Blindness

餡玉(あんたま)

文字の大きさ
103 / 121
完結章ーChildren’s storyー 〈悠葉視点〉

〈8〉

しおりを挟む

 園遊会の様子はニュースでも取り扱われる。
 悠葉はエネルギーチャージゼリーのパウチを咥えて、昼過ぎから始まった会の様子を夕方のニュースでぼんやりと眺めていた。

 各界の著名人がずらりと並ぶ中、悠葉の目に須能の姿はひときわ大きく映った。
 何度か参加しているとあって須能の笑みには余裕があり、引き締まった黒の紋付袴姿ともあいまって、とても格好がいい。
 艶のある黒い髪をきっちりとまとめた横顔の凛々しさは、日本伝統をその身に受け継ぐものとしてさすがのように貫禄があった。

 ——俺にも、あんなふうになれってこと……? なれんの?

 そして須能の隣には、悠葉の祖父・新藤貫太郎の姿もある。
 つい昨年、政界から退いた祖父もまた立派な人物だ。大臣まで勤め上げ、国政上のさまざまな重要政策に関わってきた。国のために尽力した功績を認められ、このたびの園遊会に招待される運びとなったらしい。

 だが、悠葉の前ではただの祖父だ。
 もともと須能のファンだったという祖父は、須能にも甘ければ悠葉にもベタ甘である。

 厳しい稽古の合間に会うと、「がんばってるんだね、えらいぞ!」とこれでもかというほど褒めちぎってくれる。どんな弱音を吐いても受け止めて、ゆったりと励ましてくれる祖父の言葉にはいつも力をもらえていた。だから悠葉は、両親以上に祖父のことが大好きだ。

 祖父もパーティにいるのなら心強いのだが、園遊会の後はすぐ帰宅するらしい。寄る年波には勝てないというのが最近の口癖だ。

「あ、こらー! こんなところでダラダラして!」

 稽古場の隣にある休憩室の畳にあぐらをかき、物憂げにため息をついていると、須能のマネージャーを長年務めてきた有栖川が顔を出した。

「悠葉くん、そろそろ着替えないとダメじゃないですか」
「んー……わかってる、わかってるって」
「バッチリおめかしして連れて行きますって言ってあるんですからね! ほらほら、立って立って」
「はいはい……」

 のそ……と立ち上がって伸びをしても、気合いは沸いてはこない。すると有栖川が正面に回り込んできて、ぺちぺちと両頬を軽く叩いてきた。

「浮かない顔だなぁ。どうしたんです? 園遊会のパーティなんて、めったに行けるところじゃないんですよ?」
「そんなんわかってるよ。……今後のためにも、お偉いさんに顔売って行かなあかんから行くんやろ?」
「そういう理由もひとつありますけどね。今後君がどういう場所で活躍して行かないといけないかってことを、身を持って知っておいてもらうっていうね」
「気ぃ重いやん、そんなん。……俺、まだちゃんと覚悟できてるわけでもないのに」

 着付けを受けながら重い口調でそうぼやくと、有栖川の「……まぁ、そうですよねぇ」と呟く声が背後から聞こえてきた。

「須能さんの頃と違って、悠葉くんも香純ちゃんも、ものすごく守られてきましたからねぇ」
「……? 母さんの頃と違ってって?」
「須能さんは、中学入った頃くらいからあちこちの宴席に連れて行かれて顔見せさせられてましたから。アルファのお大尽にお酌したり、手の届く距離で舞うこともあったり……怖い思いもいっぱいしてきてたんですよ」
「……」
「でも須能さん、悠葉くんたちのことはお座敷なんかには一切出さなかったでしょう? お誘いがなかったわけじゃないんですけど、全部断ってました。お客の手の届かない舞台だけで、悠葉くんたちを踊り手として育てて行きたいからって」

 虎太郎からうっすら聞いたことはあった。
 そうそうにオメガと判定が出ていたのに、先先代の家元は、須能をあちこちの宴席に赴かせていたと。

 怖い目に遭ったという話を聞いても、昔はピンと来なかった。だが、年齢が上がっていくにつれ、須能の身に降りかかっていた恐怖がどのようなものだったか、想像ができるようになってきた。

