琥珀に眠る記憶

餡玉(あんたま)

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第6幕 スキルアップと、親睦を深めるための研修旅行

20、珠生vs深春

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「おお、湊。来とったんか」
と、汗だくの舜平が湊と亜樹、そして紺野のいるところへ近づいてきた。

「舜平、これ、どうしたん?」
「二人の体力は底抜けやからな、未だに決着が着かへんねん。というか、楽しんでるからいつ終わるかわかれへん」
「……」

 湊は呆れるやら感心するやらで、改めて珠生と深春が戦っている様子を見つめた。

 波打ち際で打ち合っている二人は、もはや本気の目をしている。


 攻撃は主に深春が積極的に行なっているように見えるが、その拳にも剣にもまるで手加減の色がない。鋭い目付きで珠生を狙い、木刀で連撃を打ったかと思うと、今度は踵を軸にくるりと身体を回転させ、その反動を利用して裏拳を繰り出す。

 その動きを読んでいる珠生は、目を光らせて身を引きながらそれを避け、ぐっと体重をかけて踏みとどまったかと思ったら、すぐにそこから一歩を踏み込んで深春に鋭い突きを繰り出すのだ。

「うお!!」
 深春は悲鳴を上げながら首を即座に左に逃し、ふらりとよろけて手をついた。しかしただでは転ばないらしく、そのまま両手をついてくるりと身体を回転させて後ろに飛ぶと、ざっと膝をついて珠生を見据える。

 今度は珠生が攻めにまわり、木刀を腰に帯びた格好から、抜刀術でも繰り出すような動きで鋭く深春に斬りかかる。剣の腹でそれを受けた深春の顔が歪み、歯を食いしばって重みに耐えている様子が見て取れた。

 珠生は刀を振りぬいた勢いもそのままに、今度は木刀の柄で深春の鳩尾を狙う。それをもろに食らった深春が、「っが……っ!」と苦しげな声を漏らした。しかしその目はぎらぎらと珠生を睨みつけたまま、更に攻撃に転じようとする。

 しかし珠生の攻撃は止まらず、今度は袈裟斬りに木刀を振り下ろし、咄嗟に身を引いた深春のシャツを思い切り切り裂いた。


「く……っそぉ!!」
 深春の目がぎらりと光り、ぶわ、と青黒い妖気がその身を覆う。そして木刀を持っていない左の手で拳を固めると、思い切り珠生の頬めがけて鋭く突き出した。

「……っわ!!」

 深春の拳の大きさよりも遥かに大きな質量を持ったものが、珠生に襲いかかる。まるで分厚い鎧のように、青黒い妖気が深春の拳を覆っているのだ。これは紛れもなく、夜顔が土御門邸で見せた技だ。深春もまた、その身に前世の力を宿すようになっていることに気づき、珠生ははっとした。

 まるで焦げたように、珠生のTシャツの前が破れている。顕になった胸と腹を見下ろして、珠生はにっと勝気に笑った。

「……本気だな」
「じゃねぇと、やられちまうだろうが」
と、深春もニヤリと笑いながら、肩で息をする。

「まぁいいや。ここまで来たら、どこまでやれるか試してやるよ」
「そんな偉そうな口、いつまできいてられるかな」 

 深春はそう言うなり、一足飛びに珠生の懐に飛び込んできた。それを捉える珠生の瞳も、すうと琥珀色に染まっていく。

 深春は下からアッパーカットを繰り出して、珠生の顎をまっすぐに狙ってきた。妖気の鎧があることで、深春の間合いはさっきとは全く違う距離感を持っている。珠生は瞬時にそれを測ると、ひらりと後ろに一回転した。

 いくらか砂に衝撃を吸収されてしまうが、珠生は全身をばねのように使って地面を蹴って、深春の頭上数メートル上にまで跳躍した。そしてその勢いのまま、深春の脳天めがけて木刀を振り下ろす。

「おおおお!!」
「っらぁああ!!!」

 顔の前で交差した深春の腕が、珠生の木刀を粉砕する。防御のように見える格好だが、その破壊力は積極的な攻撃のようだった。深春は腕の下から珠生を見上げてにやりと笑うと、まだ空中にいる珠生に向かって下から木刀を突き上げた。

「終わりだぁ!!」
「わっ」

 珠生は鋭く突き上げられる木刀の刀身を蹴って深春の攻撃を逃れると、着地と同時に後ろ回し蹴りを深春の首に炸裂させた。

 それは見事に深春の首と側頭部をとらえ、深春はざぶんと海の中に吹っ飛んで倒れた。浅瀬に仰向けになった深春は、ごほごほっと咳き込みながら、はぁはぁと荒い呼吸をしている。

 とん、と音もなく砂浜の上に着地した珠生は、しばらくじっとその波間に見える深春の姿を見つめていた。

 その琥珀色の瞳に海の青を映しながら、珠生は何度か静かにゆっくりと瞬きをした。ゆっくりと、明るい琥珀色が、胡桃色の珠生の目に戻っていく。


「……ってぇ……くっそぉ!!」

 ざば、と顔を起こして珠生を睨みつける深春であったが、首に食らった打撃のせいでうまく体が動かないらしい。ぐぐ、と力を込めて上半身だけを何とか起こし、悔しげに珠生を見上げる。


