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第2章 記憶
11、千珠という存在
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「君は……千珠さまは、白珞鬼という、人の世にあって最強の鬼族である母親と、朝廷に仕える神祇官の父親との間に生まれた、半妖の鬼だった。
白珞鬼というのは、白を珞うという名の通り、美しい銀髪と白い肌を持つ、それはそれは美しい種族の鬼なのだ」
「鬼……俺が……?」
夢の中で感じていた、身の軽さ、細い指から鋭く伸びていた長い鉤爪、そしてあの強さ……自分の前世が人ではないものだということは感じていたが、まさかそれが『鬼』とは。
現実に存在するかも分からないようなものが、自分の前世だなんて……俄には受け入れられない話の内容だった。
「ちょうどあの頃は、戦乱の時代でね。悲惨なことの多く起こる時代だった。白珞族は、武運のある人間を見極めて力を貸し、勝利を与えるということで有名な鬼の一族なんだが、白珞の恩恵に与れぬ者はそれを良くは思わなかった。
そんな折、とある敵国の武将が僧兵を雇い、武力ではなく呪術で白珞族を滅亡に追い込んだ。ひとり難を逃れた千珠さまも僧兵どもに手傷を負わされ、命からがら人里へと逃げてきた。行き倒れていた千珠さまを匿い、千珠さまの力を所望した武将……それが青葉国棟梁・大江光政殿だった。
光政殿の下につくことを選んだ千珠さまは、戦場にて力を振るい、戦乱を終焉へと導き、この国に平和を取り戻した。そしてその後も、軍神と崇められ大切にされておいでだった」
「大江、光政……」
鮮やかな緋縅の鎧武者。俺を見つめる、穏やかな瞳……。
——あの男の人が、大江光政。行き場のない俺に、居場所をくれた人……。
ぎゅ、と胸の奥の方を、軽く締め付けられるような心地がして、珠生は心臓の前で拳を握りしめた。
「圧倒的な強さを持ちながらも、君は半妖であったがゆえに、人をその手で殺めることに対して深い深い罪の意識を感じていた。しかし、鬼としての力を求められる以上、戦で人を殺さざるを得なかった。その葛藤に深く苦しんだ時期も長かったようだ。
当世最強の男と崇められながらも、彼の内面はとてもとても繊細でね。情に脆くて、優しくて、揺れ易い……そんな、目が離せない儚さをも併せ持つお人だった」
「罪……」
覚えがある。
人を斬り殺す度、心が引き裂かれるように痛んだものだ。それでも口元には笑みが浮かび、それを見た人間たちは俺を恐れて、身を竦ませる……。
あの感情体験が、珠生の身体にじわじわと蘇る。微かに身体が震えだすのを、拳を固めて珠生は堪えた。
彰は小首を傾げて珠生の顔を覗き込みながら、藤原の言葉を引き継いで語りかけてくる。
「戦は終わったが、千珠にはもう帰る場所がなかった。光政殿や舜海の勧めに従い、君は青葉の国で生きることになった。その暮らしが落ち着き始めた頃から、この国では霊的な事件が多く起こるようになり始めた。そこで、ことあるごとに千珠は陰陽師衆に力を貸して、事件を収めるために力を尽くしてくれたんだ」
「……」
「それが君だよ。珠生」
彰はすっと糸目になり、懐かしいものを愛でるような柔らさで、にっこりと微笑んだ。
「そう。後もう一人偶然にもここに蘇った者がいたんだ。本当に驚いたよ。降りておいで」
藤原は軽く膝を叩き、二階に向かって声を掛けた。程なく、とんとんと軽やかな足音がして、黒いズボンを履いた足が見える。それは、明桜学園高等部の制服だった。
「……か、柏木くん……!?」
そこには、入学式で隣り合わせた珠生のクラスメイト、柏木湊が立っていた。湊は珠生を見て微笑み、流れるような動きで会釈をする。
「……千珠さま。お懐かしゅうございます」
「えっ?」
「彼は、青葉国の忍衆棟梁で、柊という名の忍だった」
と、彰は紹介した。
「三月の末頃からかな、段々と色んな事を思い出していたんです。後から知ったけど、それってちょうど千珠さま……いや、沖野が京都に来た頃とリンクしとったんやな」
湊は高校生にはあるまじき落ち着き払った口調で、そんなことをつらつらと喋った。珠生はあんぐりと口を開いて、クラスメイトの淡々とした顔を見つめた。
「彼も千珠さまの側近だったからかな。君の妖気の影響を受けて、ここへ転生したかもしれない」
と、藤原は爽やかに笑う。
「側近……って?」
と、珠生。
「側近ちゃいますよ、むしろ俺が頭だったんですから。忍衆の中じゃ」
「まぁいいじゃないか。今はクラスメイトだろ」
と、彰。
「おいおい、何でお前らはそんなに何でもかんでもはっきり覚えてんねん」
