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第8章 決戦
2、彰の動揺
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猿之助と対峙している業平と佐為は、一見可憐な容姿の梨香子をじっと見据えていた。
彰は藤原の前にすっと立つと、小声で藤原に言う。
「幽体剥離の術を。僕が時間を稼ぎます」
「頼む」
彰の背後で、藤原は印を結んだ。ここまで深く生身の人間と結びついてしまった猿之助の幽体だけを剥がす術となると、かなりの集中力と時間が必要だ。
「ふん……幽体剥離の詠唱か? まぁ、この状況、それが一番妥当だろうな」
黒城牢の中で小首を傾げ、猿之助はそう言った。
今日の梨香子は、ピンク色のふんわりとしたミニスカートに、透け感のある白いブラウス、ベージュのサンダルという女性らしい格好をしている。
仕草だけ見ていれば、可愛らしい女子大生に見えなくもない。
「大人しくしていろ」
彰は印を結んだまま、冷たい声でそう言った。猿之助は微笑む。
「黒城牢か……なかなかに難しい術を易しげに使うじゃないか。人間よりも、術の扱いが上手いようだな。褒めてやる」
「黙れ」
「俺が何も知らないと思っていたか? 藤之助がお前を拾ってきた時から、何もかも分かっていたさ。うまく隠していたつもりだろうが、俺の目は誤魔化せない」
「……」
「下等な妖の血が混じっているな。千珠殿や夜顔のような高名な妖の血ではなく、汚らわしい、忌まわしき妖の血が」
彰の眉が、ぴくりと動いた。
「そんなお前に、どうしてこんな力が宿ったんだろうなぁ。あ、そうか……恐怖がそれを引き摺り出したんだったか」
「……黙れって言ってるだろう」
猿之助は楽しげに微笑んだ。彰のこめかみを、つうと汗が伝う。
「可愛らしい子どもだったものなぁ、初めて陰陽寮にやって来た頃のお前は。そりゃあ、あの薄汚い地主に何をされても不思議ではない」
「……やめろ」
彰の呼吸が乱れる。藤原は、背後から彰の背中を見上げながら、焦りを感じていた。
——佐為……もう少し、こらえてくれ。頼む。心を揺らすな、それは前世の過去だ。今のお前とは違うのだから……。
藤原は、詠唱を続けながら佐為に向かってそう念じ続けた。
「血は穢れ、肉体までも汚れているなど……ふっ、薄汚い餓鬼だ。お前のような餓鬼を後生大事に抱え続けるとは、陰陽師衆も」
「……もう、やめろ……黙れ」
すっと、彰が印を解いた。がらがらと、黒い檻が瓦解していく。猿之助の細く微笑んだ顔が、崩れ去る牢の向こうに見え隠れしていた。
彰はすぐに違う印を結ぶと、目を見開いて猿之助を睨みつけた。
その目の瞳孔が、縦に細く裂ける。
「猿之助……殺す……!!!」
「はっははは!! いい目だ、佐為!! 殺せ殺せ、この女ごとな!!」
「陰陽・黒槍!! 急急如律令!!」
佐為の身体から紅蓮の炎が燃え上がった。
炎はみるみる黒炎に色を変え、鋭い槍のような形をとって猿之助に鋭く突き進む。
猿之助はそれを避けるでもなく、笑みを浮かべたままその槍を見据えていた。
「佐為! 駄目だ!」
背後で術の詠唱を中断した業平の声が、彰を我に返した。彰は咄嗟に印を解いたが、術の速度が早すぎてもう止まらない。
梨香子に黒い槍が突き刺さろうとした瞬間、珠生の宝刀が光の如く突っ込み、黒い槍の横面を弾く。
皆がはっとしてそちらを見ると、影龍と対峙している最中の珠生が、じっと彰を見つめていた。
「佐為、お前らしくないな。しっかりしろ」
珠生は引き締まった表情をした顔で微笑み、彰にそう言った。
彰は、ゆっくりと瞬きをして、珠生の静かな瞳を見つめている。
「……千珠」
「こんな奴の言葉に、惑わされるな」
珠生は再びくるりと身体の向きを変え、影龍に向き直った。
彰は、唇を歪める。
「は……ははは……そうだな。その通りだ」
「佐為、私と替われ。今のお前じゃ無理だ」
立ち上がった業平が、彰の肩を引いた。しかし彰は、その手を振り払う。
「いいえ、もう大丈夫です。業平様は、術の続きを」
「しかし……」
「早く!」
断固とした彰の声に、藤原は再び幽体剥離の詠唱を始めた。
「陰陽閻矢百万遍!! 急急如律令!!」
梨香子の声が、鋭く佐為に突き刺さる。数千の破魔矢が、まっすぐに彰と藤原に向けて飛び掛ってきた。彰の目が、ぎらりと光った。
「陰陽五行、反射鏡!!」
ふたりの前に、透明な鏡のようなものが生まれ、その矢を全て跳ね返す。猿之助はひらりと身を交わして、とん、と土塀の上に立った。目標を失った矢が、霧散して消えていく。
「はっ、今更お前に何ができる。この程度の言葉に、心を惑わす貴様ごときが!」
「……いい気になるなよ」