 ”守られている”とは、まさにその通りだ。
 悠葉も、香純も、純粋に踊りだけをやっていればそれでよかった。普通に学校に通って、放課後には稽古をして、舞台に立つ。それだけでよかった。
 普通の少年らしい青春を過ごすことができた。

「悠葉くんも、このあいだ十八歳になりましたし、そろそろ社交界デビューをさせてもええ頃かなぁ、でもちょっと早いかなぁって、須能さん迷ってました。でも、次に自分が園遊会みたいな場に招かれるのがいつかわからないし、これはチャンスやしな~って、言ってましたよ」
「……そうなんや」
「それに、悠葉はビビリやけど、舞台に立ったら人が変わったように凛とするから、きっと大丈夫やろ、とも」
「はぁ? ビビり!? 俺が?」
「はい、自覚ありません?」
「……」

 ブスッとした顔になるが、自覚がないわけではない。
 舞台に立つとスイッチが入るが、それ以外では基本的に、自分は臆病なほうだという自覚はある。香純にもしょっちゅう言われる。虎太郎は、悠葉はビビリではなく”慎重派”なのだと慰めてくれるが……。

 ”須能流家元”という立場を継ぐことには、まだ身が竦むような、得体の知れない大きな渦の中に飛び込んでいくような恐れを感じている。

 だがこれから先、”国城紫苑”の隣にいるためには、”家元”という立場は必要不可欠だと悠葉は感じていた。

 今後ますます栄華を極めてゆくであろう国城財閥だ。その次世代のリーダーとなる国城紫苑のパートナーとして、悠葉は相応しい人間にならねばならない。

 そのためには、悠葉は”ただの悠葉”ではなく、二十七代目家元という肩書を持った、立派な人間であらねばならない。

 悠葉は紫苑の番にはなれない。それならば、立場だけでも。——紫苑の隣にいて、見劣りしない人間でいなくてはならないのだ。

 悠葉はじっと、鏡の中の自分を睨みつけた。

「……わかった。お偉いさんに、しっかり愛想振り撒いてくるわ」
「笑顔は大事ですけど、必要以上に媚びる必要はないですからね」
「媚びひんわ。母さんがどんだけ社交上手なんか、しっかり見学さしてもらわうわ」
「それがいいです。……はい、出来上がり! かっこいいですよ」

 須能家の家紋が入った薄墨色の紋付袴を身に纏い、黒髪を結い上げて額を全て出した自分の姿は、テレビの中にいた須能にそっくりだった。

 悠葉は一つ大きく息を吐き、すっと静かに立ち上がる。

「よし、行こか」
「はい、行きましょう」

 少し下の方にある有栖川の誇らしげな笑顔を見つめて、悠葉は唇に笑みを浮かべた。

 スイッチが入っている。
 これから立つのは、社交界という名の舞台だ。
しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

さかなのみるゆめ

ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

ユキ・シオン

那月
BL
人間の姿をした、人間ではないもの。 成長過程で動物から人間に変わってしまう”擬人化種”の白猫青年と、16歳年上のオッサンとのお話。 出会ったのは猫カフェ。白猫従業員としての青年と客としてやってきたオッサン。 次に再会したのは青年が人間として通う大学。オッサンは保健室の先生だった。 青年が金のためにヤバいことをしていて、あるトラブルが起こる。 そこへ見計らったかのようにオッサンが飛び込んで救出したのをきっかけに2人の距離は縮まり…… ※表紙絵は自作。本編は進むにつれてどんどん動物園と化します(笑)

分厚いメガネ令息の非日常

餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」 「シノ様……素敵!」 おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!! その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。 「ジュリーが一番素敵だよ」 「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」 「……うん。ジュリーの方が…素敵」 ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい 「先輩、私もおかしいと思います」 「だよな!」 これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

処理中です...