琥珀に眠る記憶

餡玉(あんたま)

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珠生、社会人一年目の夏

エピローグ

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 そして九月になり、珠生の東京出張の日となった。

 朝晩はいくらか涼しい風が吹くようになったものの、日中の日差しはぎらぎらと眩しい。黒いスーツ姿でキャリーケースを引きながら、珠生は恨めしげに太陽を見上げた。

 京都駅は、新幹線を待つ人たちで溢れかえっている。夏休みは終わっているため小さな子供の姿は見当たらないが、大きな荷物を抱えた外国人観光客の姿や、大学生と思しき旅行者、珠生と同様、スーツに身を包んだビジネスマンたちが、思い思いにホームの上で過ごしている。

「……高遠さん、どこかな」

『十時五十二分、東京行きののぞみ十一号車で待ち合わせよう』、というあっさりとしたメールを受け取ってはいたのだが、まだそこに高遠の姿はない。ちょっと周囲を見回した後、珠生は降り口付近で立ち止まり、メールを確認しようとスマートフォンを取り出した。

 時刻は午前十時四十五分、あと数分で新幹線が到着する。しかし高遠の姿は見えない上になんの連絡もなく、珠生は若干不安になってきた。

 東京出張の目的は、宮内庁長官に今回の催事について報告することだ。また、転生者として特別警護担当官に就任した珠生が、長官と面会するという目的がある。
 宮内庁長官は藤原とも付き合いが長く、裏日本の歴史についても理解のある人物らしい。今後主たる戦力となることが確実となっている珠生の存在には、以前からずっと関心を抱いていたのだと聞いている。

 そういう意味あいの出張であるため、珠生はやや緊張していた。なので、早く高遠に来てもらいたいと考えているのだが……。


 その時、ぽんと肩を叩かれた。
 高遠かと思った珠生は、さっと後ろを振り返る。


 そして、目を見張った。


「しゅ、舜平さん……?」
「おう、珠生」
「え……? な、何してんのこんなとこで。それに、その格好……」

 珠生と揃いのような黒いスーツに身を包んだ舜平が、爽やかな笑顔を浮かべて立っている。突然のことに思考がついて行かず、珠生はぱちぱちと目を瞬きながら舜平を見上げることしかできなかった。

「しゅ、出張か何か?」
「ああ、俺も出張やねん」
「どこまで行くの?」
「東京。俺な、転職してん。ほんで宮内庁長官に挨拶に伺わなかあんことになってな」
「く……宮内庁!?」


 その時、新幹線到着を告げるベルが、ホーム上に響き渡った。はっとして電光掲示板を見上げていると、舜平の手のひらがさりげなく珠生の腰に触れる。そして舜平は身をかがめ、珠生の耳元でこう囁いた。


「俺は現世でも、お前と一緒に戦う」
「……へ」
「ずっと、迷ってた。でも、ようやく決心がついたんや。俺はこの霊力を使って、お前の力になりたいねん」
「……舜平さん」
「ごめんな、待たせて」


 舜平は、珠生に優しく微笑みかけ、ぽんとその頭を撫でた。
 驚きと、喜びと、ほんの少しの困惑がふわふわと胸を巡り、珠生は何も言葉を返すことができなかった。


 新幹線の乗降口が一斉に開き、人の流れが活発になる。


 その直後、出発を告げるベルの音が賑やかに響く中、舜平は珠生の手首をぎゅっと掴んだ。


「ほら行くで! 乗り遅れたら大変やろ」
「あ、う、うん」
「泣くほど嬉しいのは分かったから。話はゆっくり、中でしよな」
「……は、はぁ!? 誰も泣いてなんかないだろ!! 調子にのるなよ!」
「へいへい、ごめんごめん」


 舜平の表情からは、ここ最近ずっと漂っていた翳りが消え失せている。二人の頭上に広がる秋空のように晴れ渡った舜平の笑顔を見ていると、珠生も自然と笑顔になった。


 ——これからもまた、舜平さんと戦える……。


 こうして傍に舜平がいてくれるだけで、もう何も怖くないような気持ちになる。
 昔からそうだった。


 前世で出会い、共に過ごしていたあの頃から、ずっと……。



 ふたりを乗せた新幹線はスピードに乗り、秋空を彩る飛行機雲のように、一直線に進んでゆく。







『珠生、社会人一年目の夏』  おわり
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