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第3幕 ——天孫降臨の地——
最終話 英雄の姿
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一行は、関西国際空港を経て、再び特急はるか号へと乗車していた。
一週間前に見た風景を逆に見ながら、京都へと帰っていく。
亜樹は帰り道もくじ引きで席を決めると言い出し、メモ用紙を破いて適当にクジを作った。それによって席順が決められ、各々が席につく。
「……で、また隣か」
と、珠生は仏頂面でそう言った。隣に座る亜樹も、同じような顔で珠生を睨んだ。
「もう一回決め直したいって言っても、先輩に面倒だからって却下されてんから、しかたないやん」
「好きに座ればよかったのに」
「もういいやん、どうせ寝るやろ」
「ま、それもそうか」
それでも珠生は亜樹に窓際を譲ってやると、深く座ってため息をついた。
珠生たちの後ろの席には、舜平と彰がいて、通路を挟んでその横には葉山と湊が座っていた。
葉山と湊は、どこから持ってきたのか小さなゲーム盤でオセロをし始めている。帰り道は仕事が無いのか、葉山はくつろいだ表情で楽しげに湊と遊んでいた。それでも相当湊が上手であるらしく、「……もう一回」と葉山がしつこく食い下がっている声が聞こえてくる。
背後では彰が舜平のアメリカ話を聞いているらしく、真面目な単語が耳に入ってくる。頭のいい彰相手であれば、舜平も研究についての話が通じやすいのか、珠生が聞いたことのない物質の名前がポンポンと飛び交っていた。
ぼんやりと眠たい頭でそんな背後の様子を感じながら、珠生は窓の外を眺めて黙っている亜樹をちらりと見た。
ショートボブの黒髪と、眉の上で潔くカットした前髪が揺れる。きりっとした意志の強そうな目つきは、やはりどこか緋凪と似通ったものがあった。
あの神事の時、神を降ろした亜樹の表情は、凍り付くように美しかった。
巫女衣装と美しい黄金の冠を戴き、紅を差した唇を微笑ませて言葉を与えたときの彼女の声は、背筋がぞくりとするほどに神々しいものだった。
白くたっぷりとした袖を翻し、篝火と雅楽の中を舞う亜樹の姿は、珠生の記憶の中に、遠い昔、千珠をはじめて孤独から救った少女を彷彿とさせた。
花音。
千珠を孤独から救った少女は、彼が戦から戻るのを待たずに病に連れ去られてしまった。
一度だけ見た、花音の春風のような舞と、亜樹の舞う姿が重なって見えたのだ。
今、亜樹は孤独ではないだろうか。自分たちといて、その心は軽くなったのだろうか。
珠生は亜樹の横顔を見ながら、心のなかでそう問いかけた。
ふと、亜樹が珠生の方を向いた。あまりにタイミングが良かったので、珠生はびっくりしてしまう。
「なに考えてたん?」
攻撃的な様子もなく、そう尋ねてきた亜樹の顔は穏やかだった。珠生は少し微笑んだ。
「神事の時、天道さんがきれいだったなと思って」
珠生の言葉に、亜樹の顔が一瞬で真っ赤に染まる。亜樹はぷいと目をそらすと、座席の前ポケットに入れていたお菓子をがさがさと取り出した。
「どうせ自分のほうがきれいやとか思ってんねやろ」
「え、いやそんなことないけど」
「嘘つけ、絶対思ってるやろ。ほんまキモい」
「キモイはやめて」
ぽりぽりとポッキーを食べ始めた亜樹は、渋い顔をして珠生を見た。
「まぁ、あんたの顔は綺麗や。それは認めたる」
「だから顔は、って言い方やめてくんない? 性格すんごい悪いみたいじゃないか」
「そんなええもんでもないやろ」
珠生は少し膨れると、亜樹のポッキーを一本素早く奪った。
亜樹はきょとんとしていたが、最後のポッキーを奪われたことに気づくと、また怒り出す。
「こんなことにその素早さ使うなや!」
「いいじゃん別に一本くらい」
「最後の一本ってとこが異様に腹立つ」