と、舜平は、まるで同窓会のように盛り上がる三人に文句を言った。
「千珠さまが双子となって生まれてくるなんて思ってもみなかったからね。妖気が二つに分かれてしまい、記憶や力が蘇るのに手こずっているようで」
と、藤原。
「じゃあもう半分は、双子の片割れに入っているということですか? それってあいつにも何か影響があるんですか?」
と、珠生はぞっとしてそんなことを尋ねた。
千秋までもがこんな面倒な事態に巻き込まれるなんてことがあってはならないような気がしたのだ。しかし、藤原は穏やかに首を振る。
「大丈夫。見たところ、千珠さまの魂も記憶も、間違いなく珠生くんの中に存在している。君の双子さんに宿った妖気は自然と消え、魂を持つ君の方へと、その力は収斂されることだろう」
「じゃあ。そのうち珠生も、お前らみたいに時代劇じみた口調で喋りだすんか。おかしな技、使い出すわけか?」
舜平は突然、懐疑的な口調でそう言った。皆が舜平を見る。
「影響の表れ方は千珠次第だけど……。まぁ、確かに今の珠生くんと千珠にはギャップがあるな」
彰は珠生の顔に顔を近づけ、じっとその大きな目を覗きこむ。やたらと距離が近くぎょっとした珠生は、思わず身を引いたが、舜平に背中をぶつけてそれ以上後退はできなかった。
「千珠はね、それはそれは美しい少年だった。霊気も妖気も、身から生み出すあの宝刀も、何もかも美しかった。おまけに強くてね、僕も最初に会った時は殺されかけたっけね」
彰はははは、と楽しげに笑いながら、とんでもないことを言った。
「でも、とても優しい心を持った男だった。僕自身も、妖の血を四分の一持っている半々妖ものだったから、彼は僕の唯一の同胞だったんだ。兄弟みたいに思っていた」
彰は昔を思い出すように、目を伏せて微笑む。
「俺は当時は千珠さまより十くらい年上やったから、色々と小言も言いましたよ。集団行動はできないし、言うことは聞かないし、おまけに一時期は女がらみで荒れてはって……まったく手のかかるお人やったなぁ」
「……そうなの?」
湊はげんなりした顔でそう言いながら、首を振る。
「まぁ、嫁さんもらってからはしっかりと根を張って、落ち着かはりましたけどね。それでもまぁ、意地っ張りで情に脆くて、放っておけない魅力のある可愛い人やったよ」
「よ、嫁さん?」
「まぁまぁ、それくらいにしておきなさい。珠生くんが混乱してしまう。……さて、話を戻しましょうか」
藤原は足を組み替えると、身を乗り出して珠生と舜平を見た。
白珞鬼というのは、白を珞うという名の通り、美しい銀髪と白い肌を持つ、それはそれは美しい種族の鬼なのだ」
「鬼……俺が……?」
夢の中で感じていた、身の軽さ、細い指から鋭く伸びていた長い鉤爪、そしてあの強さ……自分の前世が人ではないものだということは感じていたが、まさかそれが『鬼』とは。
現実に存在するかも分からないようなものが、自分の前世だなんて……俄には受け入れられない話の内容だった。
「ちょうどあの頃は、戦乱の時代でね。悲惨なことの多く起こる時代だった。白珞族は、武運のある人間を見極めて力を貸し、勝利を与えるということで有名な鬼の一族なんだが、白珞の恩恵に与れぬ者はそれを良くは思わなかった。
そんな折、とある敵国の武将が僧兵を雇い、武力ではなく呪術で白珞族を滅亡に追い込んだ。ひとり難を逃れた千珠さまも僧兵どもに手傷を負わされ、命からがら人里へと逃げてきた。行き倒れていた千珠さまを匿い、千珠さまの力を所望した武将……それが青葉国棟梁・大江光政殿だった。
光政殿の下につくことを選んだ千珠さまは、戦場にて力を振るい、戦乱を終焉へと導き、この国に平和を取り戻した。そしてその後も、軍神と崇められ大切にされておいでだった」
「大江、光政……」
鮮やかな緋縅の鎧武者。俺を見つめる、穏やかな瞳……。
——あの男の人が、大江光政。行き場のない俺に、居場所をくれた人……。
ぎゅ、と胸の奥の方を、軽く締め付けられるような心地がして、珠生は心臓の前で拳を握りしめた。
「圧倒的な強さを持ちながらも、君は半妖であったがゆえに、人をその手で殺めることに対して深い深い罪の意識を感じていた。しかし、鬼としての力を求められる以上、戦で人を殺さざるを得なかった。その葛藤に深く苦しんだ時期も長かったようだ。
当世最強の男と崇められながらも、彼の内面はとてもとても繊細でね。情に脆くて、優しくて、揺れ易い……そんな、目が離せない儚さをも併せ持つお人だった」
「罪……」
覚えがある。
人を斬り殺す度、心が引き裂かれるように痛んだものだ。それでも口元には笑みが浮かび、それを見た人間たちは俺を恐れて、身を竦ませる……。
