琥珀に眠る記憶

餡玉(あんたま)

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琥珀に眠る記憶ー新章ー 第三幕

息抜きの番外編『珠生、国家公務員としてのとあるお仕事』

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データを整理していたら、わけのわからない短編が出てきましたので、こちらで供養させていただきます。
作中に登場する偉い人は架空の人物です。
実際の人物、団体とは一切関係ありませんのでご注意ください。



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「いやぁ、常盤くんが来れないなんて残念だねぇ、沖野くん」

 珠生は、尻へと伸びてくるでっぷりとした手をさり気なく外しながら、にっこりと笑った。

「急な案件が入ったもので、申し訳ありません。次長」
「まぁ君と酒が飲めるならば大歓迎だけどもね。今夜はゆっくりしていきたまえ」

 そう言って西野宮内庁事務次長は、隣に座る珠生に酒を注ごうとした。
 だが珠生は困り顔を浮かべつつ、お猪口をそっと手で覆う。

「僕、日本酒は駄目なんですよ」
「おや、酔っ払ってしまうのかい?」
「ええ、まぁ」
「そんな君も見てみたいけどねぇ。まぁいいじゃないか、一口くらい」
「いえいえ、お見苦しいところをお見せするわけにはいきません」
「構わんよ。今夜わしはここに泊まるんだ、いざとなったら君も泊まればいい」
「そんな厚かましいことはできませんから」
「いいから飲んでみたまえ。君のために取り寄せた最高級の日本酒だよ」
「酒なら、今日連れてきた新人たちが飲みますので」
「新人?」

 肩に手を回し、膝を撫で回そうと手を伸ばす西野の手首をむんずと掴んでどかせながら、珠生はにこやかな表情を崩さずに対応している——……という姿を、舜平はこめかみにぴきぴき青筋を浮かべながら見据えていた。

 ここは東京神楽坂にある高級料亭の一室だ。
 舜平は、板張りの廊下に正座して呼ばれるのを待つ間、不愉快な風景を見せられているのである。
 
 振り返れば、優美な庭が月夜に美しく佇まい、ししおどしの音が雅やかに響く。
 しかし正面を見れば、絵に描いたようなセクハラの場面である。
 隣に並ぶ、もう一人の若い新人女性職員も呆気にとられている様子だ。

「ご紹介します」

 西野の腕をやんわりと振り解き、立ち上がった珠生がすぐそばに正座する。舜平は横に正座している若い新人とちらりと目線を合わせたあと、揃って頭を下げた。

「今年度から着任する特別警護担当官の代表者です。以後、お見知りおきを」
「ふむ……」

 珠生の紹介を受けるも西野は大して興味もなさそうに二人を見て、ちびりと酒を舐めた。

「さぁ、自己紹介してください」
 
 そう促され、舜平はちらりと珠生を見やる。あんな扱いをされてさぞかし腹を立てているのではと思ったが、珠生の横顔は涼しいままだ。

「相田舜平です。京都支部に配属となりました。どうぞよろしくお願い致します」
「元木那美です。東京支部に配属されました。よ、よろしくお願いします」

 元木と名乗った新人は、ショートボブの髪にウエーブのかかったふわふわの髪を揺らし、一礼する。

 元木のほうにはやや興味を引かれたのか、黒いスーツのスカートからのぞく黒いストッキングの膝小僧を、西野はじろじろと無遠慮に見つめ、下から舐め上げるように顔を見る。その粘着質な目線にぎょっとしたように、元木は目をさっと逸らした。

「……ふむ、君が飲んでくれるのかい?」
「へっ? いや、その……」

 助けを求めるように珠生を見る元木の目線をちらりと見て、珠生はにこやかに舜平の背中を押した。

「元木はこれからすぐに任務に就かねばなりませんので、こちらの相田が御相手しますよ」
「えっ」
「君は酒が強いだろ」

 そう珠生にひと睨みされ、舜平はため息をついて立ち上がり、西野のそばに座った。

「元木は速やかに任務の遂行を願います」
「は、はい! 失礼します!」

 これ幸い、と、元木は磨き上げられた板張りの廊下を滑るように駆けて行ってしまった。西野はつまらなそうに、舜平をチラ見する。

「男に酌をしてもらってもつまらんな」
「先生、僕も男です」
と、珠生。
「今夜は君と二人きりだと思ったから、仕事を切り上げて早く来たのになぁ」
と、西野は再び珠生に絡む。