「ケチケチすんなって」
「関西人はケチやねん!」
「あぁもう、うるさいなぁ」
「二人ともうるさい。静かにしたまえ」
背後から彰の声が二人にひんやりと注がれて、珠生と亜樹はビクッと肩を揺らした。
二人は背筋をやや正して座り直すと、「すみません」と同時に謝る。
舜平が笑う声がする。そして、オセロに負けた葉山がくやしがる声がする。
珠生は穏やかな気持ちを噛み締めながら、心地よく揺れる列車の揺れに身を任せた。ふと気づくと、窓の外を眺めるふりをしつつ、亜樹が新たに開封したポッキーを差し出している。珠生はそれを見て、少し笑ってしまった。
一路、京都へ。
特急はるか号は一直線に走っていく。
+
「あらあら、寝てるの」
京都に着く手前で、葉山は荷物を降ろそうと立ち上がり、随分静かになった面々を見渡した。
隣の列では、窓枠に肘をついて眠っている舜平にもたれかかり、腕組みをして眠っている彰がいる。なんだかんだと言って、疲れたのだろう。まるで兄弟のように見える二人が微笑ましい。
更にその前を覗いてみると、珠生と亜樹が仲良く頭を寄せあって眠っている。珠生の肩にもたれかかった亜樹の頭にもたれて、二人は熟睡しているようだ。葉山は微笑んだ。
「なんだかんだ言って、みんなまだまだ子どもね」
「俺も同い年ですけどね」
と、湊は眼鏡を押し上げて、まるで眠くも無さそうにそう言った。葉山は苦笑する。
「あなたは本当に落ち着いてるわね」
「誰か起きとかんと、寝過ごしても困るでしょ。滋賀まで行ってまいますからね」
「あら、私は起きてたのに」
「葉山さんも、高槻あたりまで寝てはったじゃないですか」
「……そうだっけ」
葉山は苦笑して、皆を起こして回り始めた。車内アナウンスの声が、京都を告げる。
ぼんやりしている皆を追い立てながら電車を降りると、京都独特の絡みつくような暑さが、全身にまとわりついてくる。
久方ぶりの京都だ。今その不快さすらも懐かしい気がした。
ホーム上を、ふらつきながら一列に並んで歩く若者たちを後ろから眺めながら、葉山はふっと微笑んだ。
——この子達、自分たちがどんなにすごいことをしてるかっていう自覚、あるのかしら。
——君たちは、前世でも今世でも、英雄なのよ?
ふと、立ち止まった彰が振り返る。一歩引いて歩いている葉山を見て、彼は不敵に微笑んだ。
立ち止まった彰につられるように、五人は葉山を振り返った。
葉山の目には一瞬、並び立った五人の姿が、慣れ親しんだ若者たちとは違う姿に見えた。
銀髪に白装束姿の千珠を中心に、黒い法衣を着崩して、気持よく笑う舜海。
陰陽師衆の黒装束姿で、妖しく微笑む佐為の姿。
すらりとした長身に忍装束を纏い、冷静な眼差しで皆を見守る柊。
そして、巫女衣装に長い黒髪を揺らす、緋凪の姿。
幼い頃から読み親しんだ神話の中の登場人物たちが、今目の前に並んでいるような気分になったのだ。
「どうしたんですか? 疲れたの?」
と、彰が気遣うようにそう言った。その声に、葉山ははっと我に返った。
「いいえ、大丈夫よ。皆、切符持ってるわよね」
「当たり前やん」
と、舜平が笑う。
「早よ帰ろうや、俺、寝てないからもう眠たいわ」
と、湊が大あくびをする。
「え、ずっと起きてたの?」
と、珠生が驚いたように湊を見上げている。
「うちも眠たい」
「天道さんはずっと寝てたろ」
と、眠たげにしている亜樹に珠生がそう言う。
「沖野かて寝てたやん。思いっきりうちにもたれよって、重たいねん」
「先に寄っかかってきたのはそっちだろ」
「そんなことないわ! このスケベ!」
「もう、だからスケベって言うなよ!」
「だからうるさいって言ってるだろ」
喧嘩をし始める珠生と亜樹を、彰が面倒くさそうにたしなめ、舜平と湊が苦笑する。
葉山は笑いながらそんな若者たちの背を押して、京都駅の中央改札口をくぐった。