 青い空を背景に立つ珠生の姿が、深春の瞳に鮮やかに映っていた。


 深春によって焼かれたTシャツは焦げているが、その下に見える白い肌は抜けるように白い。
 美しく整った顔に浮かんだ勝気な笑み、全身にまとった青白く凛とした気は、思わず見惚れてしまうほどに美しかった。


「……まだ、する?」
「……いや、降参だ」

 珠生はふっと笑うと、ざぶざぶと浅瀬を進んで深春のもとに近づくと、腕を引っ張って立たせた。こうして並んで立つと、珠生のほうが身体は小さいというのに、圧倒的な威圧感だ。

「参りました」
と、深春はぺこりと一礼する。

「ありがとうございました」
 珠生も礼を返して、深春ににっこりと笑って見せた。そのふんわりとした優しい笑顔は、いつもの珠生の笑顔だった。

「完敗だわ。俺はつい妖気まで出ちまったのに、珠生くんはそのまんまだもんな」
「そんなことないよ、最後は俺もちょっと本気出したもん」
「え!? 最後だけ!? 俺はずっと本気だったのに!?」
「あ、いや、なんていうか……」

 むきーと怒りだした深春を、珠生は苦笑いしながら両手で制す。

「なんだよなんだよ!! もっかいやれよ! 本気で攻撃してこいってば!!」
「いや攻撃は本気だったって!」
「あっ!! そういえば宝刀抜いてねぇじゃねぇか!! あれ出さないと本気じゃねぇだろ!」
「宝刀は駄目だろ、ルール違反だよ。陰陽術使うようなもんだもん」
「いいや、今度は宝刀抜いて俺と戦えよ! 俺もフルパワーで妖気全開でやってやる!」
「そんなことになったら自然破壊しちゃうだろ!」



 浅瀬の中で喧嘩し始めた二人を眺める陰陽師の面々は、ただただ驚いていた。二人の力量を目の当たりにして、後半は殆ど言葉も出なかった。

「佐為さま、千珠さまは分かります。それより、あの少年は、一体……」
と、中井がごくりと喉を鳴らしながらそう尋ねた。彰は微笑んで、腕組みをしながら答える。

「彼も元半妖でね、そこそこに高名な人物だった。まぁ、血としては僕と似たようなもんだ」
「……なるほど」

 糸目になって笑う彰をみて、中井はごくりとまたつばを飲む。意味深な彰の目付きに、冷や汗が流れる。

「……今後、彼は珠生と同様戦力の要だ。しっかり鍛えてやってね」
「……はい」
 今度は珠生に取っ組み合おうとしている深春を見て、彰はやれやれとため息をついた。

「舜平、敦、あの二人を引きずってこい。僕は腹が減ったよ」
「あ、お、おお」
 皆と同様、呆然として二人の戦いを見つめていた舜平と敦は、彰の指示でざぶざぶと海へ入っていく。

 彰は踵を返すと、ぱんぱんと手を打ち、食事を取っていないものを食堂へと追い立てる。その中には、莉央もいた。

「……やっぱ強いわね」
「だろ? 思った以上じゃないか?」
「ええ。想像以上だったわ。ふたりともが」
「頼もしい限りじゃないか。彼らは君の手駒になるんだよ?」
「……手駒ね、いい響き」

 莉央はすっぴんでも美しい顔に笑みを乗せて、ホテルの方へと足を向けた。
 彰はすっと笑みを引っ込めると、ぎらぎらと真夏並みに照りつける太陽を見あげ、そして浅瀬でまだ何やらもめている四人を見つけて苦笑した。


「もうええからほら! 帰るぞ深春!」
と、舜平がおもちゃを買ってもらえなくてぐずっている子どものような深春を、後ろから羽交い絞めにしている。

「離せ離せ! ふざけんなー!」
「五月蝿いなぁもう。俺もお腹減ったよ」
と、珠生は破れたTシャツをつまみながら砂浜へと戻りつつ、肩をすくめている。そんな珠生の白い肌を敦がまじまじと見下ろしている。

「君はほんまに肌がきれいじゃなぁ……触ってもええ?」
「い、いやですよ気持ち悪い! 近づかないでください!!」
と、珠生は青い顔をして、ざぶざぶと急いで砂浜の方へと駆け戻ってきた。

「おい!! 俺の目の前で堂々とセクハラすんなや!!」
と、その後ろから深春を引きずりつつ、舜平が文句を言っている。
「やかましい、ちょっとくらいええじゃろ」
「ようないわ! 変態公務員め」
「じゃー舜平に許可もらえばセクハラしてええんか?」
「許可なんかやらへんし。もうお前は珠生の半径三メートル以内に近づくな!」
「なになに!? 何で舜平の許可!? どういう意味!?」
と、喚いていた深春がそこだけは耳ざとく聞きつけて、舜平を見上げている。

「五月蝿い。知るか!」
と、舜平。
「何で怒ってんの?」
と、深春。
「もういい加減にしてよ。変態」
と、珠生が振り返って文句を言っている。

「何やってんだか……」
 彰は笑いながらそんなやり取りを眺めていたが、すたすたと自分の傍らに戻ってきた珠生の肩に、タオルを引っ掛けてやる。そしてスマートな動作で珠生の肩を抱き、さっさとホテルに戻りながら舜平たちにこう言った。

「やれやれ、君たちはセクハラの罪でお仕置きだよ」
「は!? なんでやねん!?」
「お前のそれはセクハラじゃないんか!!」
と、舜平と敦が喚いた。
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