 珠生の膝の上をいやらしく蠢く分厚い手と、ちらりと覗くオメガの時計を見て、舜平はやれやれとため息をつきながら徳利を手にした。

「まぁまぁ先生、そうおっしゃらずに一杯だけ」

 舜平に爽やか満面の笑顔で酒を勧められ、西野は渋々猪口を差し出した。

 酒を注ぎながら、いかにその酒が素晴らしく手に入れにくいものかということを聞いて驚いて見せ、それを手に入れることのできる西野の力を褒めちぎると、西野は徐々に舜平に対して気を許し始めたようだった。

 舜平に全てを任せ、珠生は西野の向かいで黒塗りの座卓に並べられた会席料理をしずしずと食べている。隣にいると触られるから距離をとっているようだ。

「はははは! 君、酒に詳しいねぇ! それにいい飲みっぷりだ、ささ、もういっぱい飲みなさい」
「ありがとうございます。先生もお強いですねぇ」
「そうかい? これだけが楽しみみたいなもんだからねぇ。いやしかし、常盤くんの部下は揃いもそろって美形ぞろいなんだなぁ。君もよく見たら男前じゃないか。これはいるのか? ん?」

 そういって小指を立てる。舜平はその古臭いジェスチャーに苦笑いしながら、曖昧に頷いて「ええまぁ」と言った。

「京都といったね、京女かい?」
「そんなところです。先生は、祇園なんかにも行かはるんですか」
 
 深掘りされても面倒なので、舜平はさりげなく話題を変える。

「ああ、行くとも! その時は君も連れて行ってやろう!」
「そら楽しみですねぇ。あははは」
「沖野くんも来るといい。まぁ君はそのへんの舞妓なんかよりもずっときれいだからなぁ、ヤキモチを焼かれるかもしれないなぁ」
「そんなことないですよ」
と、珠生は微笑む。

「なぁ相田くん、沖野くんは美人だよなぁ?」
「え? ええ、まぁ、そうですね」
「はじめ見たときはびっくりしてなぁ! 常盤くんも美人だが彼女はどうも色気がない。私はね、彼のために予算を下ろしているようなもんだよ、あっははは」
「いつもありがとうございます」 
と、珠生はまた営業スマイルを浮かべる。

「では、来年度予算のほうも、何卒よろしくお願い致しますね」
「あぁ、任しておきなさい。ああそうだ、今度は二人でワインを飲みに行かんか。ワインなら大丈夫なんだろう?」
「ええ、まぁ」
「酔っている君の姿を見たら、予算額の桁を一つ間違えてしまうかもしれないんだがなぁ? せっかくの晩だ、もっと色気を見せてくれてもいいんじゃないのかね?」

 西野はそんなことを言い、珠生をぬめぬめとした目つきで舐るように見つめている。

 すると珠生はひとつにこやかに微笑むと、音もなく立ち上がり、すっとスーツのジャケットを脱いだ。
 そして、片手でネクタイを緩めながら西野の方へとやって来る。

 ——!!?? た、珠生!? 何するつもりやねん……!!??

 舜平が目を剥いていると、珠生は西野のすぐ側に正座をして、斜めしたから掬い上げるような目つきで西野の脂っこい丸顔を見上げた。

「どこまで脱いだらいいですか」
「はっ!?」
と、今度は堪えきれず声が出た。

 これには西野もきょとんとしていたが、みるみる鼻の下が伸びていく。珠生の肩を抱き寄せて、ぐいと顔を近づけた。

「それは君の誠意しだいだけどもね」
「……分かりました」
「えっ、えっ? ちょ、おま、何してんねん!?」

と、驚愕する舜平をよそに珠生は艶然と微笑むと——……突然、珠生は西野の襟首を荒々しく掴みあげた。

 勢いに負けてゴロンと後ろに倒れこんだ西野の顔を跨ぐように仁王立ちになった珠生は、ネクタイをしゅっと外して、艶やかな畳の上に投げ捨てる。

 舜平の目は点になった。

「おい、調子に乗るなよ豚野郎。俺がいつまでもお前に媚びてると思ったら大間違いだ。ブクブク肥え太った国家の犬風情が、誰に向かって口をきいている」
「はっ!? えっ!?」