まだまだ高い太陽が、駅ビルの硝子をすり抜けて皆を照らす。
京都の夏は、まだまだこれからだ。
ー天孫降臨の地ー ・ 終
一週間前に見た風景を逆に見ながら、京都へと帰っていく。
亜樹は帰り道もくじ引きで席を決めると言い出し、メモ用紙を破いて適当にクジを作った。それによって席順が決められ、各々が席につく。
「……で、また隣か」
と、珠生は仏頂面でそう言った。隣に座る亜樹も、同じような顔で珠生を睨んだ。
「もう一回決め直したいって言っても、先輩に面倒だからって却下されてんから、しかたないやん」
「好きに座ればよかったのに」
「もういいやん、どうせ寝るやろ」
「ま、それもそうか」
それでも珠生は亜樹に窓際を譲ってやると、深く座ってため息をついた。
珠生たちの後ろの席には、舜平と彰がいて、通路を挟んでその横には葉山と湊が座っていた。
葉山と湊は、どこから持ってきたのか小さなゲーム盤でオセロをし始めている。帰り道は仕事が無いのか、葉山はくつろいだ表情で楽しげに湊と遊んでいた。それでも相当湊が上手であるらしく、「……もう一回」と葉山がしつこく食い下がっている声が聞こえてくる。
背後では彰が舜平のアメリカ話を聞いているらしく、真面目な単語が耳に入ってくる。頭のいい彰相手であれば、舜平も研究についての話が通じやすいのか、珠生が聞いたことのない物質の名前がポンポンと飛び交っていた。
ぼんやりと眠たい頭でそんな背後の様子を感じながら、珠生は窓の外を眺めて黙っている亜樹をちらりと見た。
ショートボブの黒髪と、眉の上で潔くカットした前髪が揺れる。きりっとした意志の強そうな目つきは、やはりどこか緋凪と似通ったものがあった。
あの神事の時、神を降ろした亜樹の表情は、凍り付くように美しかった。
巫女衣装と美しい黄金の冠を戴き、紅を差した唇を微笑ませて言葉を与えたときの彼女の声は、背筋がぞくりとするほどに神々しいものだった。
白くたっぷりとした袖を翻し、篝火と雅楽の中を舞う亜樹の姿は、珠生の記憶の中に、遠い昔、千珠をはじめて孤独から救った少女を彷彿とさせた。
花音。
千珠を孤独から救った少女は、彼が戦から戻るのを待たずに病に連れ去られてしまった。
一度だけ見た、花音の春風のような舞と、亜樹の舞う姿が重なって見えたのだ。
今、亜樹は孤独ではないだろうか。自分たちといて、その心は軽くなったのだろうか。
珠生は亜樹の横顔を見ながら、心のなかでそう問いかけた。
ふと、亜樹が珠生の方を向いた。あまりにタイミングが良かったので、珠生はびっくりしてしまう。
「なに考えてたん?」
攻撃的な様子もなく、そう尋ねてきた亜樹の顔は穏やかだった。珠生は少し微笑んだ。
「神事の時、天道さんがきれいだったなと思って」
珠生の言葉に、亜樹の顔が一瞬で真っ赤に染まる。亜樹はぷいと目をそらすと、座席の前ポケットに入れていたお菓子をがさがさと取り出した。
「どうせ自分のほうがきれいやとか思ってんねやろ」
「え、いやそんなことないけど」
「嘘つけ、絶対思ってるやろ。ほんまキモい」
「キモイはやめて」
ぽりぽりとポッキーを食べ始めた亜樹は、渋い顔をして珠生を見た。
「まぁ、あんたの顔は綺麗や。それは認めたる」
「だから顔は、って言い方やめてくんない? 性格すんごい悪いみたいじゃないか」
「そんなええもんでもないやろ」
珠生は少し膨れると、亜樹のポッキーを一本素早く奪った。
亜樹はきょとんとしていたが、最後のポッキーを奪われたことに気づくと、また怒り出す。
「こんなことにその素早さ使うなや!」
「いいじゃん別に一本くらい」
「最後の一本ってとこが異様に腹立つ」
「ケチケチすんなって」
「関西人はケチやねん!」
「あぁもう、うるさいなぁ」
「二人ともうるさい。静かにしたまえ」
背後から彰の声が二人にひんやりと注がれて、珠生と亜樹はビクッと肩を揺らした。