彰は、そう呟いて、怒りにぎらつく鋭い目を、猿之助に向けた。
彰は藤原の前にすっと立つと、小声で藤原に言う。
「幽体剥離の術を。僕が時間を稼ぎます」
「頼む」
彰の背後で、藤原は印を結んだ。ここまで深く生身の人間と結びついてしまった猿之助の幽体だけを剥がす術となると、かなりの集中力と時間が必要だ。
「ふん……幽体剥離の詠唱か? まぁ、この状況、それが一番妥当だろうな」
黒城牢の中で小首を傾げ、猿之助はそう言った。
今日の梨香子は、ピンク色のふんわりとしたミニスカートに、透け感のある白いブラウス、ベージュのサンダルという女性らしい格好をしている。
仕草だけ見ていれば、可愛らしい女子大生に見えなくもない。
「大人しくしていろ」
彰は印を結んだまま、冷たい声でそう言った。猿之助は微笑む。
「黒城牢か……なかなかに難しい術を易しげに使うじゃないか。人間よりも、術の扱いが上手いようだな。褒めてやる」
「黙れ」
「俺が何も知らないと思っていたか? 藤之助がお前を拾ってきた時から、何もかも分かっていたさ。うまく隠していたつもりだろうが、俺の目は誤魔化せない」
「……」
「下等な妖の血が混じっているな。千珠殿や夜顔のような高名な妖の血ではなく、汚らわしい、忌まわしき妖の血が」
彰の眉が、ぴくりと動いた。
「そんなお前に、どうしてこんな力が宿ったんだろうなぁ。あ、そうか……恐怖がそれを引き摺り出したんだったか」
「……黙れって言ってるだろう」
猿之助は楽しげに微笑んだ。彰のこめかみを、つうと汗が伝う。
「可愛らしい子どもだったものなぁ、初めて陰陽寮にやって来た頃のお前は。そりゃあ、あの薄汚い地主に何をされても不思議ではない」
「……やめろ」
彰の呼吸が乱れる。藤原は、背後から彰の背中を見上げながら、焦りを感じていた。
——佐為……もう少し、こらえてくれ。頼む。心を揺らすな、それは前世の過去だ。今のお前とは違うのだから……。
藤原は、詠唱を続けながら佐為に向かってそう念じ続けた。
「血は穢れ、肉体までも汚れているなど……ふっ、薄汚い餓鬼だ。お前のような餓鬼を後生大事に抱え続けるとは、陰陽師衆も」
「……もう、やめろ……黙れ」
すっと、彰が印を解いた。がらがらと、黒い檻が瓦解していく。猿之助の細く微笑んだ顔が、崩れ去る牢の向こうに見え隠れしていた。
彰はすぐに違う印を結ぶと、目を見開いて猿之助を睨みつけた。
その目の瞳孔が、縦に細く裂ける。
「猿之助……殺す……!!!」
「はっははは!! いい目だ、佐為!! 殺せ殺せ、この女ごとな!!」
「陰陽・黒槍!! 急急如律令!!」
佐為の身体から紅蓮の炎が燃え上がった。
炎はみるみる黒炎に色を変え、鋭い槍のような形をとって猿之助に鋭く突き進む。
猿之助はそれを避けるでもなく、笑みを浮かべたままその槍を見据えていた。
「佐為! 駄目だ!」
背後で術の詠唱を中断した業平の声が、彰を我に返した。彰は咄嗟に印を解いたが、術の速度が早すぎてもう止まらない。
梨香子に黒い槍が突き刺さろうとした瞬間、珠生の宝刀が光の如く突っ込み、黒い槍の横面を弾く。
皆がはっとしてそちらを見ると、影龍と対峙している最中の珠生が、じっと彰を見つめていた。
「佐為、お前らしくないな。しっかりしろ」
珠生は引き締まった表情をした顔で微笑み、彰にそう言った。
彰は、ゆっくりと瞬きをして、珠生の静かな瞳を見つめている。
「……千珠」
「こんな奴の言葉に、惑わされるな」
珠生は再びくるりと身体の向きを変え、影龍に向き直った。
彰は、唇を歪める。
「は……ははは……そうだな。その通りだ」
「佐為、私と替われ。今のお前じゃ無理だ」
立ち上がった業平が、彰の肩を引いた。しかし彰は、その手を振り払う。
「いいえ、もう大丈夫です。業平様は、術の続きを」
「しかし……」
「早く!」
断固とした彰の声に、藤原は再び幽体剥離の詠唱を始めた。
「陰陽閻矢百万遍!! 急急如律令!!」
梨香子の声が、鋭く佐為に突き刺さる。数千の破魔矢が、まっすぐに彰と藤原に向けて飛び掛ってきた。彰の目が、ぎらりと光った。
「陰陽五行、反射鏡!!」
ふたりの前に、透明な鏡のようなものが生まれ、その矢を全て跳ね返す。猿之助はひらりと身を交わして、とん、と土塀の上に立った。目標を失った矢が、霧散して消えていく。
「はっ、今更お前に何ができる。この程度の言葉に、心を惑わす貴様ごときが!」
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彰は、そう呟いて、怒りにぎらつく鋭い目を、猿之助に向けた。
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