 開いた口が塞がらず、舜平は思わず西野を見た。
 が、そちらを見てまたぎょっとする。

 西野は恍惚といった表情で珠生を下から見上げたまま、怒るでも逆らうでもなくじっとしているのだ。

 しかも、ハァハァハァとアブナイ吐息を漏らしていて……。

「は、はヒッ!! すみませんでしたご主人様……ッ!!」

 珠生はそのまま、西野の顔面の真上にしゃがみ込み、恍惚に赤く染まった丸い顔を冷ややかに見下ろしている。

「この俺が、貴様のような薄汚い豚野郎の相手をしてやってるんだ、尻尾振って金くらい出せよ。誰がお前らを護ってやってると思ってる。ほら言ってみろ、この豚」
「ハァ、ハァ……っそれはッ、あなたたちです……!! いいえ、あなた様です……珠生様です……ッ!」
「そうだろう? その俺が、人類最強のこの俺が、わざわざこうして貴様の相手してやってるんだぞ? 誠意を見せるのはそっちだろう?」
「はひッ! たいへんたいへん光栄です!」
「じゃあ、何をすべきか分かってるな」
「はいィ!」

 珠生は腰をずらして西野の胸の上に馬乗りになると、人差し指で西野の唇に触れた。

 それだけで、西野はハヒィ~……と奇声をあげ、ビクビクンッ!! と絶頂に達したかのように身体をびくつかせた。

 ……舜平は、呆然としてその風景を見ていることしかできない。

「……んハァ……アん……」

 珠生は、余韻に震える西野の上から素早くどくと、ネクタイを締めて何事も無かったかのようにジャケットを羽織った。

 そして、再びにこやかに向かいに座る。

「ありがとうございます。今後共よろしくお願いします」
「……も、もちろんですぅ……お任せください……ッ」

 西野は恍惚の表情のまま、こくこくと頷いて半身を起こす。珠生は携帯を見てわざとらしく大声でこう言いながら、立ち上がった。

「ああ大変だ! 皇居の堀で事件だそうだ! 相田、行くぞ」
「え? あ、はい……!」
「というわけなので、先生は隣でゆっくりお休みください。失礼します」 

 うっとりしたままの西野を置いて、珠生はさっさと部屋を出て行く。舜平は慌てて後を追い、店の暖簾をくぐって坂を下った。

 びゅんびゅんと車が行き交う大通りに出ると、珠生はようやく立ち止まった。ガードレールに腰掛けて、ため息をつきながら舜平を見上げる。

「お疲れ」
「お疲れ、ちゃうわ! おい、あれ、さっきあれ、なんやねん!?」
「あの人生粋のM男なんだけど、立場もあるからそういう店にはいけないんだって。昔、今日みたいに挨拶に行った時に頼み込まれてさ、東京(こっち)来たときは俺がああやって相手してるんだ」
「……なっ!?」
「可愛いもんでしょ、あれくらいでイっちゃうんだからさ。別にあれ以上のこと求められるわけじゃないし。酒が入らないときは普通のおじさんだよ」
「ふ、普通……?」
「身体でも求められたら、今までのことバラすって脅せばいいんだ。常盤さんも知ってるしね」
「……お前ら、ほんまに国家公務員か?」
「ま、国を守るにも金はいるのさ。誰にも言わないでね、特に敦さんと佐久間さんには」
「言わへんけど。……やれやれ、常盤もなんちゅうこと珠生にさせてんねん。イヤイヤやってんねやったら俺が変わんで!?」
「大丈夫だよ、あれはあれでストレス発散になるし」
「お、おまえ、そんな趣味があったんか!? 言うてくれたら俺が……」

 そう言いかけて、口をつぐむ。
 珠生の欲望は満たしてやりたいが、さすがにM男のふりは難しい。どちらかというと自分は珠生をいじめたいほうだし……と、煩悶する。

 それを見抜いているのか、珠生は可笑しげに声を立てて笑い、ガードレールから立ち上がった。

「あははっ、冗談だって! さーて、コーヒーでも飲みに行こう」
「お……おぅ、そうやな」

 特に疲れた様子もなく、すたすたと先を歩く珠生の足取りは軽い。
 舜平はコーヒーどころの気分ではないのだが、今の珠生は、特別警護担当官における舜平の先輩なのだ。仕方なくついていく。

 このあとは、首相官邸近辺の護衛任務だ。

 とある東京出張の夜は、忙しなくすぎてゆく。




 おしまい♡

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