~~! 俺あんま酒慣れてないんで、飲み方教えてほしいなあ」
「うおっ、おっとっと……ったく入れすぎだ、こぼれちまうだろ高い酒がよぉ……」
 
 表面張力ギリギリに注いだ酒をずずっと啜るおっさんの目を盗み、俺はミネラルウォーターを自分のコップに満たしておく。
 そして「じゃ俺、一気いきます!! 俺の次はおじさんね!!」と煽っておき、ただの水を喉を鳴らして一気飲みした。

「おお~~!! やるねえ兄ちゃん!」「若いのにああ言われちゃお前も引き下がれねえなあ!」などと周りのおっさんたちがワイワイ盛り上がりはじめ、口を滑らせたおっさんも引くに引けなくなったのだろう。
 すごい勢いで日本酒を一気飲みし、真っ赤な顔でぶはぁとため息をついた。

「おっ、おじさんすげー! ……で? さっきの例の儀式って何?」

 すかさず派手に拍手しておっさんににじり寄り、ひそひそと耳打ちする。
 だがおっさんのガードはまだ堅い。
 じろ、と力なく俺を睨みつけ、ぼりぼりと漬物をつまんだ。
 
「うっ……ぅい……ヒック……あぁん? いや、くわしいことは本当にしらねぇよ……ただ辰巳さんから、あんたをここに足止めしろって言われてよぉ」
「あ、足止め……?」
「あーそーだよ。神聖な儀式をするから、絶対に本殿に近づけんなってさ……」
 
 ——『神聖な儀式』だぁ? なんだなんだ? 急に因習村っぽいこと言い出したじゃねえかよこのおっさん!!

 本当なら胸ぐらをつかんで先を急かしたいところだがグッと堪えて、俺はニコニコしながらおっさんのコップにミネラルウォーターを注いだ。もう酒だか水だか分からなくなってるらしく、おっさんはちびりと水を舐めて「うめぇ……いい酒だぁ……」と呟いた。

 ひそひそと声をひそめて、俺はさらにおっさんに尋ねた。
 
「それで、その儀式ってのは何やんの?」
「だから知らねぇって……。聖なる儀式なんだろ~……あ、そういえば」
「なに!?」
「俺んちは古くから薬屋をやってるんだが……辰巳さんに、媚薬を調達してきてくれっていわれたなぁ」
「び、媚薬!?」

 なんでも、この島に古くから伝わる強力な催淫剤があるらしい。
 このおっさんの家で細々と作り続けられているいわくつきの薬だという。


 ——おいおい……辰巳さん、まさか凌に媚薬を盛って何かやらかそうとしてんじゃねぇだろうな……!?


 背中に冷や汗がすうっと流れる。


 ——いやいや……待て、そんなことあるか? 今、令和だぞ? しかもあの人は親戚で、育ての親だっていうし……。


 でも、そんなアブナイ薬を辰巳が持っていて。
 しかも今まさに、凌とふたりきりで神社の中に引きこもっているときた。


 そこから予想されることといえば……ひとつしかない。


 考え事をしながらおっさんに酒を注ぎまくっていたら、とうとうおっさんは天を仰いで「辰巳さん……媚薬飲んで俺んとこ夜這いにきてくんねぇかな……」と言い残してばたりとテーブルに倒れ、ぐうぐう寝息を立て始めた。

 ——予想が当たってるとしたら、凌は辰巳さんとセックスするってことじゃん? そうか、だから……!
 
 だからここに来るまでの道中、凌はずっと緊張気味だったのだ。
 やりたくもないことをやらされることが嫌で嫌でたまらなかったんだ。

 でも、神社のことを誰よりも大事に考えている凌のことだ。
 きちんと務めを果たさねばならないと自分に言い聞かせ、義務感のみで辰巳さんと妙な儀式をやろうとしているに違いない。
 
 ——いやいやいや、冷静に考えたらありえねーだろ!! そんなことする必要絶対にない!! 

 きっとこの島で閉鎖的に育ったせいで、因習的なしきたりが刷り込まれてしまっているのだ。
 だったら俺が、現代人のこの俺が、凌の目を覚ましてやらなくては……!

 そんなことしなくていいんだと。
 凌が嫌だと思っているなら、それは辰巳さんからの虐待だと捉えることだってできるのだと。
 
 ——こんなところでおっさんと歓談してる場合じゃねぇ! 
 
 俺はすっくと立ち上がると、赤ら顔の他のおっさんたちがにわかに慌て始めた。

「あ! だめだよ兄ちゃん、兄ちゃんはここで楽し~く酔い潰れてもらわねぇと困るんだよぉ」
「そうだよそうだよ。俺らが辰巳さんに怒られちまう」
「こんないい酒、本土じゃそうそう飲めねえだろう? 座った座った」
 
 ——なるほどな。俺をここで酔い潰しておいて、のんびり儀式繰り広げてやろって魂胆か。

 辰巳さんの意図に気づいた俺は、その他のおっさんたちににっこり愛想のいい笑顔を浮かべた。

「大丈夫、ちょっとトイレ行くだけ。すぐ戻ってくるよ」
「ほんとかあ? すぐ戻んのか?」
「すぐだよ。ほーら、グラス空いてる。あとで俺がお酌してやるから、いっぱいグラス空けといてよね」
「ふほっ」

 なみなみと日本酒を注ぎながらバチーンとウインクをすると、赤ら顔のおっさんたちの目が俄かにキラキラ輝いた。
 
 俺、けっこうホストとか向いてるかもしれない。

 
 
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