【完結】お供え喫茶で願いごと

餡玉(あんたま)

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【番外編】ふたりきりの喫茶店

1 出逢った日のこと

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【ご注意】

こちらの番外編は本編よりもブロマンス風味が強いです。
BLなどがお嫌いな方はご注意くださいませ。



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 ——おれのこと、喰うんだろ? いいよ、どうせおれは、村にいたってなんの役にも立たないごみくずだ。

 ——おとっつぁんもおっかさんもおとうともいもうとも、だいぶ前に死んじまった。病で目をやっちまったおれはもう山で働けない。村の男たちに毎日ぶんなぐられて、いたぶられて、死ぬのをただ待つだけだった。……だから、いいよ、おれなんかのきたねぇ肉でよければ、喰いなよ。あんたも腹へってんだろ。


 煤汚れた少年の頬には、涙のあとが白い筋を描いている。
 白く濁った瞳に手を翳し、少年の病で潰れた目を癒した。
 気丈そうな台詞とは裏腹にひどく不安げな表情を浮かべていた少年を哀れに思ったから、そうした。

 神気を吸って、少年の瞳が色鮮やかな琥珀色に輝く。
 ぱち、ぱちと瞬きをした少年は傍に膝をついていた五十鈴を見上げ、どんぐりまなこを目をひときわ大きく見開いた。

 ——おれ、こんなきれいなもの、うまれてはじめて見た。

 枯れ枝のような細い指が、腕が、べっとりと闇に染まった五十鈴の頬に伸びてくる。生贄として捧げられた少年に己の身を触れさせたくなくて、五十鈴は咄嗟に身を引いた。

 きれいなものか。
 翳に呑まれた五十鈴の身は、かつての神々しき美しさなど見る影もない。

 陽の光に似た金色の髪は墨色に染まり、泥を吸ったようにじっとりと濡れている。
 陶器のように滑らかだった白い肌も、そこかしこがぼろぼろと土塊つちくれのように崩れかけているというのに。

「世辞を言えば人界に戻してもらえるとでも思ったか」

 声を出そうとすると喉がつかえる。五十鈴は軽く咳払いをして、食い入るように自分を見つめている少年を睥睨した。

「……せじ? って、なに? それにおれ、もうあっちにはもどりたくない。もどったところで、また地獄が待ってるだけだ」

 少年はぎゅっと唇を噛み締めて俯いた。
 痣だらけのその身体を見れば、この少年がこれまでどんな地獄の中にいたかということは容易く想像がつく。
 五十鈴はゆっくりと首を振り、少年の背に触れようと手を伸ばした。

 すると少年はびくっと身体を震わせて、怯えたように五十鈴を見上げた。五十鈴はぴたりと手を止めて——……ゆっくりと、少年の背に手のひらで触れる。

「……あれ……なにこれ。あったけぇ……」

 からっぽの少年の身体に、五十鈴の神気が満ちてゆく。

 翳に呑まれ穢れ切った己にはもう、災いをもたらすことくらいしかできやしないと思っていた。
 だが、少年の薄い胸に痛ましく刻まれていた青黒い痣が、みるみる癒えていくではないか。頬や口元に沈着していた痣の痕跡も、見る間に淡くなって消えていく。

 ——俺にもまだ、こんな力があったのか。

 ただ、ざっくりと刃物で斬られた少年の足の腱まではまだ癒しきれていない。それでも少年は、淡く光を放ちながら癒えてゆく己の身体を見下ろして、ただただ感嘆の声を漏らしていた。

「す、すげえ……わぁ、すげえ……! あ、ありがとうございます……!」

 五十鈴の御業みわざを目の当たりにした少年の瞳には、さやかに畏敬の念が浮かんでいる。
 
 そんなふうに見つめられたのはいつぶりだろう。
 ”禍ツ神”に堕ちた五十鈴に久方ぶりに向けられた、清らかな視線だった。

 ふと、己の長い髪が視界に入る。
 べっとりと黒に染まっていた黄金色の髪の一筋が、わずかに輝きを取り戻している。
 五十鈴の足元にまとわりついていた黒い翳が、何かを嫌がって自ら逃げてゆくように、ぬるりと五十鈴の身から剥がれてゆく。
 
 少年から注がれる崇敬の念が、五十鈴の心がそそがれたのだ。
 直感した。この少年を癒すことで五十鈴自身も救われる。きっと翳から解き放たれる。
  
 五十鈴は萎えて力を失っている少年の足に手を伸ばした。
 土汚れがべっとりとこびりついた頼りない足をそっと持ち上げると、少年はばつが悪そうに「きたねえから、さわらないでよ」と言った。
 
 だが五十鈴は構わず、惨たらしい傷に唇を寄せた。

 裂けた肉の色は、まるで熟れた柘榴のようだ。こんなことをされて、どれだけ恐ろしかったことか。どれほど痛かったことか。

 ——俺のせいで負った傷だ。俺が全て癒すのだ。
 
「ぁ、う、うわ……あつい……っ」

 ぽう……と唇が触れた足首に光が宿る。後ろ手をついて身体を支えていた少年の表情に、怯えと恍惚が混ざり合う。

 闇を覆い隠すかのように大きく大きく広がりゆく光が収まると——……少年の左足首の傷は、ひきつれた痕を残すのみで、綺麗に塞がっていた。

「へ……す、すげぇ……! 足、足が治ってる……!!」

 己の足を引き寄せてしげしげと傷跡を改めていた少年の目が、弾かれたように五十鈴を見上げた。

 五十鈴が癒した美しい瞳には、まっすぐな感謝とともに歓喜が浮かんでいる。

 その表情があまりにも愛おしく、五十鈴は無意識のうちに少年の身体を腕の中に包み込んでいた。
 清い力を振るうことができる喜びを思い出した五十鈴の瞳に、ゆっくりと、確かな輝きが戻ってくる。

「すげえ、すげえよ! あんた、ほんとうに神様なんだ! マガツ神なんてうそだったんだ!」

 五十鈴の衣に顔を埋めて涙声を出す少年が、あまりにい。
 まだ翳を孕んだ黒い指先のまま、五十鈴はそっと少年の髪を撫でた。

 
 ——この少年を手元に置こう。俺に捧げられた生贄だ。俺のものだ。
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