二人は背筋をやや正して座り直すと、「すみません」と同時に謝る。
舜平が笑う声がする。そして、オセロに負けた葉山がくやしがる声がする。
珠生は穏やかな気持ちを噛み締めながら、心地よく揺れる列車の揺れに身を任せた。ふと気づくと、窓の外を眺めるふりをしつつ、亜樹が新たに開封したポッキーを差し出している。珠生はそれを見て、少し笑ってしまった。
一路、京都へ。
特急はるか号は一直線に走っていく。
+
「あらあら、寝てるの」
京都に着く手前で、葉山は荷物を降ろそうと立ち上がり、随分静かになった面々を見渡した。
隣の列では、窓枠に肘をついて眠っている舜平にもたれかかり、腕組みをして眠っている彰がいる。なんだかんだと言って、疲れたのだろう。まるで兄弟のように見える二人が微笑ましい。
更にその前を覗いてみると、珠生と亜樹が仲良く頭を寄せあって眠っている。珠生の肩にもたれかかった亜樹の頭にもたれて、二人は熟睡しているようだ。葉山は微笑んだ。
「なんだかんだ言って、みんなまだまだ子どもね」
「俺も同い年ですけどね」
と、湊は眼鏡を押し上げて、まるで眠くも無さそうにそう言った。葉山は苦笑する。
「あなたは本当に落ち着いてるわね」
「誰か起きとかんと、寝過ごしても困るでしょ。滋賀まで行ってまいますからね」
「あら、私は起きてたのに」
「葉山さんも、高槻あたりまで寝てはったじゃないですか」
「……そうだっけ」
葉山は苦笑して、皆を起こして回り始めた。車内アナウンスの声が、京都を告げる。
ぼんやりしている皆を追い立てながら電車を降りると、京都独特の絡みつくような暑さが、全身にまとわりついてくる。
久方ぶりの京都だ。今その不快さすらも懐かしい気がした。
ホーム上を、ふらつきながら一列に並んで歩く若者たちを後ろから眺めながら、葉山はふっと微笑んだ。
——この子達、自分たちがどんなにすごいことをしてるかっていう自覚、あるのかしら。
——君たちは、前世でも今世でも、英雄なのよ?
ふと、立ち止まった彰が振り返る。一歩引いて歩いている葉山を見て、彼は不敵に微笑んだ。
立ち止まった彰につられるように、五人は葉山を振り返った。
葉山の目には一瞬、並び立った五人の姿が、慣れ親しんだ若者たちとは違う姿に見えた。
銀髪に白装束姿の千珠を中心に、黒い法衣を着崩して、気持よく笑う舜海。
陰陽師衆の黒装束姿で、妖しく微笑む佐為の姿。
すらりとした長身に忍装束を纏い、冷静な眼差しで皆を見守る柊。
そして、巫女衣装に長い黒髪を揺らす、緋凪の姿。
幼い頃から読み親しんだ神話の中の登場人物たちが、今目の前に並んでいるような気分になったのだ。
「どうしたんですか? 疲れたの?」
と、彰が気遣うようにそう言った。その声に、葉山ははっと我に返った。
「いいえ、大丈夫よ。皆、切符持ってるわよね」
「当たり前やん」
と、舜平が笑う。
「早よ帰ろうや、俺、寝てないからもう眠たいわ」
と、湊が大あくびをする。
「え、ずっと起きてたの?」
と、珠生が驚いたように湊を見上げている。
「うちも眠たい」
「天道さんはずっと寝てたろ」
と、眠たげにしている亜樹に珠生がそう言う。
「沖野かて寝てたやん。思いっきりうちにもたれよって、重たいねん」
「先に寄っかかってきたのはそっちだろ」
「そんなことないわ! このスケベ!」
「もう、だからスケベって言うなよ!」
「だからうるさいって言ってるだろ」
喧嘩をし始める珠生と亜樹を、彰が面倒くさそうにたしなめ、舜平と湊が苦笑する。
葉山は笑いながらそんな若者たちの背を押して、京都駅の中央改札口をくぐった。
まだまだ高い太陽が、駅ビルの硝子をすり抜けて皆を照らす。
京都の夏は、まだまだこれからだ。
ー天孫降臨の地ー ・ 終
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