あの感情体験が、珠生の身体にじわじわと蘇る。微かに身体が震えだすのを、拳を固めて珠生は堪えた。
彰は小首を傾げて珠生の顔を覗き込みながら、藤原の言葉を引き継いで語りかけてくる。
「戦は終わったが、千珠にはもう帰る場所がなかった。光政殿や舜海の勧めに従い、君は青葉の国で生きることになった。その暮らしが落ち着き始めた頃から、この国では霊的な事件が多く起こるようになり始めた。そこで、ことあるごとに千珠は陰陽師衆に力を貸して、事件を収めるために力を尽くしてくれたんだ」
「……」
「それが君だよ。珠生」
彰はすっと糸目になり、懐かしいものを愛でるような柔らさで、にっこりと微笑んだ。
「そう。後もう一人偶然にもここに蘇った者がいたんだ。本当に驚いたよ。降りておいで」
藤原は軽く膝を叩き、二階に向かって声を掛けた。程なく、とんとんと軽やかな足音がして、黒いズボンを履いた足が見える。それは、明桜学園高等部の制服だった。
「……か、柏木くん……!?」
そこには、入学式で隣り合わせた珠生のクラスメイト、柏木湊が立っていた。湊は珠生を見て微笑み、流れるような動きで会釈をする。
「……千珠さま。お懐かしゅうございます」
「えっ?」
「彼は、青葉国の忍衆棟梁で、柊という名の忍だった」
と、彰は紹介した。
「三月の末頃からかな、段々と色んな事を思い出していたんです。後から知ったけど、それってちょうど千珠さま……いや、沖野が京都に来た頃とリンクしとったんやな」
湊は高校生にはあるまじき落ち着き払った口調で、そんなことをつらつらと喋った。珠生はあんぐりと口を開いて、クラスメイトの淡々とした顔を見つめた。
「彼も千珠さまの側近だったからかな。君の妖気の影響を受けて、ここへ転生したかもしれない」
と、藤原は爽やかに笑う。
「側近……って?」
と、珠生。
「側近ちゃいますよ、むしろ俺が頭だったんですから。忍衆の中じゃ」
「まぁいいじゃないか。今はクラスメイトだろ」
と、彰。
「おいおい、何でお前らはそんなに何でもかんでもはっきり覚えてんねん」
と、舜平は、まるで同窓会のように盛り上がる三人に文句を言った。
「千珠さまが双子となって生まれてくるなんて思ってもみなかったからね。妖気が二つに分かれてしまい、記憶や力が蘇るのに手こずっているようで」
と、藤原。
「じゃあもう半分は、双子の片割れに入っているということですか? それってあいつにも何か影響があるんですか?」
と、珠生はぞっとしてそんなことを尋ねた。
千秋までもがこんな面倒な事態に巻き込まれるなんてことがあってはならないような気がしたのだ。しかし、藤原は穏やかに首を振る。
「大丈夫。見たところ、千珠さまの魂も記憶も、間違いなく珠生くんの中に存在している。君の双子さんに宿った妖気は自然と消え、魂を持つ君の方へと、その力は収斂されることだろう」
「じゃあ。そのうち珠生も、お前らみたいに時代劇じみた口調で喋りだすんか。おかしな技、使い出すわけか?」
舜平は突然、懐疑的な口調でそう言った。皆が舜平を見る。
「影響の表れ方は千珠次第だけど……。まぁ、確かに今の珠生くんと千珠にはギャップがあるな」
彰は珠生の顔に顔を近づけ、じっとその大きな目を覗きこむ。やたらと距離が近くぎょっとした珠生は、思わず身を引いたが、舜平に背中をぶつけてそれ以上後退はできなかった。
「千珠はね、それはそれは美しい少年だった。霊気も妖気も、身から生み出すあの宝刀も、何もかも美しかった。おまけに強くてね、僕も最初に会った時は殺されかけたっけね」
彰はははは、と楽しげに笑いながら、とんでもないことを言った。
「でも、とても優しい心を持った男だった。僕自身も、妖の血を四分の一持っている半々妖ものだったから、彼は僕の唯一の同胞だったんだ。兄弟みたいに思っていた」
彰は昔を思い出すように、目を伏せて微笑む。
「俺は当時は千珠さまより十くらい年上やったから、色々と小言も言いましたよ。集団行動はできないし、言うことは聞かないし、おまけに一時期は女がらみで荒れてはって……まったく手のかかるお人やったなぁ」
「……そうなの?」
湊はげんなりした顔でそう言いながら、首を振る。
「まぁ、嫁さんもらってからはしっかりと根を張って、落ち着かはりましたけどね。それでもまぁ、意地っ張りで情に脆くて、放っておけない魅力のある可愛い人やったよ」
「よ、嫁さん?」
「まぁまぁ、それくらいにしておきなさい。珠生くんが混乱してしまう。……さて、話を戻しましょうか」
藤原は足を組み替えると、身を乗り出して珠生と舜平を見た。
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